四十二話 パン&リング
夕方となる頃には雨は止んでいた。
俺はとある場所の前で停車させて運転席から降りた。
「やっぱりな」
小さな川にかかる石の橋が崩されていた。
川沿いには別方向に向かう道があるが、山の方に続いていてどう考えても大幅な回り道だ。窓から顔を出したエレインが声をかける。
「どうしますか。予定通り跳んで渡ります?」
「期限もあることだしそうするべきだよな」
てことで俺はバスを下から持ち上げる。
さすが二十万越えのステータスだ。バスが軽い。
「いくぞ! 全員何かに掴まっていろ!」
「嘘だよな!? これを抱えて飛び越えるのか!?」
車内にいるケントの悲鳴にも似た叫びが聞こえる。
川幅は十メートルほど、昼間の雨によって増水している。
しゃぁぁ、おりゃぁぁあああああっ!!
走り出した俺は助走を付けてジャンプした。
軽々と川を越え向こう岸へと着地したところでバスを地面に置いた。
さっさと運転席へ乗り込めば、ケントは魂の抜けたような顔をしている。
「行くぞ」
エンジンをかけてアクセルを踏み込む。
都営バスは再び走行を開始した。
そして、二時間が経過した頃、前方にバリケードらしきものが見えた。
複数の兵士が道を塞ぐようにして木材で柵を設置している。
が、それは山から合流する道に対してだ。
俺はそのまま直進。兵士達は通り過ぎるバスを見てギョとしている。
くはははっ、馬鹿め。こっちは川を越えてきたんだよ。
さらに進むと馬を駆る五人組が見えてくる。
一名の後ろ姿には見覚えがあった。
やっと追いついたぜスタークさんよ。
「全員準備!」
「お、俺は隠れるからな!」
ケントは伏せて身を隠す。
スタークとはどうあっても顔を合わせるつもりはないらしい。
三人は窓を全開にする。
それから並走するスタークと兵士達にニヤニヤした。
「貴様らは!? なぜここにいる!?」
「バカだなぁ。あれくらいで俺達を足止めできるわけないだろ」
運転席から余裕の笑みでスタークを煽ってやる。
少しスピードを上げてやると、仲間達がべろべろばーと挑発する。
「クリスティーナ! お前まで僕を虚仮にするか!」
「当然です。だって私、貴方のこと大嫌いなんですから」
「ぐぞぉおおおおおっ!!」
血の涙でも流しそうな表情で俺を睨み付ける。
なんで俺に怒りを向けるんだよ。まぁ別にいいけどさ。
「べろべろばー、あははは」
「貴様の顔、覚えたからな!」
リリアに憤る。
「こうでござるか……?」
「ぬぐぅ!! なんたる屈辱! ここまで馬鹿にされたのは初めてだ! 貴様は義彦という男を殺した後に必ず始末する!」
ロナウドの辺りでスタークがめちゃくちゃキレる。
え、ちょ、どんな変顔したんだよ。すげぇ気になる。
運転席から振り返るが、すでにロナウドは覆面を元に戻していた。
どうしよう、スタークなんかよりもロナウドのした顔の方が超絶興味があるんだが。
あいつをあそこまで怒らせる顔ってよっぽどだ。見てみたい。
アクセルを踏み込んでスピードを上げる。
窓から身を乗り出してスタークにひとまずの別れを告げた。
「じゃ、王国で!」
「絶対に――貴様は――っるぞ!!」
窓を閉めると声が聞こえなくなった。
この調子なら関所も無事に通過できそうだな。
◇
無事に関所を抜け公国から王国に入った俺達は、王都を目指してさらに西へと進んだ。
現在はレイクミラーを出発して三日目である。
「義彦殿~お願いしまする~」
「分かったから。その猫なで声をやめてくれ」
王国のとある町で買い物をしている最中、ロナウドがどうにか米を作れないかと言い始めたのだ。
味噌汁で和食が恋しくなってしまったのだろう。
俺としてもその気持ちは痛いほどよく分かる。
パンを食ってると妙にほかほかご飯が食べたくなるんだよなぁ。
というか単純にパンに飽きたってのもあるが。
「これなんか可愛いですよね!」
「そうなのか?」
「もう、義彦には分からないんですか?」
エレインが魔道具屋で腕輪を見つけて目をキラキラさせている。
それは宝石もなにも付いていないただの銀の輪っかだ。
磨きが甘いのか若干表面が曇ったようになっていた。
……俺ならもっと上手く作れそうだな。
そう思ったところでハッとする。
貴金属を作って売ってみるってのはどうだろう。
それならもっとお手軽に儲けられる。
良い物ができればエレインや仲間にプレゼントすることだってできるじゃないか。
「俺が作ってやるよ」
「いいんですか?」
「いつも頑張ってくれてるお礼だよ」
エレインにはかなり世話になっている。
そ、それに……たまには嫁になにか贈りたいだろ。
「義彦、あの串焼き買おうぜ!」
「お前は食いすぎだ!」
走り出そうとするリリアの襟を掴んで引き留める。
両手に抱えている紙袋に二十本以上串肉が入ってるだろ。
まずはそれを食え。つーか、俺にも一本くらいよこせよ。
「とるなよ義彦。これはアタシのなんだ」
「いいからよこせって。少しだけいいからさ」
「やめろって、あ……」
うん、意外に美味いなこの肉。
もぐもぐしているとリリアが顔をほんのり赤くしているのに気が付く。
なんでコイツ息が荒いんだ??
