十八話 壊滅作戦1
目が覚めるとすぐにここがどこか分からず混乱する。
むせかえるような血と汗臭さと酒の臭い。
床にはいびきをたてる冒険者達が目に入った。
そうだ、昨日はギルドで寝たんだった。
ギルド職員から帰らないようにってお願いされたんだっけ。
で、俺達は会議が終了したあと男女別々の部屋で仮眠を取らされた。
窓を見ると眩い朝日が差し込んでいる。
この様子だとゴブリンの夜襲はなかったみたいだ。
俺は死体のように転がる野郎共をまたいで部屋を出た。
「義彦」
声をかけられて振り返る。そこにはタオルを持ったエレインがいた。
彼女も裏手にある井戸で顔を洗いに行くのだろうか。
軽く挨拶をして二人で並んで歩くことにした。
「今日は忙しくなりますね」
「そうだな、なんせ町の存亡がかかっているんだ」
昨夜の会議で決まったことは、大規模作戦の提案とその詳細なプランである。
黒いゴブリンとの戦いでステータスを上げた奴は多い。現状の戦力なら対等に戦うことも十分に可能だ。
しかし、いつまでも高い戦意を維持するのは無理がある。
おまけに相手は森に引きこもりどこにいるのかも分からない状況だ。
そこで出されたのが大規模強襲作戦である。
まず多数のゴブリンでも対応可能な冒険者を選出し、彼らを10組に振り分ける。
それぞれの組は森の奥地に向かってゴブリンの集落を探索、敵の拠点を見つけ次第帰還し、森の外で待機している兵士と冒険者に報告を行う。
その後、全戦力をもって敵の拠点を叩くというものだ。
で、俺達もその探索組に入れられており、組の振り分けを行う為にくじを引かされた。
俺達はE組。森のど真ん中を行く、最も遭遇率の高い組である。
俺って昔からくじ運なかったんだよな。すっかり忘れてたよ。
井戸の冷たい水で顔を洗うと急速に目がさえる。
タオルで顔を拭くと気持ちが良かった。
「ふぅ、でもあのキングは気掛かりですね。仕留めるには骨が折れそうです」
エレインがタオルで顔を拭きながらそう呟く。
俺は近くに置いてある角材の山に腰を下ろしてタオルを首にかけた。
「その為にも作戦前に有効なアイテムを作ることにする。俺は戦闘用アイテムの制作。エレインには中級ポーションを量産してもらいたい」
「それは構いませんが、その間リリアさんはどうしますか?」
「あいつには必要な物資の購入を頼むつもりだ。敵の拠点が早々に見つけるとは思えないしな。ある程度の日数は覚悟しておくべきだろう」
エレインはうなずく。
俺達ならやれるそう信じて。
◇
ルンバの工房にやってきた俺は、場所を借りて作業を開始する。
ここなら素材が沢山あって熟練の職人もいるから色々試すのにはうってつけだ。
「まずは粘着液をっと」
鍛冶場にある別の部屋でメモを開く。
俺専用のレシピで作り方を確認して生産を開始する。
前回の戦いでその有用性は分かった、だとすれば使わない手はないだろう。
課題はより使いやすく携帯しやすい状態にすること。
つってもぱっと思いつくのは水風船みたいなものくらいだ。
異世界には風船なんてないだろうし、そもそもゴムがありそうにないよな……。
てことで予定を変更してコレは後回し。
魔道具作成スキルを開き、レシピをスクロールする。
良さそうなものはないか探してみるが、いまいちどれもピンとこない。
そこでふと、とあるレシピに目が留まった。
【技スキル習得スクロール・回転斬り】
能力:スキル習得スクロールだよー。失われた古代技術が使われてて、現在では制作不可能なのー。でも義彦なら作れちゃう! 卑怯! ズルイ! さすがチートだね!
