十七話 スタンピード

 ゴブリン共の姿が目視できる頃、クラッセルの町の門は開かれた。

 初撃は外壁に配置された弓使いと魔法使いによって行われる。


「放てー!」


 無数の矢が黒いゴブリン達に降り注いだ。

 その後、魔法使い達の放つファイヤーボールが着弾。

 小さな爆発を起こし、敵を次々に焼いた。


 門から兵士と冒険者が入り乱れて駆け出す。


 その中に俺達も混じっていた。

 近くにはルイス達の姿も見える。

 戦う者達が出て行くと、町の門は閉められた。

 ゴブリンの侵入を塞ぐ為である。

 退路がなくなったことで誰もが勝利するしかないと奮起した。


「ふっ!」


 俺はすれ違い様にゴブリンを切り捨てる。

 だが、喜んでいる暇は一秒たりともない。

 次から次へ敵は押し寄せ、俺はひたすらに斬り続けた。

 無駄な思考は頭の外へ追いやり、無心に腕と足を動かす。


 視界の端にゴブリンに襲われる冒険者が入った。


 こちらの数は3000余り。

 だが、倒すよりも倒される数の方が僅かに上回っている。

 分かっていたことだが、やはり厳しい戦いだ。


「せいっ、はっ!」


 エレインは踊るようにして細剣をしならせる。

 一瞬で周囲のゴブリンの首が飛んだ。

 すかさずバーニアを噴射させ、戦場を俯瞰しながら移動を繰り返す。

 彼女は押されている場所だけに絞って戦闘を行っているようだ。


「おりゃりゃりゃっ!」


 リリアは満面の笑みで拳を振るう。

 次々にゴブリンが殴り飛ばされ宙を舞った。

 一際体格の良いゴブリンを彼女は後ろ回し蹴りで蹴り飛ばし、地面を蹴って一気に加速、まるで格闘ゲームでコンボを決めるかのごとく連続攻撃をたたき込む。

 皆必死に戦っているのに、あいつだけは楽しそうだ。


 ゴブリンの棍棒が俺の額をかすめる。


 俺は身体を反転させながら、腰からナイフを抜いて敵の首へ突き刺した。

 そこから別の敵を袈裟斬りで殺し、防ぎきれない攻撃は左腕で受け止める。

 血しぶきのせいで全身ドロドロだ。

 だが、まだまだ戦える気がする。


 ダメージは新しい鎧のおかげでほぼゼロ。

 体力もずいぶんと余裕だ。

 精神的疲労も思ったほどじゃない。


「ぐぎぎぎっ!」

「っつ!」


 周囲のゴブリンをあらかた倒したところで、一匹のゴブリンに手こずっているルイスの姿が目に入った。

棍棒でたやすく打ち込みが弾かれ、後ろへと下がる。仲間のベータはどうやら別のところで戦っているようだった。


「ルイス、コレを使え!」

「!?」


 俺の投げた小瓶をルイスが受け取る。

 なにをすべきか一瞬で察した彼は、小瓶をゴブリンへと投げつけた。


「ぐぎゃ!?」


 小瓶が割れ、どろりとした液体がゴブリンへとまとわりついた。

 あれは俺が作成した粘着液だ。

 もしもの為にと持ってきていたのが役に立ったようだ。

 ルイスはゴブリンの心臓を一突きにする。


「ふぅ、義彦君には助けられてばかりだな」

「今はな。いつか恩を返してくれればいいさ」


 彼はステータスを開いて成長具合を確認する。


「なんとか3000クラスに上がることができたよ。これで奴らと問題なく戦える」

「そうか。じゃあコレの代金も後でちゃんともらえるな」

「これは……中級ポーション?」


 俺はルイスに一本だけ中級ポーションを渡した。

 いざという時の為の切り札だ。

 せっかく知り合えたのに死んだら悲しいだろ。

 ま、友人割引で安くしてやるつもりだ。


「ありがとう。僕はベータ達を助けに行ってくるよ」


 ルイスの背中を見送ってから俺は戦いを再開させる。

 ここからは戦場全体を見ながら動くつもりだ。


 ぐねぐねと縫うようにして冒険者とゴブリンの間を駆ける。

 すれ違い様に敵の首を切り落とし、人間の死体に群がる奴らは瞬時に細切れにする。

 特にステータスが低い冒険者の集団を援護するように俺は攻撃を継続した。


「ぐげっ!?」


 ゴブリンを一刀両断したところで、エレインが空から降下する。

 彼女が振るう剣によって周囲の敵は一掃された。


「大丈夫ですか義彦!?」

「ああ、怪我はない。これは敵の返り血だよ」


 よほどひどい格好なのだろう、エレインは青ざめた顔だった。

 彼女には周囲を警戒してもらい、俺は取り出した布で顔や腕を拭う。

 それと脂で切れ味が落ちてきているようなので刀身も軽く拭った。


「さっぱりしたよ。それで戦況はどうだ」

「五分五分に持ち込めた印象ですね。私達を含めた一部の者が率先して倒しているおかげでしょうか。戦いの中で急成長を遂げている者もいるようで、全体として戦力が上がってきている感じです」


