三章 ブリジオスの王都

四十一話 雨の日の拾いもの

 真っ暗な森の中を都営バスが駆け抜ける。

 煌々とライトが前方を照らしており、ゴブリンやオークが接近する光に気が付いて、蜘蛛の子を散らすように逃げていた。

 車内はガクンガクンと激しく上下に揺れ、俺は必死でハンドルを回しながら木々を避ける。


「あー、くそっ! どうにかオフロード仕様にできないのか! 都営バスなんて全然異世界に向いてねぇよ!」

「うっぷ……よしひこ……気持ち悪いです……」

「アタシもそろそろ限界……」

「精神を統一すればこのような揺れ……うぶっ」


 後方では三人がグロッキー状態だ。

 短時間ならともかく長時間揺られ続けたらそうなって当然だ。

 でも、今すぐバスを止めるわけにはいかない。


 恐らくまだレイクミラーの兵士が追ってきているはず。


 少しでも遠くへ逃げるために、今は全速力で町から離れるしかないんだ。

 ナビを見るともうすぐ森を出るようだった。道にでれば少しはまともな走行ができるだろう。


 ちなみにではあるが、このバスにはいくつかの機能がある。

 その中で最も摩訶不思議なのがカーナビの存在だ。


 人工衛星なんてあるはずもないのにナビにはしっかりマップが表示されている。

 無茶苦茶だ。なんて思いもするが、幼女の神様がいて、魔法があって、今ここには都営バスもあって、なんて考えると不思議とあり得るのかもと納得する自分がいる。それにどうせ仕組みを聞いても俺には一ミリも分からない気がするしな。

