二章 湖の町レイクミラー
二十二話 第二の町に到着
クラッセルを出て次の日。
俺達は森の中にいた。
「ていっ!」
地面に突き立てた俺の剣が蛇の頭を切り落とす。
全長は約3メートル。薄緑の体色が特徴的なレイクスネークと呼ばれている毒蛇だ。
この辺りの固有種らしく最大で10メートルにも成長するのだとか。
しかもその毒は強力で、もし噛まれたら数日中にはあの世にいけるそうだ。
その反面、素材は高く買い取ってもらえるそうなので狩るには良い相手だ。
俺は仕留めた大蛇の皮を剥いで内臓を取り出す。
素材になるのは牙、皮、骨、毒だ。
残った肉は今日の昼食。
蛇の毒は頭部にあるので、肉は食べようと思えばできる。
聞いた話ではタンパクで固いとか。
塩で味付けしただけの肉をたき火で焼く、完全に火が通れば完成。
エレインから受け取った俺は恐る恐る口を付ける。
「……意外に美味いな」
「私も初めて食べますが、鶏肉っぽいですね」
「二人とも食ったことがないのか。アタシなんか師匠と修行をしている時は、しょっちゅう食ってたぜ」
左の頬を膨らませてリリアが自慢げに語る。
そういや、コイツの出自とか経歴とかまったく知らないな。
師匠ってのはやっぱ賢者なのだろうか。
「お前、なんで賢者になったんだ?」
「師匠が強くしてやるって言うから付いてったら賢者にされたんだよ。アタシは拳闘士になるつもりだったのに、まさか魔法使いの修行だったなんてほんと驚いた」
「途中で気が付けよ」
それで軌道修正して魔闘士になろうとしているのか。
俺にはさっぱり理解できないが、夢と才能が違うとそれはそれで苦しいのかもな。
だが、あえて言いたい。お前は魔法使いであるべきだと。
「話は変わるけどさ、この先にあるレイクミラーって町はどんなところなんだ?」
「美しい湖がある活気のある町ですよ。観光地として栄えていまして、避暑地として人気だとも聞いています」
へぇ、旅の最初には最適だな。
せっかくだし異世界を満喫したいからな。
「ずっと気になっていたのですが、義彦の目的ってなんなんですか? 私と出会う前も旅をしていたようですし、やりたいことがあるのですよね?」
「ふふ、聞いて驚け。実は俺は世界最強の剣士になることが夢なんだ」
「「錬金術師なのに?」」
「五月蠅い! そこはどうでもいいだろ!」
ジョブがなんであろうと俺が剣士と思えば剣士なんだ。
そして、その世界最強に至る近道が超一流冒険者なのである。
「そろそろ出発しますか?」
「待ってくれ。この辺りの素材を集めてからにしたい」
食事を終えてから俺は近くの草花を採取する。
この辺りまで来ると知らない素材をちらほら見かけるな。
ゲーマーの習性っていうか、知らない物を見るとついつい拾っておきたくなるんだよな。しかも俺ってアイテムを全種類集めないと気が済まないタイプでさ、使わないような物でも収集しちゃうんだよ。
で、最終的に倉庫を圧迫する。お決まりの流れだ。
採取を終えると俺達は都営バスに乗り込む。
エンジンをかけるとエアコンが起動して冷風が車内を満たす。
ただ、妙に冷えるのが早いんだよな。なんでだろう。
「あ~すずしい~、これって最高の乗り物だよなぁ~」
「ほんとですよね~。移動速度も速いですし、中は涼しいですし、座り心地もフカフカしてて天国のようです~」
バスの最後部で二人はくつろいでいる。
俺はその光景をバックミラーで観察しながら鼻息を荒くする。
エレインのスカートから伸びる白い脚。
リリアの丸出しのくびれ。
これくらいの役得がないと運転なんてやってられっか。
すうっ。
バックミラーにナニカが横切った気がした。
俺は目をこすって何度も確認する。
特に何かがあるようには見えないな。
ははは、まさかアレがこんなところにまで来るはずないよな。
だってあれ以来俺の前に現れてないしさ。
俺はもう解放されたんだよ。自由なんだ。
「出発するぞ」
「は~い」「へ~い」
のんきな声が聞こえて俺はアクセルを踏み込む。
さーて、もうすぐレイクミラーだ。
二つ目の異世界の町と思うとすげぇ楽しみだな。
新しい冒険が俺を待ってるぜ。
◇
レイクミラーは森の中にある町だ。
大きな湖の近くにあってクラッセルと第三の町をつなぐ要所となっている。
少し離れた場所には大きな山があり、湖と山を同時に見られる観光地として人気だそうだ。
「クラッセルよりも整備されて綺麗だな」
「観光地ですからね。町をあげて美化運動に取り組んでいるんですよ。それにここレイクミラーは公国の大きな資金源ですから、投資額もかなりのはずです」