ふむふむ、失われた古代技術か。
なんだかよく分からないが、技スキルが得られるなら作っておくべきかな。
運良く称号で良い物ができれば儲けものだ。
てことで早速取りかかる。
スクロール用の紙を用意してレシピに書かれている文字を手順通りに書き写す。
その際、ペンには魔力を流し続けなければならない。
魔力に関しては割とすんなり身体の中に感じられた。
しかも誰かに聞くまでもなくスムーズに操ることができる。
ジョブである錬金術師の補正が効いているのだろう。
文字を書き終えると、外に出て枯れ枝で地面に大きな魔法陣を描く。
「光と闇の極点、歓喜と絶望の狭間に天理の明け星が導かん。我望む、世界の理に従い無限の力と知の一片をこの物に宿したまえ。スクロールクリエイト」
魔法陣が輝き、中央に置かれていたスクロールの文字が紫色に発光する。
光はすぐに収まりスクロールが完成する。
紙を拾って鑑定するとやっぱり変異していた。
【鑑定結果】
スクロール:技スキル・無拍子
解説:予備動作なく攻撃ができる基本にして奥義的な技だよー。攻撃力は変わらないけど、使い方次第では超強力ー。連続使用可能だよー。
おおお、意外に使えそうな技じゃないか。
予備動作がないってことは相手に攻撃する瞬間まで悟られないってことだろ。幼女神の言う通り使い方次第では切り札にもできそうだ。
俺はナイフで指先を切って血液をスクロールに垂らす。
文字が光り始めたと思えばすうぅと消えた。
これでスキルが手に入ったはずだ。
一応ステータスを確認すると確かに技があった。
俺は工房の一室に戻って再び道具作成を再開する。
レシピには爆弾などもあったが、あいにく主材料の火薬が手元にないので作ることはできない。
落胆したところで気になるものを発見する。
それは『結界石』などと呼ばれる水晶のような小さな石だ。
結界石は魔力を流すことでドーム状の壁を作り出す道具らしい。
材料も水晶だけですぐに作れそうだった。
しかも水晶は町の店で素材として購入していた物があるのでちょうどいい。
俺はナイフで水晶の表面に特殊な文字を刻む。この文字はスクロールに刻んだ物と同じで、魔力に反応するものらしい。形はネットで見たことのあるルーン文字っぽい。
結界石が完成した途端、水晶が光りに包まれる。
会心の出来だ。いかなるものができたのだろうか。
だが、そこにあったのは金属製の蓋のような物。
俺は思わず首をかしげた。なんだこれ。
【鑑定結果】
緊急用魔道具:ストレージシェルター
解説:地面に置いて使うよー。中には広い空間があって生活できるスペースが確保されてるのー。蓋は頑丈だけど、もし壊されちゃうと亜空間に閉じ込められるから気をつけてねー。
お、おお……なんかぜんぜん予想と違った物ができたな……。
けど、これはこれで使えそうではある。
野営の時は活躍しそうな雰囲気だ。
「あとは……麻痺消しの薬か」
敵の使う闇の息は厄介だ。
短時間の効果とはいえ戦闘中ともなれば致命的だ。
麻痺消しは必須だろう。
薬術スキルを開くと麻痺消し薬はすぐに見つかる。
材料も手持ちの素材でなんとか作れそうだが……。
「俺だとまともに作れないよなぁ」
頭を抱えつつとりあえず作ってみることにする。
小鍋で薬草を煮込み、乾燥したバッタとトカゲをすりつぶして鍋の中へ加える。
こうしてできあがった液体が麻痺消し薬――だったはずなんだ。
【鑑定結果】
強化飲料:レッドマッスル
解説:一時的に肉体を強化する飲み物ー。興奮状態になるから痛みや状態異常にも耐えられるよー。ここぞと言うときに翼を授ける奇跡の飲み物だよー。あ、反動があるから覚悟だけはしておいてねー。
あれ? これってレッド〇ルじゃね?
