四十話 深夜の強行突破

 やけに寒く感じるので目を覚ます。


「ひっ!?」


 あの女幽霊が間近で俺の顔をのぞき込んでいた。

 恐怖から俺は壁際へと急いで後退する。


「お前は……見込みがありそう……」

「ひぃいいいっ!」


 幽霊は笑っていた。

 けど打ち解ける気がまったくしない。

 むしろさらに恐怖が倍増する。


「義彦殿? どうしたでござるか?」

「ロ、ロナウド!」


 俺は震える手で幽霊を指さす。

 ここにアレがいるんだよ。


「……義彦殿?」


 ロナウドは隣のベッドで首をひねる。

 見えてないのか!? ここに幽霊がいるんだよ!?

 しかし、彼の視線は俺にしか向けられていない。


「彼には……私が見えない……」


 幽霊がロナウドを見ながら寂しそうな表情を浮かべる。

 そうか、ロナウドに見えないから俺に取り憑いたんだな。

 少しだけだがなぜ俺なのかが分かった気がする。


 ロナウドを稲穂国に導きたいのなら彼に取り憑けば早い話だ。

 それをしないのはロナウドに彼女を見る力が備わっていないから。

 だから第三者が必要だったのか。


 でも今の雰囲気を見るに会話が成立しそうな感じもする。

 よ、よし、今こそコミュニケーションを図り彼女との距離を縮めるんだ。上手くいけばもう危害を加えられることもない。


「あのさ、俺が彼を責任持って稲穂国へ連れて行くから、お互いに仲良くしよ――あげっ!?」

「義彦殿!??」


 見えない力で天井に叩きつけられる。

 ベッド上で俺を見上げる女幽霊は、前髪の隙間から丸く黒い目で覗く。


「私と彼を稲穂国へ連れて行かないと……呪い殺す」

「は、はい! 頑張らせていただきます!」


 すうぅと幽霊が消えると俺はベッドに落ちた。

 一部始終を見ていたロナウドは、考え込むように腕を組んで顎を触れている。


「もしや義彦殿には……取り憑いているでござるか」

「はぁぁ、どっと疲れた気分だ。で、何が憑いてるって?」

「霊体でござるよ」

「まぁな。つーかそもそもお前を助けたのも……」


 耳元で「言うな」とあの女に囁かれた。

 背筋が凍り付いた俺は全身がぶるりと震える。


 なんとか笑顔を作るとロナウドに「なんでもない」とだけ言って布団をかぶった。


「ふむ、彼には霊体が見えるのでござるか……」


 薄暗い部屋の中でロナウドはぼそりと呟いた。



 ◇



 ドジャッ。貨幣の詰まった袋を目の前に出される。

 持ってきたギルドの職員はニコニコとしていた。


「これが義彦様を合わせた4名の報酬です。500万ブロスですね」

「思ったより少ないんだな」

「いえ、元々は3000万を予定していたのですが、建物の損壊があまりにもひどいということで2500万を修理費用として引かせていただきました」

「なんで!?」

「多くの方々から義彦様が建造物を盾にしていたとの証言を得ています。それにリリア様の魔法で一部損壊したとの報告も受けております。まだご不満がおありでしょうか?」

「ないです」


 とぼとぼと力なくギルドを出た。

 外ではエレイン達が待っていて、俺の抱えた袋に目を輝かせる。


「どうでしたか? 沢山いただけましたか?」

「500万に値切られた」

「なんでですか!?」

「どこかで俺達の戦いを見てた奴がいるらしい。おかげで建造物の修理費用としてほとんど持ってかれたよ」

「あ……なるほど」


 そうだよな。何も言えなくなるよな。

 だってオロチだけでなく俺達も建物破壊してるし。


「でもさ、こうなったのはスタークってやつが原因だろ。なんでアタシ達の報酬が減らされないといけないのさ」

「彼はこの国の王子でござる。ギルドも表面上あまり強く言えないでござるよ。それでもなお500万もあることに感謝するべきではござらぬか。恐らく修理費用の大部分はギルドが負担してくれているはず」