「フェスタニア公国だっけ?」
フェスタニア公国。周辺諸国の中では比較的小さな部類に入る国だ。
しかし、その歴史はとても古く、国力は大国ですら無視できないほどだとか。
クラッセルもこのレイクミラーも公国の領土なのである。
石造りの外壁をくぐれば静かで美しい街並みが視界に入る。
町の中心近くを川が流れ、小さな橋が架かっているのが見えた。
全体が湖の沿岸にそって作られており、ここからでも何艘ものボートが並んでいるのが確認できる。
大通りには店がいくつもあって活気に満ちあふれていた。
並んでいる商品もおしゃれな物が多く観光地って雰囲気が漂っている。
「これからどうしますか?」
「とりあえずギルドにでも顔を出そうかな」
「それもいいですけど、まずは今日の宿を押さえておくべきではないでしょうか。ほら、第二のクラッセルの宿を探さないといけないですし」
「俺が探しておくからいいよ」
「いえいえ、私に任せてください」
「だからいいって」
「いえいえいえいえ、私がぜひ。素晴らしい宿を必ず見つけてきますから」
ぜんぜん諦めないな!? なんでそんなに押しが強いんだ!?
つーか、俺は前回のことがあるから全力で嫌がってんだよっ!!
それくらい分かってくれよ! なぁ!?
「……義彦」
彼女は革袋からスッと中級ポーションの小瓶を取り出す。
これみよがしに小瓶を目の前でちらつかせた。
「まさか!?」
「私に宿を選ばせないのならもうコレは作りません。私に宿を。私だけが最高の宿を見つけられるのです」
フフフ、と暗い笑みを浮かべるエレインに戦慄した。
こ、こいつ、ポーションを人質に取りやがった!?
それで脅すなんて卑怯だぞ! どうやったって逆らえないじゃないか!
これから大量販売も計画しているのに!!
がくっと俺は両膝を折った。
くっ、敗北だ。勝てる気がしねぇ。
「では行きましょうか! すぐにとびっきりの宿を見つけてみせますからね!」
「分かった。諦めて宿探しに付き合うよ。とりあえずリリアも――」
振り返った俺とエレインは目を点にした。
さっきまでそこにいたはずのリリアが消えていたのだ。
同時に聞こえる怒鳴り声と破砕音。
「リリアだと思うか?」
「思います」
とりあえず声のする方へ行くと、案の定トラブルが発生していた。
「まだやるつもりか?」
「っつ……こんな小娘に!!」
壁際に男を追い詰めるリリア。
その周囲では複数の男達が倒れていた。
俺とエレインは彼女の元へ。
「おい、いったい全体どうしたんだよ」
「こいつらが『俺達といいことしようぜ』みたいなことを言って、アタシを無理矢理どっかに連れて行こうとするから、頭にきてぶちのめしたんだよ」
「よし、遠慮なく殴れ」
俺の仲間に手を出そうとする奴は死刑だ。
もしくはアレをちょんぎって全裸で森に放り出してやる。
「二人とも落ち着いてください。周囲の迷惑になっていますよ」
「けどエレイン、あいつらは仲間に手を出そうとしたんだぞ」
「それでも暴力はいけません。もしかしたら誤解があったのかもしれないじゃないですか」
エレインは男性に近づいて微笑みかける。
「いいことってなんですか? 何か素敵なお話しがあったのですよね?」
「へへ、こりゃあ上玉じゃねぇか。あんな小娘なんかよりあんたの方が良さそうだな」
「あの……?」
「心配するな。俺が最高に気持ちよくしてやるからよ。早くその身体を拝みてぇぜ」
「!?」
次の瞬間、エレインは躊躇なく男の鳩尾に拳をめり込ませた。
男は身体をくの字に折り曲げ苦悶の表情で唾液を吐き出す。
そこからさらに殴りかかろうとする彼女を俺は羽交い締めで止めた。
「不潔! クズ! 最低です! 私や私の仲間に手を出そうとするなんて! ここで全身の骨を砕いて二度と歩けなくしてやります!」
「落ち着けって! これ以上は死ぬぞ!」
「いいぞエレイン! もっとやれっ!」
「お前は黙ってろ!!」
とりあえず俺はエレインを強引に引っ張ってこの場を離れる。
こいつ一度怒ると手が付けられなくなるな。
「ごめんなさいっ!」
「いいって、もう済んだことだし」
深々と頭を下げるエレインは心底申し訳なさそうだった。
仲間の為にやったことだし、俺自身も頭にきてたからそこまでとがめるつもりはない。
まぁ落ち着かせるのに苦労したけどな。
「どうせならもうちょい戦いたかったなぁ」
「つーか、そもそもお前がはぐれなきゃ、あんなことにはならなかっただろうが。どうして勝手に離れたんだよ」
「良い匂いがしてさ。気が付いたらそっちに移動してた」
野良猫かよ!? 本能のままに生きすぎだろ!
