三十六話 新兵器開発

 レイクミラーは大きく分けて二つに分けることができる。

 横断する大通りを境に、北と南で湖側と森側で暮らしが異なっているのだ。湖側は漁業や観光を主力としており、森側は冒険者ギルドや製造業などが盛んだ。

 俺達はひとまずギルドに足を運び経緯と行った対処を説明する。


「――では、最低でも12時間は確保できたということですね」

「たぶんな。もしかするともっと早く目覚めるかもしれないが」

「結構です。住民の避難を行うだけの時間を稼げただけでも貴方方の功績は大きい。それでは私はすぐにでも領主様に掛け合いますので後ほど」


 ギルドの男性職員は一礼して足早にこの場を去る。

 これで住民の避難はなんとかなった。

 理解力と対応力のあるギルドに感謝だな。


 ギルド内では冒険者がざわついている。


 突如現れた怪物にどう対応するのかで意見が割れているようだ。

 逃げるのか戦うのか。すでに俺の提供した情報で敵のステータスは公となっている、たとえここで逃げ出したとしても誰も責めはしないだろう。


「聞いたか。あのスタークが呼び寄せたらしいぜ」

「公爵の子息だか知らないが、迷惑なことをしてくれる。これでこの町が滅んだらどう始末をつけてくれるんだ」

「けどよ、逆に考えりゃあそれだけ討伐報酬は跳ね上がるってことだろ。なんせ御子息様の尻を丁寧に拭かせてもらうんだ。一躍有名人ってなもんよ」


 ぎゃははは、とエールを飲みながら笑い合う冒険者はなかなか図太い。

 逆にチャンスと捉える者もいるようだ。


「義彦君、無事だったみたいだね!」


 ルイス達が安堵した表情で駆け寄る。

 いきなりハグをされたのでちょっと恥ずかしかった。


「それで君達は戦うんだろ?」

「なんでそう思うんだ」

「だって義彦君はクラッセルの時も率先して戦ってたじゃないか。だから君達なら今回も町を見捨てないだろうと思ってさ」


 ルイスは疑いのない目で俺を見ている。

 こいつ年の割に純粋すぎるな。けどそう思ってもらえるのは悪い気はしない。

 反対に疑うのはベータの役割なのか俺に質問する。


「勝算はあるのかよ。相手は30万クラスだぞ」

「確かにとんでもない戦力差ではある。だけど、もしそれを埋めるだけの道具を作れればどうにかなると思わないか」

「本気で言ってるのかよ。前みたいに粘着玉やエナドリって奴でどうにかできる相手じゃないってこと分かってんのか」

「だからお前らにも協力してもらう」

「は?」


 首をかしげるルイス達。

 普通に考えればステータスで絶望するだろう。

 だが、ゲーマーである俺にとってこの程度よくあることだ。

 ただの参加者無制限の大規模クエストと考えればな。


 そもそも30万ってのは攻撃力や防御力の数値であってHPの数値ではない。それはつまりやり方次第では一発で戦闘を終わらせることもできるってことだ。リアルならではの特徴だよな。

 しかも弱点まではっきりしている。これはもう難易度高めに見せかけたサービスクエストだ。むしろやらなきゃ損。


 現実的にも今の俺達は金もあまりないし、オロチの素材も欲している。

 それにもしも倒せることができれば、莫大な経験値を得ることだってできるんだ。

 リスクはあるがリターンもデカい。


 でだ、問題はどうやって倒すのかだが、俺に一つ案があった。



 ◇



 俺達はホプキンの工房へとやってくる。


「工房を使いたい? そりゃあ構わないが何に使うつもりだ?」

「例のアレを倒す道具を作るんだ」

「……その顔は本気のようだな。しょうがねぇ手伝ってやるよ」


 ホプキンはそう言って快く工房の使用を許可してくれる。

 ちなみにルイス達にはギルドで待機してもらっていてここにはいない。

 オロチに動きがあった際の連絡係だ。


「まずホプキンには長く頑丈な鎖を5本作ってもらいたい」

「それならウチの倉庫にすでにある。かなり昔に対魔獣用に作ったドイル鉱の鎖があったんだが、注文した貴族がキャンセルしやがって未だに仕舞ったままになってんだ」


 弟子である青年が裏に走ると、一塊の鎖を持って戻ってきた。

 受け取った俺は強度と長さを確認する。


「悪くない」

「そんな物使っても引きちぎられるだけじゃないのか」

「ほんの少しその場に留めるだけでいいんだ。でもこのままじゃ使えない」


 俺は鎖のスロットに能力を付与する。



 ドイル鉱の鎖×5 [物攻減退(大)][物攻減退(大)][強度UP]