 これはあくまで予想だが、黒いゴブリンは経験値が通常よりも多いのかもしれない。

 実際、謎の黒い靄でパワーアップしているわけだし、相応の経験値はもらえると考えて良だろう。

 それを運良く多数倒すことができれば、急成長もうなずける話だ。

 よしよし、この戦いに希望が見えてきたな。


「ぐぉおおおおおおおおっ!」


 地を揺らすような咆哮に、俺だけでなく冒険者に兵士にゴブリンすら目を向けた。

 そこにいたのは身の丈が二メートルもある黒いゴブリンだった。

 雑に作られた大剣を握り、その肉体は凝縮されたように絞り込まれていて細身だ。

 なにより恐ろしく感じたのは、その漂わせるべたつくような気配だ。それでいて本能が危険だと喧しいほどに叫んでいた。



 【ステータス】

 名前:-

 年齢:30

 性別:雄

 種族:■■リ■キ■グ

 力:8795(18795)

 防:8519(18519)

 速:7433(17433)

 魔:5266(15266)

 耐性:5254(15254)

 ジョブ:-

 スキル:闇の息Lv7・闇の眷属Lv2

 称号:■■■の■■主



 ……まじかよ。

 オール一万超えなんて冗談じゃないぞ。

 一応称号を確認する。



 【鑑定結果】

 称号:■■■の■■主

 解説:■めだ■。文■■け■ちゃ■■■、■説できな■■ー。



 どうやら幼女神でもお手上げらしい。

 文字化けしてしまって解説できない……と書いてあるようだ。


「キングだ……」


 誰かがそう言った。


 なるほど。コイツはゴブリンキングなのか。

 よくよく考えてみればこれだけの群れに統率者がいないのはおかしい。

 頭の悪いゴブリンならなおさらだ。


 兵士や冒険者達はキングを警戒して距離を取った。

 一方のゴブリン達はキングの元へと集まり、奴を守るようにして壁を作っていた。


「なんだあれ?」


 俺はそれよりも気になるものを見た。

 ゴブリンの死体から発生した黒い靄は戦場を漂いふわふわ浮かんでいた。それらが一カ所に集まり、キングの元へと移動するのだ。

 そして、黒い靄はキングの口の中へと吸い込まれる。


 もしかしてもしかすると、あの黒いゴブリンを作りだした元凶はあいつなのか。


 ただ、ステータスを見た限りでは、奴もまた何らかの強化を受けているのは確かだ。それが称号によるものなのか、それとも黒い靄を作りだした原因が別にあるのかは不明である。

 確かめる方法はただ一つ。

 殺してみるしかないってことだ。


「ぐがぁぁああああっ!!」


 キングの声に反応してゴブリン達が一斉に黒い息を吐き出す。

 運悪く浴びてしまった兵士や冒険者達は麻痺してしまい、次々と地面に倒れていった。

 やっぱりアレが指揮しているんだ。


「キングを倒せ! 頭を潰せばこの戦いは俺達の勝ちだ!」


 人間側がゴブリンへと押し寄せる。

 だがしかし、キングはきびすを返して逃げ始めるではないか。

 後に続いてゴブリン達も逃走を開始し、森の方角へと消えて行く。


 勝った――とは言えないだろう。


 奴らは必ずまた来る。

 それも戦力を格段に増やして。

 とは言え一時をしのいだことは確かだ。

 誰もが時間を稼げたことに安堵した。


「あー、楽しかった」


 満面の笑みで戻ってくるのはリリアだ。

 さすがは戦闘狂。この大騒動をアトラクションくらいにしか思っていないのだろう。

 なんだかどっと疲れた気分だ。



 ◇



 その日のうちにギルドで、黒いゴブリン対策本部が設立された。

 夕方に緊急会議があると言うことなので、俺達は宿に一度戻って身体を綺麗にしてから、再びギルドへと顔を出すことにした。


「だから俺のとるなって!」

「あぐ、もががっ!」

「あんな激しい戦いの後だっていうのに、よく食欲ありますね」


 ギルドに行く前に腹ごしらえしようと、俺達は飯の出る酒場に来ていた。

 よく見れば店内では戦場で見た顔がちらほらあった。

 みんな生きて帰れたことを嬉しそうに語っている。

 そんな光景を眺めつつ、フォークで肉を刺して手元の皿から盗まれるのを阻止した。


「わぁ、ステータスがかなり上がってますよ!」


 エレインが自身のステータスを見ながら驚いている。

 あれだけ倒したんだ、経験値はかなり入ったはず。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:7925→8570

 防:7823→8465

 速:7340→8299

 魔:8330→9635

 耐性:8028→9052

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv63・薬術Lv65・付与術Lv62・鍛冶術Lv63・魔道具作成Lv64・????・????

 称号:センスゼロ



 やっぱり魔と耐性の伸びがいいな。

 それと経験値が溜まっていたのかスキルLvが上昇している。



 【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:7255→8146

 防:7600→8588

 速:8558→9631

 魔:5948→6073

 耐性:5960→6001

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv14・弓術Lv9・調理術Lv10・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:-



 エレインは速が著しい伸びを見せている。

 スキルに関してはLvは上がらなかったようだ。



【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:6890→8140

 防:6261→7099

 速:6378→7355

 魔:20099→22089

 耐性:19887→21999

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv16・大正拳Lv11

 称号:賢者の証



 やっぱり魔と耐性の伸びが異常なほど高い。

 なんでこれで格闘家目指そうと思えるのか俺には不思議だ。さっきの戦いでも一切魔法を使わなかったし、もうコイツに期待するのは無駄な気がする。そう、最初から賢者クラスの魔法使いなんていなかったんだ。

 ちなみに彼女もスキルのLvは変動なし。


 しかし、ステータスが上がったとは言え、まだまだゴブリンキングにはほど遠い。

 いずれ戦うことははっきりしているだけに不安が募る。

 明日にでも戦いを有利に進める何かを作らないといけないな。


 食事を終えた俺達はギルドへと向かった。


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