三十七話 レイクミラーの戦い1

 夜のとばりが下りる頃、俺達は物陰に隠れつつ動向を窺う。


「まだ完全には目が覚めていないみたいだな」

「うん。動き出すにはもう数十分はかかると思う」


 俺が覗く先には丸まって眠るヤマタノオロチがいた。

 ただ一本の頭部だけ寝ぼけながらも周囲の様子を見ているようだった。

 やるなら今しかない。絶好のチャンスだ。


 離れた位置に潜んでいるロナウドに俺は『決行』のハンドサインを送る。


 うなずいた彼は忍び足で歩み出し、気配を最大限に殺したまま、手に持ったリュックから酒樽を一つずつ配置して行く。その間、エレインとリリアは花火のセッティングを行い、五本の鎖はルイスとその仲間達が握って構えている。

 ちなみに全員レッドマッスルは服用済みだ。


 戻ってきたロナウドが俺の隣で身を隠す。


「樽を設置したでござる」

「さて、ここからが本番だ」


 オロチはまだ樽には気が付いていないようだ。

 もうしばらくはかかることだろう。


「ところでルイス。剣を新調しようとか考えてないか?」

「突然だね。でも確かにそろそろ買い換えたいとは思ってたりはするかな」

「じゃあこれをやるよ。お前らには前回と今回で世話になってるし」


 俺はリュックから聖剣を取り出す。

 もちろん直ではなく、くくられた紐を持った状態だ。


「こんな高そうな剣を僕に?」

「ぶっちゃけて言うと俺にとっては失敗作なんだ。性能はめちゃくちゃいいけど、あまりに腹が立ってて所有する気分にもなれなくてさ」

「なにがあったの??」


 受け取ったルイスは鞘から抜いてその美しい刀身に目を奪われる。

 見た目だけなら聖剣と呼ぶにふさわしいけどな。イケメン限定ってのが実に不愉快だ。

 とはいえせっかく作ったし、壊すのも勿体ない気がしてしまう。そこで俺は知り合いであるルイスに譲ることにした。


 ルイスはやはりイケメンと認定されたのだろう、聖剣は拒絶することなく彼の右手に収まっている。

 口には出さないがやっぱり悔しい。血涙が出そうな気分だ。

 そして今すぐにでもその刀身をへし折りたい。


「ありがとう。受け取らせてもらうよ」

「それとその剣には名前がないから好きに付けてくれ」

「名前かぁ。じゃあこの剣は『エグゼリオン』ってことにするよ」


 中二病っぽい名前だなぁ。でも聖剣だしそれくらいがいいのかもな。

 逆に洒落た名前なんて似合わない気もするし。


「おいおい、ルイスにだけずるいぞ。俺にもスゲぇ槍をくれよ」

「また今度な。アレはたまたまできたものだし」


 ベータはルイスを羨ましそうに見ている。

 槍か。ウチには槍使いはいないけど、一度作ってみるのもいいかもな。

 良い物ができれば割引してベータに売ればいいし。


「義彦殿」


 ロナウドの声で意識をオロチに向ける。

 ようやく酒樽に気が付いたらしく、全ての頭が動き出していた。

 まだ少し寝ぼけ気味ではあるようだが、そのくらいがちょうどいい。


 一番近くの樽に顔を近づけたオロチは恐る恐る中の液体を長い舌で舐める。


 紛れもない酒であることを知った奴は夢中になって飲み始める。

 他にもないかと別の頭部は辺りを見回し、次々に樽を見つけて全ての頭部が酒を飲んでいる状態となった。

 だがまだ攻め時ではない。


 酔いが回り酩酊し始めるくらいが最高のタイミングだ。


「ど、どうして!?」

「なんで今来るんだよ!!」


 エレインとリリアが叫ぶ。

 見ればオロチの後方から多数の冒険者を引き連れたスタークが駆けていた。