 これで敵が鎖を引きちぎる時間を少しは遅らせられる。

 それと粘着玉もエレイン達に大量に作成してもらう。

 この二つの合わせ技で奴の動きを完全に封じ込める計画だ。


「俺とホプキンは武器を作成する。作るのはコレだ」


 彼にレシピを見せると「はぁ?」と眉間に皺を寄せた。



 【超振動剣】

 能力:超振動によって堅い物も簡単にスライスできちゃうー。オロチ君の首もスッパリ切れちゃうかもねー。



 【麻痺刀】

 能力:刀身に強力な麻痺性の毒が塗られてて、ほんの少し切られただけでも効いちゃうー。ロナウド君に渡すのかなー。名案だねー。



 時間は限られている。なので決断をした。

 それは俺とロナウドの強化である。

 ウチでオロチとまともに戦えるのはロナウドだけである。彼の戦闘力を強化するのはごくごく当たり前の判断だろう。そこにリーダーである俺の武器を強化する案を乗せたのだ。残念だがスタンブレイドではどう足掻いても勝ち目はない。


「俺が武器を作成している間、エレイン達には粘着玉とコレを作ってもらう」


 俺はレシピを記載した紙をエレインに渡す。

 受け取った彼女は怪訝な表情となった。


「花火……ですか?」

「簡易的な物だ。先制の目くらましに使う」

「それならスタンブレイドが……」

「これだと一度に照らせる範囲も限られてるし、なにより熱がないからダメだ」


 エレインは「熱ですか?」といまいち理解が及んでいない感じだ。

 ピット器官って言っても分からないだろうなぁ。

 戦闘が始まるのは日が暮れた見通しの悪い時間帯だ。そんな中で熱感知に優れた相手とまともにやるのは自殺行為。なので俺はこの花火で奴の優位を一つ潰すつもりだ。


「あー、なんか分かるかも。蛇って光だけでなく熱も見てる感じがするもんな」


 馬鹿な。あのリリアが理解しただと。

 お、お前、なんか悪いものでも食べたんじゃないのか。


「……なんで心配そうな顔なんだ??」

「体調が優れない時は早めに言うんだぞ」

「??」


 首をかしげるリリア。

 次に俺が視線を向けるのはロナウドだ。


「ロナウドにはできる限り多くの酒を買ってきてもらいたい」

「なるほど、酔わせて退治するのでござるな。古の退治の仕方を存じているとは、やはり義彦殿は謎多き御仁でござる」


 褒められるほどのことじゃない。

 日本の伝説を参考にしただけのこと。

 須佐之男命のごとく酔わせてお命頂戴するぜ。


 てことでそれぞれに分かれて作業を開始する。


「ホプキンは剣を、俺は刀を作る。分からないことがあれば聞いてくれ」

「了解だ」


 この世界のかまどは魔道具の位置づけにある。

 その理由が早く温度を上昇させられることだ。

 耐熱性能も高くいちいちで風を送る必要もない。


 カンカンカンカンカンカンカン。


 高いステータスで休まず叩き続ける。

 真っ赤に輝く刀身はハンマーで叩く度に火花を散らしていた。


 知識は頭の中にすでにあった。技術も身体にすでに染みこんでいた。

 まるで最初からそこにあったかのように、鍛冶師としての魂が俺を突き動かしていた。

 気が付けばホプキンが俺を見ている。


「こんなにも力強く美しく無駄のない動きは初めて見た」

「いいから剣を打ってくれ。今はとにかく時間がない」

「あ、ああ、悪い……」


 通常ではあり得ない速度で作成している。

 普通なら数日を要するところを数時間で作ろうとしているのだ。

 だが、この世界にある魔法の力がそれを可能にしていた。


 たった五時間で刀を作り終えると、俺はホプキンから作成途中の剣を引き継ぎ、さらに作業速度を加速させる。


「信じられない。異常だ」

「師匠……あの域に達するにはどうすればいいんですか」

「分からない。俺もそれを知りたいよ」


 形ができると砥石で刃を作り、さらに仕上げの砥石にかける。

 猛烈な勢いでこすりつける為に発する熱が砥石が乾かす、なのでホプキンの弟子には常に上から水をかけてもらっていた。


 やっとできたぞ!


 次の瞬間、剣は光を放った。

 会心の出来だ。



 【鑑定結果】

 武器:面食い聖剣(名称なし)

 解説:イケメンにしか使えない聖剣だよー! 装備するだけで全ステータスが2倍にUP! 状態異常にも効きにくくなって、邪なる力を退けるんだ! 会心の出来だけど残念だったね義彦! 