 そっか、考えてみればそうかもしれない。

 たった2500万ブロスで足りる訳がないんだ。

 逆にギルドには感謝すべきなのかもな。


 俺達はその足でホプキンの工房へと向かう。


「お、来たみたいだな英雄」

「よしてくれ。いつもの調子で頼むよ」


 工房に入ると部屋の片隅にあるテーブルに酒瓶を置いた。

 オロチとの戦いでお世話になったお礼だ。

 瓶を手に取ったホプキンはニヤリとした。


「本当にそんなもので良かったのか?」

「俺は工房を貸しただけだからな。そんなんで高価な酒が飲めるなら儲けたものだろ」


 弟子の青年がカンカンと一心不乱に剣を打っている。

 それを見ながらホプキンは瓶の蓋を開けてグラスに注いだ。

 俺も弟子を見ながら彼と会話をする。


「それでもう町を出るんだって?」

「ああ、急ぎの旅なんでな」

「じゃあしょうがねぇな。でもどうやって外に出るつもりなんだ?」

「なんのことだ?」


 彼は「知らねぇのか?」と驚いた様子で俺達を見る。


 なんでも現在のレイクミラーは領主の軍によって閉鎖されているそうだ。

 出入り口をがっちりと固められ、一週間は出入りができないのだとか。

 特に冒険者は絶対に町から出すなというお達しが出ているとまで噂されている。


 俺はエレインに顔を向ければ、彼女はそうだとばかりに黙って頷く。


 やっぱりスタークの仕業か。

 あれからさっぱり姿を見かけないと思っていたが、こそこそと陰で動いていたようだ。

 そっちがそのつもりならこっちだって遠慮はしない。

 徹底的にやってやんよ。クソ野郎。


「なぁホプキン、町を抜け出すとしたらどのルートが一番いいか分かるか」

「陸側は完全に押さえられてるからな。行くなら湖側だろう。でもあっちも警備は厳しい。船は許可された奴らしか使えないし、不審物なんて載せりゃあ一発で分かる」


 船に潜り込んで湖を越えることは難しそうだな。

 すると誰かが俺の肩を叩く。


「拙者の忍術なら水上走行が可能となるでござるよ」


 マジかよ! 忍者パネェ!

 ありがたやありがたや! ロナウド様!


「よし、夜を待って出発だ!」

「「「おおっ!!」」」





 そして、俺達は地下シェルターにて各々の時間を過ごす。


 ごぽごぽ、ビーカーに入った黒い液体が沸騰。

 火を止めてからほんの三滴ほどのヤマタノオロチの血液をエレインが加えた。

 一瞬で液体は青い透明なものへと変わった。



 【鑑定結果】

 飲み薬:異物除去薬

 解説:身体の中にあるあらゆる異物を除去してくれるよー。注意してほしいのは必要な物まで取り除いちゃうことー。差し歯とか人工骨を入れた人は飲むのは覚悟した方がいいかなー。



 薬を見る俺をエレインが不安そうな顔で見ている。

 鑑定スキルがない彼女には成功も失敗も判断できない。


「成功だ」

「やった!」


 彼女は俺に飛びついて喜んだ。これで父親を助けられるのだから当然だよな。

 しかし、この薬が麻薬などの薬物に効くかどうかまでは確証がない。

 どこかで試すことができれば一番いいのだがな。


「ふっ! はっ!」


 リリアは暇な時間をトレーニングに費やしていた。

 服も風通しの良い白のランニングシャツに黒いスパッツだ。

 拳を突き出す度に胸が揺れ、ちらりと白い膨らみが見える。

 ぐふふ、眼福眼福。


「そう言えばピーちゃん、また大きくなりましたよね」

「どんどん大人の猫に近づいてるよな」


 部屋の中を歩くピーちゃんは子猫とは言えないほど大きくなっていた。

 ここ数日で成長が一気に加速しているように思える。

 レシピで見たホムンクルスは成体までにかなりかかるようだったが、ピーちゃんには当てはまらないのかもしれないな。この調子だとかなり早い段階で成体になる気がする。


「ふぅうう、ふぅううう! モフッ! モモモ、モフモフッ! ぐぎぎぎっ!!」


 座禅を組んで精神を集中させているロナウドは、目の前を通るピーちゃんに心を激しく乱されていた。

 彼なりのやり方で呪いに打ち勝とうとしているらしい。

 そういえばどうして呪われてるのか聞いた覚えがないよな。

 いずれ詳しい話が聞けるといいが。


「私の剣も作り直さないといけませんね」


 折れた細剣を見ながらエレインがしょんぼりしている。

 そうだな。この町を出たらどこかで新しい武器を手に入れるとするか。

 しばらくはナイフで我慢してもらうしかない。

 つっても今の俺達ならそれすらも過剰かもしれないが。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:29122→263444

 防:29046→261531

 速:27799→248887

 魔:30088→290314

 耐性:30082→290241

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv65・薬術Lv68・付与術Lv62・鍛冶術Lv66・魔道具作成Lv66・ホムンクルスLv66・????・無拍子Lv5

 称号:センスゼロ・大罪シリーズ【食欲の鎧】所有者



 黒いヤマタノオロチを討伐したおかげで、膨大な経験値を得ることができたのだ。

 スキルLvはそれぞれ鑑定は2アップ、薬術は3アップ、付与術は1アップ、鍛冶術は3アップ、魔道具作成は2アップ、ホムンクルスは4アップ、無拍子は3アップを果たした。

 これでステータス10万超えは達成したことになる。


 さて、気になるのは新しい称号だ。

 ひとまずこれについては後回しにする。



 【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:30888→286567

 防:30974→289998

 速:31766→292044

 魔:20099→215553

 耐性:20102→218690

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv21・鞭術Lv8・弓術Lv12・調理術Lv16・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv19