 彼らは酒樽を蹴飛ばし一気になだれ込む。


「ははははははっ! 数で攻めればいくら怪物とてひとたまりもあるまい! お前達、分かっているな! 迅速に中央の首を切り落とすのだ! 敵の再生能力を侮るな!」


 剣や斧を携えた男達が猛烈な勢いで攻撃を仕掛ける。

 だがしかし、刃は鱗によって弾かれ一向にダメージを与えられない。


「全員下がれ! 今から魔法攻撃を仕掛ける! 放て!!」


 魔法使い達が一列に並び炎の雨をオロチに降らせた。

 爆炎が暗闇の中でいくつも立ち昇り、八つ首の大蛇を浮かび上がらせた。


 ヤマタノオロチは完全に目を覚ました。


 その巨体を地面から起こし鎌首をもたげる。

 不味い。酔いつつあるとは言え、ステータス30万クラスの敵だぞ。

 蟻を踏み潰すように人間を殺す事ができる。


「エレイン、リリア! 撃て!」

「はい!」「おう!」


 二人が花火に火を付ける。

 予定とは違うが、無駄な犠牲を出さないためにもこうするしかない。


 バンッ、ドォオン。バンッ、ドォオオン。


 筒から玉が打ち出され、オロチの眼前で眩い火の華を咲かせた。

 瞬間的にすさまじい光量がこの一帯を眩く照らす。


「ぎゃぁおおおおおおっ!?」


 オロチの叫びが空気を震わせる。


「ルイス!」

「分かってる!」


 すかさずルイス達が鎖を持って走り出した。

 オロチと冒険者達が悶えている中、ルイス達はオロチの首に鎖を投げて巻き付け、鎖の反対側を杭で地面に打ち込む。


「何が起きた!? あの光はなんだ!?」


 スタークが目を押さえてフラフラしている。

 ギルドにはちゃんと作戦の内容を伝えていた。冒険者達が攻撃を仕掛けるのはもっとあとだったんだ。それをあいつは独断で先走りやがった。

 今すぐにでも殴りに行きたい気分だが、あいにくそんなことをしている暇もない。


「鎖の固定完了!」

「エレイン、リリア、次だ!」


 二人は大量の粘着玉を投げる。

 大蛇の胴体に粘度の高い液体が絡みつきさらに動きを阻害する。


「粘着玉、投擲完了!」

「次だ! 二人ともしくじるなよ!」


 エレインが小瓶を取り出し飛翔する。

 後方では杖を構えたリリアが呪文を唱えていた。


 やっとウチの賢者の本当の力を見る時だ。


 いやぁ、ほんと説得には苦労した。

 格闘で戦いたいとか主張するあいつを、10人以上で説き伏せて魔法を使わせることを約束させたんだ。その代わり好きな物を一つだけ作るって条件を飲むことになったのは、結果を思えば安い物だろう。


「君に決めたぁぁ!」


 そう言ってエレインが狙ったオロチの口に小瓶を投げ込む。

 彼女の投げた小瓶にはテトロドトキシンが入っている。


 テトロドトキシンは弛緩性の強力な毒なので、オロチでも間違いなく効くはず。

 そこへリリアの魔法でさらに弱らせ、トドメとしてロナウドが中央の首を落とすって流れだ。我ながらうっとりしてしまうような完璧な作戦。


 オロチはその強力な消化力によって毒を素早く身体に巡らせる。


「目覚めし閃光、静寂を打ち破らんと巻き踊りし灼熱よ、その浄化の力をもって敵なる者に厳然たる裁きの紅炎を与えたまえ――クリムゾンフレア!」


 リリアの身体から強烈なプレッシャーが放たれ、濃密な魔力が空気を、大地をびりびりと震わせた。掲げたパラサイトステッキの先のほんの数センチほど上に、紅く小さな球体が音もなく出現した。紅い球体はみるみる大きくなってゆき、直径一メートルほどで成長を止める。

