二十一話 俺達の冒険はこれからだ!

 チュンチュン。

 雀のような鳥の鳴き声で目が覚めた。

 ずいぶんと熟睡していたらしい。


 あれ……身体が動かない?


 ベッド上で腕や足を動かそうとすると激しい痛みが走る。

 なんとか起き上がろうとするが、痛すぎてくの字のまま固まってしまう。


 無理無理無理! 痛すぎて動けない!

 なんで!? どうなってんの!?


 思い当たるのはアレだ。

 驚異のエナドリ、レッドマッスル。

 解説にも副作用があるとか書いてあったし、たぶんコレがそうなのだろう。

 ヤバい、これじゃあ今日一日動けないぞ。


「ひぎゃぁぁああああ! 痛い痛い!?」

「うぎゃぁあっ! なんだよこれ!」


 微かにだが隣の部屋からも悲鳴が聞こえる。

 エレインもリリアも同じ状態のようだ。

 今後はよく考えてエナドリを飲まないといけないな。

 副作用がキツすぎる。


 そうだ、どうせ動けないしステータスを確認しておくか。

 一応、隣部屋にいる二人も確認しておく。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:9570→14180

 防:9465→14022

 速:9299→13866

 魔:10635→15593

 耐性:10052→15041

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv63・薬術Lv65・付与術Lv62・鍛冶術Lv63・魔道具作成Lv64・ホムンクルスLv60・????・無拍子Lv1

 称号:センスゼロ



 予想通りかなり上がってるな。

 キングを倒したのだから当然と言えば当然だ。


 あれ? 例の????の一つが解放されたのか?


 つってもホムンクルスってどうなのだろ。

 すぐにイメージするのはハガ〇ンに出てくるフラスコの中の生命体だが、あれとは少し違うのだろうか。実際に作ってみないとよく分からないな。



 【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:9146→13407

 防:9588→13798

 速:10631→14632

 魔:7073→8866

 耐性:7001→8862

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv15・鞭術Lv2・弓術Lv9・調理術Lv11・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:―



 細剣術と調理術がレベルアップしたようだ。

 それと新しいスキル『鞭術』が追加されていた。

 まぁ、あれだけ剣を鞭のように振るってればそういうのも身につくよな。

 激しく納得。



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:9140→11040

 防:8099→9954

 速:8355→9432

 魔:23089→25666

 耐性:22999→24895

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv16・大正拳Lv11・分身撃Lv1

 称号:賢者の証



 相も変わらず魔と耐性の伸びが半端ない。

 もう割り切ったのでごちゃごちゃ言うつもりはないが、やっぱりおかしいよなこれ。

 なにかを絶対に、確実に、間違えている気がするのは俺だけじゃないはずだ。


 よく見ると新しい技スキルをし習得したようだった。

 これでまた一つリリアは格闘家としての腕を上げたようだ。


「でも遠距離担当がいないのは不安だよな。もう一人くらい魔法使いか弓使いをなかまにするべき――ん? なんだこの音?」


 カタカタカタ。


 聞き慣れない音がしていることに気が付く。

 視線を部屋の隅に向けると、盛り塩をした小皿が微細に振動しているではないか。

 しかも四隅にある全ての盛り塩が震えている。


 まさか……でも今は朝だぞ。アレが出てくる時間じゃない。

 いや、それよりも問題は動けないことだ。

 いまアレに来られたらまったく抵抗できない。


 パキン。


 皿が砕け塩が異常なまでの早さで溶ける。

 すぅぅと入ってきたのは例の幽霊。

 奴は俺の顔を見ると口角を鋭く上げた。


「……っていって……いって……」

「ひぃいいいいいいっ!」


 長い髪の隙間から目が見える。

 ただ、そこには穴があった。

 ぽっかりと空いた暗い穴が俺を見ている。


 お願いします、許してください! 勘弁してください!

 金ならいくらでも払います、なんなら腕の一本でも差し上げますから命だけは!


 幽霊は静かにベッド横に来る。

 すると俺の首をガッと掴んで身体ごと持ち上げた。


「あぐっ……!?」


 ヤバい、盛り塩で避けてたから怒ってるのか。

 尋常じゃない雰囲気だ。


「連れて行け。私を連れて行け」


 連れて……行け? どこに?

 苦しい。助けて。

 このままだとマジで死ぬ。


 幽霊の声はだんだんと大きくなる。


「私を連れて行け! 私を稲穂国へ連れて行け!」

「……わか……た」


 なんとか返事をしたところで俺はベッドに落ちた。

 幽霊は満足そうな笑みを浮かべ、すぅぅと消えて行く。

 咳き込む俺は必至で肺に空気を取り込んだ。


 なんだったんだ、今のは。



 ◇



 次の日の朝。

 宿の食堂で俺達は顔を合わせる。


「丸一日動けなくなるなんて聞いてねぇぞ義彦!」

「俺だって知らなかったんだよ」


 リリアが俺の胸ぐらを掴む。

 もうすっかり痛みは引いて体調は万全だ。


「え、でもリリアさん喜んでましたよね?」

「ば、ばか! 言うなって!」


 喜んでいた?? 痛いのを?