 便利な物があるなら利用するそれだけだ。


 ズシャァァアアアアアッ。


 バスが道に出ると一気にブレーキを踏みこんでドリフトする。

 そこからアクセルを踏み込み加速。


 窓を開けてサイドミラーを確認するが、後方から追いかけてくる影は見えない。

 なぜバックミラーを見ないかって? あの女幽霊が立っているからだ。


「三人には悪いがこのまま王国へ向かうつもりだ。トイレに行きたくなったら言ってくれ、それくらいなら止められる」

「「「…………」」」

「おい、返事を――」


 振り返ると三人は生きながらに死体と化していた。



 ◇



 夜が明け、バスは隣町近くまで来ていた。

 ここまで来ると追っ手の心配をする必要はない。

 草原でバスを停車させトイレ休憩を挟む。


「ミャ」

「腹が減ったのか?」


 干し肉を与えてやるとピーちゃんはあむあむと美味しそうにかじる。

 また一段と大きくなった気がするな。もう大人の猫と言っていい。


 それとなく木がある場所をちらりと見る。


 あそこでエレインが用を足しているのだ。

 もちろん俺は決して変態ではないが、じゃあ興奮しないのかと聞かれれば少しくらいはすると答える。


「なぁ、王国まであとどれくらいで着くんだ」

「このペースなら五日後には王都に到着するでござるよ」

「それまでずっと暇なのかぁ。つまんないなぁ」


 リリアとロナウドがバスの上でぼーっとしながら会話をしている。

 レイクミラーを飛び出してからの初めての休憩だ。みんな精神的に疲れているのだろう。ここらで食事でもして気分を変えたいところだ。


「ロナウド、悪いけど朝食を作ってくれないか」

「ならば味噌汁を所望するでござる」

「分かったよ。俺もちょうどそんな気分だったし」

「私も手伝います」


 戻ってきたエレインと一緒に俺達は食事を作り始める。

 その間リリアはピーちゃんとかけっこをしていた。


「このパンが白米になれば嬉しいのだが」


 ちらちらっ、ロナウドがパンを炙りながら何度も一瞥する

 さすがにそれは無理だろう。そもそもこの称号は狙って何かを作れるほど優しくない。もしできたとしても、それは数多くのトライアンドエラーを繰り返して得られた物だ。

 期待されてもすぐには応えられない。


「うわぁぁぁぁぁああああっ!!」


 リリアの叫び声に俺達は一斉に視線を向ける。

 そこには地面に座り込んだリリアと、口元を紅く汚したピーちゃんがいた。

 リリアは立ち上がって俺の背後に隠れる。


「どうしたんだよ」

「ピ、ピーちゃんが……牛を丸かじりにしたんだ!」

「はぁ?」


 なにを言ってんだコイツ。

 身体の小さなピーちゃんがそんなことできるわけないだろ。

 ああでも、さっきまで近くにいた牛がいなくなったのは確かだな。


 俺はリリアの肩に手を置いて優しく語りかける。


「きっと疲れているんだ。今はゆっくり休め」

「信じてよ! あいつ絶対ヤバいからっ!!」

「はいはい、わかったわかった」


 リリアのホラ話なんかに付き合ってられるか。

 こっちは味噌汁を作るのに忙しいんだよ。


 調理が終わるとさっそく食事を始める。

 本日の朝食はホットサンドと味噌汁。

 やけに出汁がきいていて朝にはうってつけの一杯だ。


「それでこれからどうしますか。恐らくこの先ではスタークが邪魔をしようと、てぐすねを引いて待ち構えているはずです」

「考えられる妨害は?」

「兵士による検問でしょうか。それと王国と公国の間にある関所も閉じられている可能性があります」


 関所くらいなら問題ないな。

 リリアかロナウドの遠距離攻撃で強引に道を作ればいいだけだ。

 ただ、もし途中で川があってかかっている橋を落とされていたら、超えるのは手間取りそうな気がする。


「エレイン、王国までの間に川はあるのか?」

「ペーレ川がありますね。石造りの小さな橋がかかっていますから、乗り物で超えることは簡単……まさか!?」


 彼女も気が付いたみたいだな。

 通行量の多い大きな橋ならともかく、小さな橋程度なら壊しても被害は比較的小さい。

 間違いなく奴なら王国までの最短ルートを潰し遠回りさせるはずだ。


「どうしましょう!? 期限までに間に合わなくなる!?」

「まだ焦る段階じゃない。それに今の俺達ならその程度どうにかできるだろ」

「どうにかできるってどうやってですかっ!?」

「普通に飛び越えればいいんだよ」


「……あ!」


 今の俺達にとって橋を落とされたくらいじゃ障害にもならない。

 どれだけステータスが上がったと思っているんだ。

 数十メートルの川くらいなら余裕で飛び越えてやるよ。


 てことで食事を終えると俺達は再び出発する。



 ◇



 昼過ぎを頃から天気が一気に崩れる。

 外は激しい雨が降っていて視界は悪かった。


 バスは森の中を走行しており、何が飛び出してくるか分からないので速度を落として進んでいた。


「君のハートにズッキュンバッキュン♪ 恋のボルトアクション式スナイパーライフルで仕留めるの♪ とどめは愛の対空ミサイルパトリオットでドッカンドッカン♪」

「五月蠅いなぁ、変な歌を歌うなよ! 眠れないだろ音痴!!」


 リリアからヤジが飛んでくる。


 ぐぬぬ、音痴じゃないやい。ちょっと下手なだけだ。それにこの曲は俺の好きなアニメ『地獄の底でまた会おう』のOP曲だぞ。

 狙撃手の主人公が敵兵に恋をして、そこから二人で二カ国を相手に戦う名作なんだ。最後はどっちも死ぬんだけど、それがきっかけで戦争が終結する感動のラストは涙なしでは語れない。


 つーか、暇すぎて歌でも唄ってないと眠くなるんだよなぁ。

 目薬とか缶コーヒーとかあればもっと違うんだろうけど。


「!??」


 バスの前に人影を見た俺は反射的にブレーキを踏んだ。


「いたたたた、なんだよいったい」

「お尻を打ちました……どうしたんですか義彦」

「いきなり人が飛び出してきてさ。ちょっと見てくる」


 運転席を飛び出し外に出る。

 バスの前には腰を抜かすびしょ濡れの青年がいた。


「大丈夫か? 怪我は?」

「あ、ああ、どこも打ってはいない」


 彼は俺の方には視線を向けず、じっとライトが付いたバスを見つめていた。


 ……あれ? こいつどこかで見た覚えがあるぞ?