色もそれっぽいし匂いも独特だ。
俺は液体を小瓶に分けて入れる。
状態異常に耐えられるってあるし、麻痺消し代わりには使えるだろう。
さて、最後は粘着液の件だ。
上手く改良するにはどうしたものか。
そこで今まで集めた素材が使えないか思案することに。
薬草系はダメ。鉱石系もダメ。虫などの小動物もダメ。
あとは動物から集めた素材とその他なんだけど、どれも微妙なんだよなぁ。豚の腸とかは一見向いてそうな感じがするけど、アレは伸縮性が意外に悪い。もし上手く使えてもせいぜいソーセージくらいの大きさが限界だ。
俺が頭を悩ませていると、ドアを開けてルンバが入ってくる。
「どうした難しい顔して」
「いや、実は――」
俺が説明すると彼は指で顎を触って天井に視線を向ける。
しばらくして「あれだ」と手を拳で打った。
「森にバルーン草ってのが生えてて、そいつは薄くて伸縮性の高い袋を備えているんだ。強度もある程度あって持ち運ぶには最適だと思うぜ」
バルーンの草か。もうそれしかないのだろうな。
てことで俺は粘着液だけ大量に作る。
完成は現地にて行う予定だ。
ルンバは椅子に座ってタオルで顔を拭く。
「そっちも忙しいみたいだな」
「まぁな、ゴブリン共とやり合う前に、武器の整備をしておきたい奴らがごまんといるんだ。普段なら断っているんだが、今日ばかりはさすがに引き受けてやらねぇと、俺のせいで死んだみたいになっちまうだろ」
彼はニヤリと笑う。
戦いに行く者達だけが主役じゃない。
これから掴むだろう勝利は、多くの誰かの支えがあって得られるものなんだ。
俺は改めてそう思わされた。
◇
東の森に集まったのは100人ほどの冒険者。
いずれもステータスオール2000超えを達成している者達だ。
作戦の指揮をとるのは力が9000クラスの男性冒険者。
彼が町で一番の冒険者というのだから不安だ。
「義彦君、よろしくね」
「あんたらの力期待してるぜ」
同じE組のルイスとベータが俺と握手を交わす。
彼らの後ろには例の新しい三人の仲間がいる。
前回の戦いでは誰も欠けなかったようだ。
今回もそうならないように俺達が頑張らないといけないな。
それぞれの組が配置につく。
出発はそれぞれのタイミングで行う。
E組はほどほどの早さで森へと踏み出した。
焦っても作戦が成功するとも限らない、ここは慎重にというのが全員の意見だ。
しかも俺達は遭遇率が高い組、敵に接近を気取られないようにするのは最重要とも言える。
「ルイス達には悪いけど、ある程度進んだらアイテムを作成したい」
「それは戦闘に関係する物かな?」
「前回の戦いで粘着液を渡しただろ。あれの改良版を大量に作るつもりだ」
「あー、それはいいね。ぜひ欲しいよ」
効果を知っているルイスは快く承諾してくれた。
しかし、以前から思っていたけどルイスとベータって美青年だよな。
性格も良いし頭も良さそうだ。反リア充派の俺には抹殺すべき対象にしか見えない。
いつか美青年を不細工にする薬ができたら、真っ先にこいつらに飲ませることにしよう。殺さないのは俺からの優しさだ。くくく。
「義彦、たぶんこれじゃないですか」
エレインが俺を呼び止めて指さす。
そこには透明な丸い実を複数付けた花があった。
実の中には無色透明な液体が入っていて、触ってみると薄いゴムのようにぐにゃぐにゃと伸び縮みする。
鑑定スキルで確かめるとなるほどと納得した。
【鑑定結果】
植物:バルーン草
解説:ゴム質の実に糖分を含んだ水をため込むよー。実は最大三十センチ近くまで育つから伸縮性は抜群ー。ここだけの話、夜の夫婦生活にも使われるんだよー。キャッ、はずかしー!
いらん情報を入れるな。
バルーン草が別の物に見えてくるだろうが。
……でも、いくつか予備でとっておくべきだよな。
いざという時もあるし。
実をちぎってヘタの部分から中の水分を飲んでみる。
確かに甘くすっきりしていた。
冷やして飲むと最高だろうな。
俺は仲間と一緒に実の皮だけを集めることにする。
「じゃあ注ぎ込むぞ。しっかり持ってろ」
「はい」
エレインが持つ皮に粘着液を注ぎ入れる。
ほどほどに膨らんだところで風船のようにキュキュと締める。
ルイス達の協力もあって粘着玉は三十個ほどできた。
「これだけあればなんとかなりそうだね」
「扱いには気をつけろよ。一度付くとなかなかとれないからな」
俺は粘液玉を大きな袋の中に入れる。
これで戦いが有利になればいいが。
「義彦」
木の上で警戒をしていたリリアが呼んだ。
俺達は岩陰で身を隠し、息を潜める。
「ぎぎぎ」
一匹の黒いゴブリンがキョロキョロとしていた。
そいつはしばらくウロウロした後、森の外に向かって走って行く。
まだ敵には気が付かれていないようだ。
俺達は再び森の奥地へと進み出した。
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