二十話 壊滅作戦3

 押し寄せるゴブリン共を一刀で切り伏せしのぐ。

 少しずつだが確実に敵の数は減っていた。

 残るは50匹ほど。

 もはや時間の問題だ。


 だが、相手もこのまま黙ってやられるはずもない。


 奴らの切り札であり俺達の本命が前へと出る。

 黒い靄を漂わせたゴブリンキングだ。

 ゴブリン達は俺と奴の間に道を作った。


 誰がリーダーなのか分かっているらしい。


「エレイン、リリア、ここは頼んだぞ」

「任せてください!」

「勝ってこいよ!」


 二人の声援を受けて俺は強く床を蹴る。


 まずは上段からの切り込み。

 キングは大剣を盾にして初撃を防ぐ。

 俺はそこからさらに身体を横に回転させ、斜め下方から切り上げる。

 それも奴は難なく大剣で防いだ。


「ぐがぁぁぁっ!」

「そんなもの効くか!」


 至近距離から闇の息が吐かれた。

 もちろん俺には通じない。

 こっちは特製のエナドリでバリバリなんだよ。

 即座に反撃に出ると、キングは斬撃を躱して後方に飛び下がった。


 キングは俺を睨み付ける。


 状態異常が効かないのは計算外だったか?

 残念、俺はバッチリ対策を立ててきてるんだよ。

 あっさり勝てるなんて思うな。


 甲高い金属音を鳴らし、俺とキングは剣を交わらせる。

 ステータスは向こうが上だ。けど、大剣を使用しているからなのか、俺の目でも奴の動きを充分に捉えられていた。

 隙の多い大振りの攻撃に対し、こちらは最小限度の動きで攻める。

 いくら身体能力が高くともこの差はでかい。


「ぐっ!」


 剣で奴の打ち込みを受け止める。

 骨をきしませるほどの重い剣圧だ。

 剣と剣の間で赤い火花が散る。


 そう何度も受けられる攻撃じゃないな。

 向こうも当たれば終わると確信している。

 俺は身体で押し返すようにして大剣をはじき返し、特殊能力スタンフラッシュを至近距離で放つ。

 もらった。俺の勝ちだ。

 跳躍すると渾身の力で切り下ろす。


「ぐるるっ」


 光が収まると奴は閉じていた目を開く。

 しまった、こっちの狙いが読まれていたのか。

 俺は未だ宙にいる。奴は全力で大剣を振った。


 咄嗟にスタンブレイドで防御。

 剣の上から強烈な一撃がたたき込まれ、俺は後方にある壁へと背中から叩きつけられた。


「うぐ……」

「義彦!? 大丈夫ですか!?」


 エレインの声が聞こえる。

 俺はふらつきながらも立ち上がって見せた。


「心配するな。ちょっと油断しただけだ」

「ですがふらふらじゃありませんか!」

「いいからお前は皆を守れ。コイツは俺がやる」


 気合いを入れ直して構える。

 キングも大剣を構えてプレッシャーをかけた。


 よくもやってくれたな。おかげで全身が痛ぇよ。

 けど、不思議と心地よくも感じる。

 これが生きているってことなのかって実感するんだ。

 そう考えるとやっと前を向いて生きられるようになったのかもしれないな。

 確かに俺は


 けど、人は何度だって立ち上がれるんだ。


「うぉおおおおおおおおっ!」


 技スキル発動! 無拍子!


 ノーモーションから斬撃が放たれる。

 キングは反射的に大剣で防ぐ。

 そのまま奴は俺をはじき返した。


 まだだ! 無拍子!


 俺は空中を回りながらスキルを発動させる。

 ノーモーションで加速し、俺は剣を振る。

 火花を散らして奴は攻撃を防いだ。


 無拍子! 無拍子! 無拍子! 無拍子! 無拍子!


 奴がいくら俺を弾いても、即座に技スキルで切り込む。

 それは空中にいようがお構いなしだ。

 何度も何度も打ち込んでは弾かれを繰り返す。


 無拍子とは予備動作をなくした基本にして奥義。

 それはすなわち、どのような状況からでも攻撃ができるということ。

 無駄を省き、自己最速をたたき出し、相対する者との距離を必ず縮める。


「ぐがぁ!?」


 俺の剣が奴の左頬をかすめた。

 もっと速く。もっと鋭く。余計なことなんて考えなくていい。

 目の前の奴を斬ることだけを思い描くんだ。

 キングの身体に生傷が増え始める。


 ガォオオオオン!