 俺はまるで小さな太陽だと思った。


 リリアが杖をオロチに向けた瞬間、紅い球体はすさまじい速さで直撃した。


 巻き起こる爆風と爆音。

 紅い炎と黒煙が立ち昇り小さなキノコを作り出した。

 発生した衝撃波は砂埃を舞い上げ、近くの瓦礫は吹き飛ぶ。

 オロチを中心とした環状の爆風が町全体を舐めた。


「いたたた……なんだよこれ」

「とんでもない威力でござるな。拙者、不覚にもリリア殿の魔法の腕を舐めてたでござるよ」


 瓦礫を押し退けて俺とロナウドが這い出る。

 口の中は砂だらけで何度も咳をした。


「どーだ、アタシの魔法。ちょっと見直しただろ」


 ふんぞり返るリリアに、俺は褒めたい気持ちと呆れる気持ちが同時に押し寄せる。

 これだけの力を持っていて拳闘士になりたいとか。

 やっぱこいつ頭おかしい。間違いない。


 しかしだ、そんなことを言ってしまうと機嫌を損ねるだけだろう。

 ここは褒めて魔法を使うのが気持ち良いことなんだって教えないといけない。


「さすがはリリアだな! ほんとびっくりしたよ! いやぁ、あんなにすごいとは全然予想してなかったなぁ! ほら、ロナウドも拍手!」

「拙者も!? す、素晴らしいでござるよリリア殿!」

「そ、そんなに褒めるなよ。えへへ」


 ぱちぱちと二人で恥ずかしがるリリアを拍手する。

 そこへ上空から着地したエレインが怒鳴る。


「何をしているんですか、早く仕留めないと!」


 おおっ、そうだったそうだった。

 すっかり魔法に感心しきりだったよ。


 オロチはぷすぷすと黒焦げ、その動きを止めていた。


「ロナウド、トドメを刺せ」

「承知」


 刀を抜いた彼は中央の首に刃を向ける。


 ――が、突然動き出したオロチは寸前でロナウドの攻撃を躱した。


「っつ! まだ動けるでござるか!」

「ぎゃぁおおおおっ!」


 オロチの口からウォーターカッターが吐き出される。

 くるりと攻撃を回避したロナウドはオロチと距離をとった。


 ぼろぼろと黒焦げたオロチの鱗が剥がれ落ちる。

 その下からはピンク色の皮膚が覗いている。

 だが、すぐに再生する様子は見受けられない。


 もしかすると毒が再生を遅らせているのだろうか。


 よく見ればずいぶんと動きも鈍い気がする。

 まだテトロドトキシンは効いているのだ。

 これなら俺も戦える。


「風の精霊!」

「マッスルゥウウウウ、フィーバー!!」


 マッチョな精霊がポージングをとったまま大胸筋をピクピクさせている。


「俺と仲間を守ってくれ!」

「了・解」


 やめろ、大胸筋で返事をするな。

 それと『面白いだろ?』みたいな顔もするな。

 無性にムカつく。


 剣を抜いた俺は跳躍してオロチの中央の首を直接狙う。


 ガキッン。


 別の首が間に入り、鱗で切り込みを弾いた。

 くそっ、邪魔だ! いいから大人しくやられてくれ!


 別の頭部が噛みつこうとすると、首を蹴って後方へと一気に下がる。


 間髪入れずロナウドが別の方向から跳躍して一閃。

 ようやく一本目の首が宙を舞った。


 いいぞ、このまま首を落としていって急所を丸裸にするんだ。


「私だって!」


 空中で剣を伸ばしたエレインは、切っ先を傷口から潜り込ませて肉と骨を断つ。

 二本目の首が地面に落下した。


「おりゃぁぁああああっ! 分身撃!」


 最大まで加速したリリアの打撃が二発、大蛇の頭部を激しく揺らした。


 分身撃――それはスキル発動中のみ分身が現れる技スキルだ。

 最大の攻撃を連続して行える利点がある。加えて分身の数はレベルが上がることによって増えるのだとか。


 衝撃で脳を破壊された頭部は力なく地面に落ちた。

 これで三本が消えた。あと三本倒せば急所ががら空きとなる。


「うぉおおおおおおおおっ!」


 ルイスが聖剣を構えて走る。

 すれ違い様に一閃。首の一本を斬り落とした。


 よし、これで四本。あと二本だ。


 俺も無拍子で首の一本を斬り落とすことに成功する。

 ロナウドが直後に二本目を斬り落としたので全然目立たなかったが、俺もちゃんと活躍している。地味にだが活躍しているんだ。


 ガチガチ。


 うわっ、なんでこのタイミング!?


 鎧が突然空腹を訴えて口を鳴らし始める。

 いつもいつもいいところでこいつは邪魔をする。

 けど、今回ばかりは無視だ。


 すでに七本の首を切り落とし、残るは中央の首だけである。


 俺は最後のトドメを刺すつもりで走り出すと、別方向からスタークがオロチに向かっているのが見えた。

 あいつ……美味しいところだけをいただくつもりか。

 ふざけんな。ここまでオロチを追い詰めたのは俺達なんだぞ。


「ははははっ! よくやったお前達、あとは僕が息の根を止めてやる! これで今回の失態は拭われ、僕はさらなる栄誉を手にするのだ!」


「お前なんかに――手柄をやるか!!」


 俺は懐から取り出した粘着玉をスタークの足下にぶつける。

 ばしゃっ、と弾けた玉は奴の足を絡め取り、馬鹿な王子様は無様に地面に転んだ。


「なんだこれは!? 貴様よくも!」

「ははーっ! オロチを仕留めるのは俺なんだよ! 残念でした!!」

「下賤の分際でふざけるな! それは僕の獲物だ!」


 はいはい。下賤ね。

 好きなように言えばいいさ。

 どうせ負け犬の遠吠えなんだからな。

 HAHAHAHA!


 俺は最後の首を切り落とす為に疾走しながら構える。


 終わりだ。無拍子。





 ガキィン。


「……へ?」


 鱗が再生していた。


 おかしい。だって中央の首の鱗は剥がれてて……。


「義彦殿! すぐに退くでござる!」

「何を言って――!?」


 ぐにゅぐにゅぐにゅ。

 次々に切り口から首が再生していた。


 焼け焦げた鱗の下からは真新しい鱗が現れ、脳を破壊されたはずの頭部も何事もなかったかのように鎌首をもたげる。


「きしゃぁあああっ!」


 目の前の頭部が俺の目の前で口を大きく開いて睥睨した。


 あ、ヤバい。これ死ぬ。


 刹那、景色がぶれたと思えばすさまじい衝撃が走った。


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