「そっか、強引に迫られるのも気持ち良いのか。知らなかった」
「…………」
こいつ、まさかと思うがまだ成長しているのか。
今が成長過程だとするとドン引きだ。
一体どんなドMになるつもりなんだよ。
「いつもこんな調子なのか?」
「まぁな」
「ぷはっ、あははははっ!」
「なんで笑う!?」
突然笑い始めたケントに戸惑う。
そんなに変なのか俺達。
俺達は買う物を買って町を出た。
◇
町から離れた場所にある林に地下シェルターを設置。
そこで休息がてら作成を行う。
まず最初に手を付けるのは米だ。
粉物を数種類購入して何ができるのかを確認する。
恐らくだが主食には主食ができるのではないだろうか。
スープから味噌汁が作成できることを考慮すると、あながち的外れではない気がする。
なによりどこから手を付けていいのか分からないのが一番の理由だ。
「まずはパン作りから始める」
「頑張りますっ!」
助手はエレインだ。
準備するのは小麦粉、ライ麦、全粒粉、塩、水、天然酵母。
ちなみに酵母はパン屋で無理を言って購入させてもらった。
具体的には水にレーズンやリンゴなどの果実が漬け込まれたものだ。
二人で生地をこねてこねてこねまくる。
そこから発酵する時間を作って膨らむのを待った。
あいにくシェルターには釜がないので、町に戻ってパン屋で焼かせてもらう事に。
結果はこうなった。
【鑑定結果】
パン:クリームパン
解説:たっぷりクリームが入ってて美味しい!
おかしいな……普通のドーム型のパンを作ろうとしてたんだけど。
ただ、エレインとパン屋のおばさんには大好評だった。
やり方が違うのだろうか。
それとも根本から間違っているのか。
悩んだ末に米はひとまず諦めることにした。
次に取りかかったのは貴金属造りだ。
ロナウドの火遁術でバーナーのように金属を炙りながら、ハンマーで叩いて加工する。
俺にもちゃんとした工房があればもっと簡単にできるのだが、ないものはないので不満を言っても仕方がない。
そして、四つの貴金属ができた。
【鑑定結果】
指輪:ダイヤモンドの指輪
解説:金の輪っかにダイヤモンドを抱いた指輪だよー。婚約指輪かなー?
スロット:[ ][ ]
【鑑定結果】
腕輪:ルビーの腕輪
解説:銀の輪っかにルビーがはめ込まれた腕輪だよー。婚約腕輪だねー。
スロット:[ ][ ]
【鑑定結果】
ネックレス:真珠のネックレス
解説:小粒の真珠で作られたネックレスだよー。普段使いにはもってこいかなー。
スロット:[ ][ ]
【鑑定結果】
首輪:魔獣の首輪
解説:鈴の付いた可愛い首輪ー。特殊な素材でできててどんな魔獣にもサイズを気にせずはめられる優れものだよー。ノミ取り機能もある一品。
スロット:[ ][ ][ ]
エレインの望む腕輪はできなかったが、割と良い物ができたんじゃないだろうか。
ちょっと恥ずかしいが、ダイヤモンドの指輪をエレインに渡す。
「これを私に?」
「う、受け取ってくれると嬉しいかな……」
「~~~~~っ!!」
ぎゅぅううううっとエレインに抱きしめられた。
彼女はすぐに指輪を受け取りニヤけた表情となる。
「大切にしますねっ!」
「う、うん」
良かった。喜んでくれた。
女性に贈り物をするのは始めてだからドキドキした。
あ、しまったな。ちゃんと箱に入れて包装するべきだったか。
「こっちはリリアに」
「アタシも?」
「いらないならいいけど」
「うーん、別にいらないわけじゃないけど、アクセサリーって戦いの邪魔になるしなぁ。壊すと義彦にも悪いだろ」
珍しくリリアが気を遣っている。
でも確かに戦闘狂のコイツにはおしゃれなんて似合わないよな。
そうだ、スロットがあるし能力を付与してみるか。
エレインのも一度返してもらって使えそうな能力を付与した。
ダイヤモンドの指輪 [ダメージ軽減][治癒UP]
ルビーの腕輪 [ダメージ軽減][治癒UP]
真珠のネックレス [状態異常耐性(大)][五感強化(小)]
魔獣の首輪 [ダメージ軽減(中)][治癒UP][ステータス隠蔽]
かなりいい能力が付与できたと思う。
正直、付与術は選べる物が多すぎて未だに全体を把握しきれてないんだよな。 組み合わせ次第では、かなり強力な武具や道具ができるのは分かっているんだけどさ。
今度こそリリアは腕輪を快く受け取った。
結局コイツは戦いに役立つ物にしか興味ないんだよな。
「ほら、お前にもこれをやる」
「ミャァ?」
ピーちゃんに首輪を付けてやる。
これでどこから見てもただの猫だ。
あ。ステータスを見てから首輪を付けるんだったな。
ステータス隠蔽は文字通りステータスを見えなくするものだ。確認してみたが数値も完全に隠蔽されて見えなくなっていた。
ま、いいか。どうせ成長しても一万を超えたくらいだろう。
元々戦力として期待してなかったし。
首輪を外してまで確認することでもないだろう。
「ロナウドには次の機会に男物を作るからさ」
「ありがたきお言葉。その気遣いだけで充分でござるよ」
残ったネックレスはどこかで売り払って金に換えてみるとしよう。
いい値がつけば貴金属屋としてやっていけるかどうかもはっきりするだろうし。
いっそのこと貴金属も含めたアイテム屋を副業にするか。
それならもっと多くの商品を売り出せそうだ。
で、メインの冒険者としても活躍してがっぽがっぽ稼ぐんだ。
「そろそろ休息は終わりだ。出発するぞ」
熟睡していたケントを起こし俺達はバスへと乗り込む。
目指すは王都。エレインの生まれ育った場所だ。
エンジンを吹かせ都営バスは土煙を上げて走り出した。
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