 はっ、まさかこいつ……!?


「お前、ド――へぐっ!?」


 すさまじい衝撃が腹部を突き抜けたと思えば、俺は宿の壁を突き破って外に転がった。

 外に出てきたリリアは俺を鋭い目で見下ろす。


「余計なことは言うな」

「理不尽だ」


 どうして魔法使いである彼女がわざわざ敵に身をさらすような真似をするのか、俺は不思議で仕方なかったのだが、ようやくその謎を解いた気がする。

 しかもさ、奴隷紋を刻んでいる彼女は、命令違反をする度に電流が流れてるハズなんだよ。

 もしかしてもしかしてだけど、わざと俺に逆らっているのか。自ら奴隷になったのもソレが狙いだとしたら納得がゆく。


「それはそうと、あの飲みもの……またくれよな」


 リリアは視線を逸らしつつ顔を赤く染めてそう言った。

 こいつにはアレはご褒美だったらしい。

 ちくしょう、弱くてもいいからもっと普通の魔法使いを仲間にするんだった。


「ああ、壁が!?」


 宿の店主が頭を抱える。俺も頭を抱えたいよ。

 立ち上がって食堂へ戻ると、おじいさんに修理代を払った。


「これで直してくれ。足りるか?」

「こんなに!? 多すぎるよ!」

「いいからいいから、謝罪も含めた値段だと思って受け取ってくれ。俺達ここにはすげぇ世話になってるし」


 おじいさんは渋々お金を受け取る。

 彼には本当に世話になった。

 特に昨日なんか、動けない俺達を介助してくれたりしたんだ。

 トイレに行くにも手を貸してくれたり、喉が渇かないように水をこまめに用意してくれたり。食事だって精がつくようにと手の込んだものを出してくれた。


 最初は最悪の宿なんて思ってたけど、全然そんなことはなかった。

 むしろエレインの言った通りこの町で最高の宿だったんだ。


「そう言えば今朝から変なんです」

「変?」

「この宿ってずっと涼しかったじゃないですか。なのに今朝は普通だったというか、妙に室内が明るい感じがするんですよ」


 エレインの指摘に視線を巡らせる。

 確かに宿全体から明るい印象を受ける。

 薄暗くじっとりとした空気は今や一ミリも感じない。

 いつの間にか幽霊屋敷のような宿は普通の綺麗な宿になっていた。


 幽霊が出ていった? もしくは成仏したとか?

 そうとしか考えられない。


 チリーン。


 宿の受付カウンターでベルが鳴る。

 どうやら客が来たようだ。


「それではまた後で。ごゆっくりしてください」


 店主は一礼してから慌ててカウンターへと向かう。


 これからこの宿は流行るだろうな。

 俺はそう確信した。






 森で軽くオークを狩ったあと、ギルドで遅めの昼食をとる。

 ほどほどに腹を膨らませてから、俺は腹を空かせている鎧にも飯を食わせてやる。


「こいつ調理された野菜は食うのか」

「すげぇ、吸い込まれてゆくみたいに消えてくな」

「ふふ、慣れると可愛いものですね」


 ばくばくと山盛りの料理を鎧はたいらげる。

 周囲の冒険者達は唖然とした表情で俺達を見ていた。


「つーか、こいつのせいで食費が異常なほどにかかってんだ。やっぱもっとまともな防具を作るべきかなぁ」

「別にいいじゃん。ゴブリンとキングを倒してがっぽり入ったんだろ」

「多少はな。けど、この調子で消費されちゃ、いつまで経っても貯蓄ができないだろ。無駄飯食らいは一人だけで充分なんだよ」

「あははは、義彦よく食うもんな」


 ちげぇよ、お前のことを言ってんだよ。


 話を元に戻そう。

 食費はともかくこの鎧が有用なのは確かだ。キングの戦闘でも助けられたし防御力も桁違いに高い。付け心地もかなり良くて、防具を身につけていることすら忘れることだってあるんだ。

 もうしばらく様子を見るべきか。

 隠れた機能があるかもしれないしな。


「ふぅ……」


 エレインが大きな溜め息を吐く。

 暗い雰囲気だし、なにか悩みでもあるのだろうか


「どうしたんだ? 言いたいことがあるならなんでも言ってくれ」

「…………分かりました」


 彼女は「実は……」と話を始める。


「私はとある国からここまでやってきました。目的はご存じの通り強くなるため。ですが、そろそろその期限が近づいてきているのです」

「いつまでに国に戻らないといけないんだ?」

「一ヶ月後です。なにぶん遠い場所にあるので、すぐにでも旅立たないと間に合わないのです」


 つまりここで俺達とお別れをしなくてはいけないと言いたいのだろう。

 彼女は出会った頃に言っていた、訳あって強くならなければならないと。焦っていたのもなんとなく分かっていた。だからこそ藁にでもすがる思いで俺に師事を望んだのだ。


「お前は本当の仲間になると言ってくれた。あれは嘘だったのか」

「違います! 私は本当に義彦やリリアさんのことを大切な仲間だと思っています! ただ、お二人を私の身勝手な行いに巻き込みたくないと思ったのです!」


 俺とリリアは見合わせてきょとんとする。

 本心は一緒にいたいってことか? じゃあ簡単な話だよな?