てか、野良猫でも仲間に一声くらいかけるだろ!?
……はぁぁ、もういいや。どうせこいつに何言ったって聞きやしねぇし。
俺達は再び町の散策を再開する。
予定通りまずは宿探しから。
「ここはダメですね」
一つ目の宿を見つけたがエレインは首を横に振る。
そこは至って普通の宿だ。
外見は少し汚れているが良さそうな雰囲気を感じる。
「そうか? 俺には全然アリだと思うけどさ」
「義彦は分かってませんね。宿とは仮の家、寝心地を頂点に、雰囲気、機能性、値段、利便性、サービス度を考えなくてはいけません。最高のコンディションにするには最高にリラックスできる場所が必要なのですよ」
「お、おう……」
エレイン曰く、宿の善し悪しを見分ける方法の一つが窓が綺麗かどうかだ。
窓が汚れている宿はサービスが充実していない可能性が高いとのこと。
窓の汚れは心の汚れなどと彼女は鋭い目で断言した。
分かるような分からないような言葉だな。
二つ目の宿はおしゃれで綺麗なところだった。
エレインは宿の中に入ってキョロキョロとする。
すぐに店主が出迎えてくれたが、彼女は聞こえていないのか視線を彷徨わせ、窓際へと歩いて行く。
「これはダメです」
窓際を指ですっと撫でるとその指に大量の埃が付着していた。
それを見た店主は苦笑いしかできない。
彼女はすぐに宿を出たので俺達も後を追う。
「おい、この調子だとどこにも泊まれないぞ」
「だから妥協しろと言うのですか!? ダニまみれの布団に黒いアレが出てくるような部屋に、高い料金を支払ってでも泊まりたいと!?」
「そ、そこまでは言ってないけど……」
くわっと目を見開くエレインから気迫が伝わってくる。
すさまじい情熱だ。まさにお宿ソムリエ。
その目には炎すら灯っているように見える。
三つ目でようやくエレインのアンテナに何か反応があった。
そこはこじんまりとしているが外見はおしゃれで小綺麗だ。
窓は綺麗に拭かれていてピカピカしている。
入り口には花が置かれ、表に出されている看板には本日のメニューが書かれている。
どうやら食堂もやっているみたいだ。心なしか良い匂いがする。
雰囲気から分かる良い宿。それが最初の印象だった。
――だが、俺はすぐに気が付く。
漂う冷気、人を寄せ付けない妙な空気、感じる視線。
これはクラッセルの宿で感じたものと同じ感覚だ。
「なぁ、ここってヤバくないか?」
「アタシもそんな感じがする」
エレインは中へ入り、すぐに店内をチェックする。
カウンターはピカピカ。もちろん壁も床も。
さりげなく花の絵が飾られリラックスして過ごせそうな内装だった。
なのに俺は今すぐにでも逃げ出したい気分である。
「……良いですね。クラッセルと同じように涼しいですし、ぐっすり眠れそうな気がします。決めましたここにしましょう」
「え!? ここ!?」
「はい」
彼女はベルを鳴らして店主を呼ぶ。
現れたのは30代ほどの男性だった。
だが、その顔はやつれている。
「いらっ……しゃいませ……」
「数日ほど泊まりたいのですけど、お部屋空いてますか?」
「全部屋……空室です」
「じゃあ二部屋お願いします」
ルンルン気分でチェックインするエレイン。
俺はその背中を見ながら冷や汗を流す。
間違いない。
こいつ……霊感ゼロのゴースト探知機だ。
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