 称号:―



 姫騎士というのは比較的バランスが良いジョブらしい。

 攻撃力と防御と速さがいい感じに割り振られていて、魔攻や魔防にもそれなりに配分されている。

 スキルLvだが細剣術が5アップ、鞭術も5アップ、弓術が3アップ、調理術が4アップ、カリスマが2アップしている。


 オロチを倒したのは俺だが、パーティーを組んでいるとそれなりに経験値がもらえるみたいだな。これはかなりありがたいシステムだ。

 結局、俺しか成長しなかったってなると大問題だし。



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:24777→234731

 防:23678→228076

 速:23453→223091

 魔:44888→408888

 耐性:44766→409991

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv28・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv20・大正拳Lv11・分身撃Lv6

 称号:賢者の証



 魔攻と魔防の伸びが異常だ。

 やっぱ後衛職だからなのか極端な割り振りとなっている。

 コイツの魔法は威力がありすぎるので、今後は使いどころに悩みそうだ。

 希望通り魔闘士を目指してもらうのも今では悪くない考えだと少し思っている。


 ちなみにスキルLvは炎魔法が4アップ、格闘術が3アップ、大正拳1アップ、分身撃が5アップしている。



 【ステータス】

 名前:佐々木ロナウド

 年齢:34

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:235999→266830

 防:13667→13767

 速:346066→402704

 魔:327771→335046

 耐性:218644→267403

 ジョブ:上忍

 スキル:刀術Lv36・短刀術Lv21・槍術Lv14・縄術Lv12・格闘術Lv33・火遁術Lv10・水遁術Lv12・土遁術Lv12・風遁術Lv12・偽装術Lv10

 称号:伝説の暗殺者

 呪い:モフモフの喜び



 元々高いステータスだったのでそれほど目立った上昇はなかった。

 スキルLvは刀術が2アップ、水遁術が2アップ、風遁術が2アップしている。


 さてさて、問題の称号だ。



 【鑑定結果】

 称号:大罪シリーズ【食欲の鎧】所有者

 解説:大罪シリーズ【食欲の鎧】の所有者になった証だよー! これで義彦はもう鎧から逃げられなくなったんだ! おめでとう! 良かったね義彦!



 つまり……どういうことだ?

 これの意味するところがいまいち分からない。

 所有者になるとなにかがあるのか?


 謎だ。謎すぎる。

 そして、はっきり伝えてこない幼女神も怪しい。

 例の暴走状態が関係あるだろうか。


「義彦、そろそろ行けそうだぞ」


 外を見に行っていたリリアが戻って来る。

 そろそろ出発するか。


 シェルターの蓋を開けて、物音を立てないように建物の陰に隠れる。

 最後に出てきたリリアがシェルターを回収してバッグの中へ。

 俺は鑑定スキルを発動させて索敵を開始する。


「拙者が先行するでござる。後から付いてきて欲しいでござるよ」

「分かった。頼んだぞ」


 闇の中を目にも留まらぬ速度で駆け抜けるロナウド。

 素早く物陰に伏せると、人気がないか通りを確認していた。


 彼から『来てもいい』とハンドサインがあった。


 俺達は低姿勢で彼と合流する。

 そこからの動きは同じことの繰り返しだ。

 ひたすら見つからずに湖側へと移動する。


 町の中では衛兵がウロウロしていて不審者を捜しているようだった。

 むしろ昼間よりも人の数が多い。

 俺達が夜間に動き出すと踏んでのことだろう。


 一番湖に近い物陰で俺達は足を止める。


 ここからは強行突破だ。


 リュックから都営バスを取り出すと、俺は運転席へ、エレイン達は搭乗口から車内へと乗り込む。

 ロナウドは術を使わなければならないので車の屋根に飛び乗った。

 俺はエンジンをいれると、一気にアクセルを踏み込む。


 ぎゅるるるるる。


 一瞬だけタイヤが地面を滑る。

 ぐんっと急加速すると、俺はハンドルを操作して湖にバスを向かわせる。


「なんだあれは!?」

「中に例の冒険者が乗っているぞ!」

「壊しても構わない、今すぐにソレを止めろ!」

「奴ら湖に向かってるぞ!」


 兵士達が行く手を塞ごうとわらわらと集まってくる。

 俺は弾き飛ばしながらさらに加速させた。


 ど、すんっ。


 大きな段差を飛び越え、バスは公園内へと入る。

 未だに残る瓦礫を踏み越え、バスは長く大きな桟橋へと乗り入れた。


「ロナウド!」

「承知! 水遁・水走りの術!」


 バスが桟橋を越え、湖へと飛んだ。


 がくん。車内に大きな衝撃が走る。

 だが、水没した感じはしなかった。


 いける。普通に走れそうだ。


 ギアを入れ替えて、アクセルを踏み込む。

 アスファルトの上で走るようにバスはどんどんスピードを上げる。


 都営バスは夜の湖の上を疾走した。



 第二章 〈完〉


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

これにて第二章終了です。

しばらく書きため期間に入りますので、のんびり優雅にメロンソーダでも飲みながら待っていただけると幸いです。


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