 確かスタークの仲間だった、ケントとか言う男だ。

 槍を持ってるし、金髪ポニーテ-ルだし、多分そうだ。


「お前、スタークの仲間だったやつだろ?」

「君は……誰だ??」


 ようやく俺の顔を確認するが、ケントは覚えがないのか首をかしげた。

 土砂降りの中で話をするのもアレなので、ひとまずバスの中へ入るように促す。


「中はこうなっているのか」

「とりあえずこれで身体を拭け」

「ありがとう」


 ケントは一礼してタオルを受け取る。

 スタークの仲間のくせに礼儀正しいじゃないか。

 ちょっと意外だったな。


「我が儘を言って申し訳ないんだが、鎧を脱いでもいいか?」

「その状態のままはさすがに気持ち悪いよな。じゃあ代わりの服も貸してやるよ」

「重ね重ね感謝する」


 エレインとリリアは再び熟睡し始めたので、ここで着替えても問題ないだろう。

 それにロナウドが彼に目を光らせている。


「ふぅ、落ち着いたよ」


 椅子に深く背中を預けたケントはほっとした様子で微笑む。

 俺は近くの座席に座って事情を聞くことにした。


「あんたヤマタノオロチにやられてなかったか?」

「やまたのおろち?……ああ、もしかしてあの大蛇か。いやほんと冗談抜きで死ぬかと思ったよ。スタークの目を誤魔化して逃げてなきゃ、今頃ここにいなかっただろうな」

「なんで逃げたんだよ。あいつの仲間だろ」

「はぁ? 仲間だって? 冗談じゃない。奴とは……義理で付き合っている、ただの知り合いだ。俺は使い捨てのできる駒みたいなもんだよ」


 そう言いながらケントは、タオルで頭を拭きながら窓の外を見る。

 反射して映る彼の目は静かな怒りに満ちているようだった。


 だが、振り返った次の瞬間には笑顔だった。


「しかし、君はすごい物を所有しているんだな。これはどうやって動いているんだ。速度はどれくらい出るんだ。この椅子すごく座り心地がいいけど、素材はどんな物で作っているんだ。どうやったらコレは手に入るんだ」

「一度に質問するな。返答に困るだろ」

「悪い。これを見た時にずいぶんと衝撃を受けてしまってな。最初は目の光る新種の魔獣かと勘違いしたくらいだ」


 彼は座席や窓を触りながらずいぶんと感心しているようだ。

 地球人からするとバスなんて見慣れた物だが、異世界人にとってはとんでもなくインパクトのある乗り物に見えるんだろう。

 普通サイズの自動車でも驚くのに、最初に見たのがバスだったらそりゃあ腰を抜かすよな。


「で、これからどこに行くつもりなんだ?」

「とりあえずは王国に向かって、ほとぼりが冷めるまで身を隠そうかと思ってたんだ。幸いスタークには死んだと思われてるし、今さらノコノコ出て行っても裏切り者と誹られるだけだ」


 ふむふむ、王国に行きたいと。

 コレは好都合だな。


「乗せていってやるよ。その代わりいくら払ってくれる?」

「その申し出は嬉しいが……今は手持ちがないんだ。もし許してくれるのなら王国に着いてから支払ってもいいか。もちろんその分色は付ける」

「それならいいか。言っておくけど約束は守れよ」

「我が祖国と英霊に誓って守る」


 おお、カッコいいな。俺もそう言うの言ってみたいよ。

 そんなことを思いつつ運転席に座る。


「うわあぁっ!?」

「どうした!??」


 ケントは床にいるピーちゃんを見つめながら顔が青ざめていた。

 しかもその体勢は窓を背にして後ずさりするような形だ。


「ね、猫が……」

「猫嫌いならそう言っておいてくれよ。まったく驚かせやがって」

「ちが、違うんだ。猫が今――」


 さっさとアクセルを踏んで発進する。

 ぴょこんと俺の膝の上にピーちゃんが乗ってあくびをした。

 こんなに可愛いのに怖がるなんて分からないな。


 この時、俺は気が付いていなかった。


 ピーちゃんの身体が割けて、中から別の物が顔を出していたことに。


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