 スロット:[自己修復][モテ度UP][ダメージ軽減(大)][覚醒]



 鞘つきで俺の手の中に出現した聖剣は、キラキラとしたオーラを纏っていた。

 美しくも神聖な空気を漂わせるその剣に俺は一瞬だがうっとりする。


 だが、聖剣はバチンッと俺の手を電撃のようなもので弾いて床に落ちた。


「え……」


 現実を受け止めたくなかった。

 これってつまり俺はイケメンの範囲に入ってないってことだよな。

 そ、そりゃあ世間でちやほやされているような男前ではないけど、それなりに整った顔立ちだって思ってたんだ。磨けば間違いなく光るって密かに思ってたんだよ。

 人に否定されるより物に否定される方が地味にダメージデカいんだな。


「こんなに良い剣をなんで落としちゃうんですか?」


 ヒョイとホプキンの弟子が拾う。

 拒絶される様子もなく、普通に持っていた。

 え、俺ってあいつより見た目がダメなのか??


「その剣は……壁にでも立てかけておいてくれ」

「?」


 涙がこぼれそうだったが必死でこらえる。

 泣いちゃだめだ。俺は強く生きるって決めたんだ。

 くそっ、イケメンに生まれたかった。


 気を取り直して刀を鑑定する。

 こっちは会心の出来ではないのでそれなりのものができたはずだ。



 【鑑定結果】

 武器:消臭丸

 解説:これ一本で家中の嫌な臭いが消えちゃう! 周囲の魔力を吸って消臭しているからずっと効果があるよ! ああそうそう、切れ味も耐久力も抜群だよ! 得したね義彦!

 スロット:[ ][ ]



 うわぁぁあああああああっ! もう嫌だ!

 ちゃんとした物を作らせてくれよ!!


 ショックに俺は両膝をガクッと折った。

 なんだよ消臭丸って。ただの刀型の消臭剤じゃねぇか。

 家に飾っておけば二度美味しいってことかよ。


「ただいま戻ったでござ――義彦殿?」


 俺のリュックを持ったロナウドが工房に戻ってきた。

 彼は俺が持っていた刀を手にとってすらりと抜く。


「良い刀でござる。なぜそのように悲しい表情なのでござるか?」

「完成したのはいいが、できたのがただの臭いを吸い取る刀だったんだよ」

「臭いを?」


 意外にもロナウドは感心した様子だった。


「義彦殿。物には使いどころというものがあるでござる。たとえそれがくだらなく大した物のように見えなくとも、場所と状況が違えば時には大きな武器となるでござるよ」

「ロナウド……」

「拙者はこれは素晴らしい物だと思いまする。臭いは忍びにとって消し去りたい物の一つ。それをこの武器は容易に可能とするのでござるよ。義彦殿はご自身の造った物に誇りを持っていいでござる」

「ロナウド!!」


 俺は彼に抱きついて感謝した。

 そうか、俺はちゃんと役に立つ物を造れたんだな。

 聖剣がダメだったから二重にショックだったんだよ。

 ロナウド、あんたがいてくれて俺は救われたよ。


「ところでもう一本剣を造っていたはずでは?」

「それならあそこにある」


 ロナウドは立てかけている聖剣を掴んだ。

 そして、鞘から引き抜くと小さく声を漏らす。


「これはなんと神々しい……義彦殿はセンスなどという枠からはみ出した御方なのかもしれぬでござるな」

「褒めすぎだって――あれ?」


 普通に持ってる??

 てことはロナウドはイケメンなのか?


「ロナウドは一生覆面を外すの禁止な」

「なぜに!?」


 気持ちが落ち着いたところで、外から時刻を知らせる鐘の音が聞こえる。

 作業を始めて10時間ほどか。まだルイス達からオロチが目覚めた知らせは入ってないので、もう少し道具を作成する時間がある。

 ひとまず消臭丸に付与を施しておく。


 消臭丸 [麻痺][体力吸収]


 このコンボはかなり凶悪だ。

 ロナウドなら使いこなせるはず。


 隣の部屋へ行くと、エレイン達が大量の道具を未だに作っていた。


「ひとまず粘着玉が50個。中級ポーションを30個。花火はどれくらい作ればいいのか分からなかったので10個ほど作成しました」


 沸騰するビーカーを覗きながらエレインが説明してくれる。

 リリアは床でピーちゃんと遊んでいてやる気の欠片も窺えない。


「ナウッナウッ!」

「あはは、お前可愛いな」


 猫じゃらしを追いかける子猫に俺は違和感を抱いた。


「なぁ、ピーちゃんってちょっと大きくなってないか?」

「言われてみれば確かに……」


 今朝はもっと小さかった気がするが、今は一回り大きく感じる。

 考えてるよりもピーちゃんの成長は早いのかもしれない。


 それから俺はレッドマッスルを制作し、エレインと協力して麻痺消し薬を作成した。


 12時間が経過した頃、工房にルイスが駆け込む。


 ヤマタノオロチが目覚めた知らせだった。


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