 リリアも分かっているのか、やれやれといった感じで肩をすくめる。


「俺達も一緒に行く」

「アタシ達仲間だよな」


「義彦……リリアさん……」


 感極まってエレインは涙ぐんだ。

 そして、顔を両手で押さえて泣き始める。


「お、おい、こんなところで泣くなよ」

「知りません! 義彦が悪いんです!」

「俺なのかよ……」


 頭をポリポリ掻く。

 ま、どうせ元々この町から旅立とうとは思っていたんだ、それが早まったくらいのこと。それに彼女を手放すのはめちゃくちゃ惜しいしな。今やなくてはならない大切な仲間だ。


「なぁ、そろそろアタシのこともリリアって呼んでくれよ」

「はい。これからもよろしくお願いします、リリア」


 こうして俺達の旅立ちが決まった。



 ◇



 数日後、俺は荷物をバスに積み込んでいた。

 町の出入り口近くということもあり、通り過ぎる人々が興味津々にこちらを見ている。


 保存食と水は積み込んだ。テントと毛布も積み込みオッケー。

 予備の武器と防具も載せたし、使いそうな作業道具も完璧。

 あとは出発するだけだな。


「なぁ、まだ出ないのか?」


 バスの屋根で寝転がっているリリアが顔を出す。

 こいつほんとすぐに高いところに登るよな。

 あれか、高い場所に上がらないと死んじゃう病気なのか。


「まだエレインが戻ってきてないんだよ。そろそろだと思うけど」

「よしひこー!」


 町からエレインが走ってくる。

 その後ろには多くの見知った姿があった。


 宿のおじいさん、ルンバ、ルイスにベータ。

 そのほかにも知り合いになった冒険者達。


「旅に出るって聞いて見送りに来てやったぜ」

「いつか戻ってくるつもりだ。その時はまた工房を使わせてくれよ」

「おう、いつでも来な。それとコレは選別だ」


 ルンバから金槌を渡される。

 頭の部分にはハンマーを握った手のような紋章が刻まれていた。


「そいつは免許皆伝の証として渡してる物だ。弟子に見せりゃぁ工房くらいは使わせてくれるだろうよ」

「ありがとうルンバ。大切にするよ」


 俺はルンバと固く握手をする。

 もし旅が終わって帰って来た時、彼には多くの話をしようと思う。

 この世界でできた大切な友人の一人だ。


「君達が宿に泊まってくれて毎日が明るく楽しかった。宿も昨日から不思議なほど客が入るようになって、今では幸運の使いだったのではと思っている。本当にありがとう」

「やっと皆が宿の良さに気が付いただけさ。俺達は何もしていない。いつか戻ってくるつもりだからそれまで元気で」


 俺は宿のおじいさんと握手をした。

 彼は何かを思い出したのか言葉を続ける。


「これはちょっとした年寄りのお願いなんだが、もし旅先で儂の息子と出会ったら一度帰ってくるように言ってもらいたい」

「息子の名前は?」

「ゲイズだ。左の頬に傷があるからすぐに分かると思う」

「じゃあ見つけたら伝えておくよ」


 おじいさんは「頼んだよ」と苦笑する。

 世話になった彼の頼みだ、できるだけ叶えてあげたい。


「僕達も近い内に旅立つつもりだ」

「義彦とはどっかで会うかもな」


 ルイスとベータはそう言って俺と握手をする。

 そうか、じゃあまた共闘する機会もあるかもしれないな。

 見知った顔を見られるのは俺としても嬉しい。


 その後も知り合い冒険者と挨拶を交わし、また会うことを約束した。


 俺達はバスに乗り込みエンジンをかける。


「義彦見てください!」

「おおおっ! 皆来てる!」


 窓から外を覗くと、外壁や入り口に多くの人が集まっていた。

 住人に冒険者に兵士などなど。


 俺達は窓を開けて手を振った。


「行ってきまーす!」


 返される声を聞きつつ、俺はアクセルを踏み込んだ。


 目指すは湖の町『レイクミラー』だ。


 ぶるる、なぜか身体が震える。

 あれ? エアコンが効きすぎたかな?

 温度を少し上げる。



 この時の俺はまるで気づいていなかった。

 バックミラーに映る白い服の女に――。



 第一章 〈完〉


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