 俺の剣が大剣を強く弾き、キングは壁に背中を打ち付けた。

 いつの間にか追いつめていたようだ。

 もうすぐ終わりだ。お前を倒して俺が勝つ。


 ガチガチガチ。


 不意に俺の鎧が歯を鳴らした。


 不味い! このタイミングで腹減りかよ!?

 食料なんて食わせている暇ないぞ!?


 ハッとした。


 鎧に意識を向けたことで、振り上げたキングの大剣が見えていなかった。

 今からじゃ防御は間に合わない。

 奴の斬撃は確実に俺の頭に直撃する。


 ばくんっ。


 そんな音が響き、キングの両腕が大剣ごと消えた。

 俺もキングも一瞬何が起きたのか分からず呆然とする。

 ぶしゅぅ、奴の傷口から血液が噴き出す。


「ぐがぁぁああああああっ!?」

「もしかしてお前……食べたのか?」


 未だがちがちと口を鳴らす鎧。

 たらりと一滴の血が垂れた。


 キングは片膝を突いたが、再び立ち上がって敵意をむき出しにする。

 ただし、警戒をしているのか攻撃は仕掛けてこない。


「これで最後だ! 無拍子!!」


 俺は刹那、剣を一文字に走らせた。


 後ろのキングの頭部がごろりと床に落ちる。

 そして、数拍遅れて身体が倒れた。


「そうだ、みんなは!?」

「もう終わりましたよ」


 笑顔のエレイン。

 見れば数え切れないほどのゴブリンの死体が転がっていた。

 対して人間側に死者はいない。完勝だ。俺達が勝った。


「ふぅ、疲れた――あでっ!?」


 ドッスンと鎧の重みで俺は床とキスをする。

 どうやら腹減りで苛立っているらしい。

 急に目覚めて急に不機嫌になるなんて理不尽すぎるだろ。


「悪いエレイン、キングの死体をここまで持ってきてくれないか」

「分かりました。ちょっと待ててくださいね」


 ずりずりと死体を引きずって俺の上に載せる。

 死体は一瞬にして鎧の口の中へと消えていった。

 満足したのか鎧は大人しくなり、俺は普通に立ち上がることができた。


「僕達勝ったんだ! 助かったよ!」

「ああ、信じられないぜ! 生きて帰れるなんて!」


 ルイス達は抱き合って喜ぶ。そうなるのも無理はない。

 今回はかなりヤバかった。誰が死んでもおかしくないギリギリの状況だったんだ。

 全員が生きて帰れるなんて奇跡と言っていいだろう。


 ふと、リリアに目が行く。

 彼女は床に大の字で寝ていて満足そうな表情だった。

 いや、実際満足したのだろう。あれだけ派手に戦ったからな。


「なぁ、なんだあれ?」


 ベータが天井を指さした。

 そこには黒い靄が一つの塊となって漂っていた。

 キングの頭部からも靄が立ち昇り、塊に吸収される。

 ソレはモコモコと奇妙な動きを見せたと思えば、大きくうねり蛇のように長く伸びた。


「何が起きているんだ!?」

「全員武器を構えろ!」


 俺は指示を飛ばす。

 アレがなんなのか分からないが、味方じゃないのは確かだ。

 黒い蛇はすさまじい速度で部屋の中を回り、外へと繋がる通路へと出て行く。

 残された俺達はしばらく動けなかった。


「逃げた……のですか?」

「分からない」


 少なくとも今のアレに攻撃の意思はなかった。

 生き物に取り憑かないと攻撃できないのか、それとも俺達など眼中になかったのか。

 不明すぎてはっきりしたことが何一つ言えない。


「とりあえずルイス達はゴブリンから素材を集めてくれ。護衛はリリアに任せる」

「へーい」


 リリアは寝転がったまま手を上げて返事をした。

 その間、俺とエレインはこの遺跡の調査だ。

 生き残りなどがいないよう、かたづけなければならない。






 がらんとした薄暗い通路を二人出歩く。


「ここってなんなのでしょうね」

「古い時代のなにかってことは分かるが、建造目的がさっぱりだな」


 遺跡にはいくつかの部屋があり、俺達は一つずつあけて確認する。

 ほとんどはゴブリンの寝室のようだった。

 中には人や生き物の骨が積み重なったゴミ捨て場のような場所もあり、他にも食料を保存する倉庫らしき場所もあった。


「なんてこと……」


 とある部屋では数人の女性が縄で縛られて絶命していた。

 いたるところに打撲痕があり、ひどい扱いを受けていたことが分かる。

 どこからかさらわれてきたのだろう。


 俺とエレインは女性の死体を麻の布で包んだ。

 町に帰ってきちんと埋葬するつもりだ。

 手を合わせて心から冥福を祈る。


 その後、俺達は遺跡の最深部へと行き、とある部屋を見つけた。


「なにか奇妙な部屋ですね」

「今までとは違ってデザインが異質だ」


 そこはドーム状の部屋だ。

 だが、床や壁は生物的なデザインで禍々しい雰囲気を醸し出している。

 部屋の中央には台座があり、その上には小さな箱が置かれていた。


 箱は開けられている。


 蓋が床に落ち、空っぽの中が見えていた。

 もしかしてもしかすると、この中にあの黒い靄が入っていたのだろうか。

 だとするとそれだけアレはヤバいということだ。

 ゲームとか漫画でよくあるだろ。

 強大な敵をなんとか封じ込めることには成功したって話。


 ここを住処にしたゴブリン共が、うっかり箱を開けてしまったのだろう。

 その結果、アレに取り憑かれてしまった、といったところか。


 箱には”悪魔の顔らしき紋章”が刻まれていた。


 俺は箱と蓋を掴むとリュックの中へと放り込む。

 もしかしたら何かに使えるかもしれない、一応ではあるが持って帰ることにした。


「もうなにもなさそうですね」

「じゃ、戻るか」


 俺達はリリアの元へと帰還する。



 ◇



 町に帰還した俺達を迎えてくれたのは大勢の人々だった。

 住人に冒険者に兵士が入り交じって歓声をあげる。

 たった12人で黒いゴブリン共を壊滅させた、その事実は自分たちが考えるよりも大きな出来事だったのだ。


 知らない人達にハグをされて頬にキスをされる。

 もみくちゃにされて何度も頭をごしごし撫でられた。

 エレインとリリアはさっさと逃げたようで、俺とルイス達、それと四人の冒険者は色々なところに引っ張られて酒を飲まされた。


「ぶははははっ! 一躍英雄じゃねぇか!」

「もういいよ。気持ち悪くて飲めないからさ」


 店員によって置かれたエールのジョッキを隣にいるルンバに渡す。

 もう嫌と言うほど飲まされて吐きそうなんだ。

 離れた位置にいるルイス達はもっとひどい状況で、魂が抜けたように壁により掛かってぼーっとしていた。

 ステータスが上がってもアルコール分解能力はそんなに変わらないんだな。

 一つ勉強になったよ。うっぷ。


「俺はもう帰るよ。ごちそうさま」

「おう、またな! よーし、今夜は朝まで飲むぞ!」


 うぉおおおおっ! と酒場で男達の声が響く。

 異世界人はタフだな。恐れ入るよ。


 ふらふら夜の町を歩きつつ、俺は転生した日を思い出す。


 最初はゲームの延長線上で異世界転生を望んでいた。

 たぶんもっと遠くへと逃げたかっただけなんだと思う。

 逃げて逃げて見ないふりをして、思い出さないように封じ込めたかったんだ。


 でもさ、逃げた先もやっぱり現実で、積み重ねた時間からは逃げられなかった。

 結局向き合うしかないんだ。自分という人間とさ。


 それを気づかせてくれたのは紛れもなく仲間だ。

 エレイン、リリア、二人がいてくれたから俺はこうして自分の足で前に進める。

 今ならはっきりと言えるよ、転生して良かったってさ。


 俺は必ずこの人生を後悔のないように生きる。


 もう二度とあんな思いをしないように。


「義彦!」

「遅いぞ!」


 宿の前ではエレインとリリアが待っていた。


 俺は笑顔で二人に手を振った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただきありがとうございます。

皆様のご声援ご支援によりなんとかここまで続けることができました。完結まで邁進して行きますので、どうか引き続き少しひねくれた主人公と徳川レモンをよろしくお願いいたします。次話で第一章完結です。


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