十六話 嵐の前触れ

 オークを倒した俺達はさらに森の奥へと進む。


「お、このキノコ見たことないな」

「ピンク色をしていて可愛いですね」


 俺は枯れ木の近くに生えているキノコを採取する。

 こう言ったこまめな素材集めが錬金術師には肝心だ。

 いつ何時必要になるか分からないのだから。


「この辺りには敵はいないみたいだ」


 リリアが木の上から教えてくれる。

 じゃあここらで休憩してもよさそうだな。

 てことで俺は枯れ枝を集めてたき火、エレインは昼食の準備を始める。


「義彦は称号のせいで調理もまともにできないのですよね。じゃあ今までどうやって生活してきたのですか」

「親がいる内は家で食ってたけど、二人が死んでからは外食がほとんどだったな。たまにできあいのものを食ったりしてたっけ」


 両親は俺が25歳の頃に死んだ。自動車事故が原因だ。

 普段は碌に運転もしない父さんが、車で旅行に行こうとした矢先の出来事だった。

 その頃の俺は色々と落ち込んでて、追い打ちとばかりに両親が死んだと知らされた時は、目の前が真っ暗になったものだ。

 幸いウチにはできる兄貴が二人いたから手続きとかどうにかなったが、あの時の俺は屍のように動く気力がなかった。まぁ、暗い話になったがなんだかんだありながらも、俺はなんとか食って生きてたってことだ。


「義彦、可哀想です……ひぐっ」

「お、おいおい、なんでお前が泣くんだよ!?」

「だって義彦が……よしひこが……」


 エレインは感受性が強すぎるみたいだ。

 ただ、悲しんでくれるのはちょっと嬉しかった。

 だってさ、両親が行こうとした旅行って俺がプレゼントしたものなんだ。

 少しだけだけど、抱えていた物がすっと軽くなった気がした。


「しんみりした話はやめろよ。戦闘意欲が削がれるだろ」


 リリアが枝に逆さまにぶら下がってそう言った。

 もっともな話だ。ここは魔獣の生息する危険な場所、気を抜くにはまだ早い。

 ハンカチで目元を拭いたエレインは調理を始める。


 どうやら今日の昼食は、目玉焼きを載せたパンとスープらしい。


 革袋から野菜を取り出して刻むと、鍋で炒めてから水を入れる。

 その間に俺は目玉焼きに挑戦する。

 創作センスがない俺でも、五分五分の確率で焼き料理は成功するのだ。

 もちろん失敗すればゲロマズなものができあがる。


「義彦はゆっくり待っててもいいんですよ?」

「俺だっていつまでも調理から逃げていいとは思ってないんだ。だからやらせてくれ」


 フライパンに油を敷いて卵を落とす。

 じゅわあぁ、透明な白身が白く半透明になってゆく。

 いいぞ、このまま普通に焼けてくれ。

 目玉焼きに岩塩を振りかけてからパンの上に載せると、まばゆい光が料理から発せられた。


 まさかこれは会心の出来!?


 器にあったはずの目玉焼きのせパンは消え失せ、代わりに卵らしき白い物が載ったパンがそこにあった。上にはオレンジ色のソースがかかっていて、入れた覚えのないブラックペッパーやベーコンなどが見られる。

 俺もエレインもリリアも目が点になった。



 【鑑定結果】

 料理:エッグベネディクト

 解説:ちょーおいしい卵料理だよー! ぷるぷるのとろとろでウマウマー! 発祥には諸説あってよく分かってない感じだけど、おいしければどうでもいいよねー! 会心の出来だよ義彦!



 幼女神は分かりやすいな。

 興味のある時は解説に勢いがある。

 そう言えば結構前にNYの朝食の女王ってタイトルで、この料理がTVで紹介されてた気がするな。まったく興味がなかったから食べには行かなかったが、まさか異世界に来て食すことになるとは。


「変わった料理ですね。ぷるぷるしてて面白いです」

「これ美味いのか? ていうか食べ物?」


 エレインとリリアはエッグベネディクトをまじまじと見ていた。

 鑑定結果を見る限りではゲロマズってことはないと思うが、一応調理者である俺が毒味を行うことにする。

 ナイフとフォークで切り分けると、鮮やかな卵黄がとろりと垂れた。

 それをベーコンとパンに絡め、ソースに付けてから口に入れる。


 な、なんだこれ!? むはぁぁあ、うめぇ!! 


 黙々と食べる俺を二人がじっと見つめる。

 だが、すぐに我慢できなくなって食べ始めた。


「半熟の卵でしょうか。初めて食べますね……んんっ!?」

「なんだよこれ、とろとろのウマウマだ!」


 二人ともほうっと至福の息を吐いていた。

 こう言った経験を味わうと調理をするのも悪くないなと思わされる。


 その後、料理を堪能した俺達は、エレインの作ったスープで一息ついた。



 ◇



「いやー、アレうまかったなぁー」

「まだ言ってるのか」


 森を進みつつリリアと会話をする。

 よほど満足したのか、彼女の目は八の字となっていた。

 一方のエレインは手帳のような物をもってなにやらかき込んでいる。


「ソースには卵黄にバターと柑橘系の果汁が入ってて、あとは……」


 ぶつぶつと呟きつつペンを走らせる。

 もしかすると今度は自分の手で作ろうと考えてるのかもしれない。

 勉強熱心で感心するな。俺も見習わないと。


「おっ、この植物見たことないな」


 立ち止まって花をむしる。

 鑑定で確認すると麻痺に効くと書かれていた。

 これはいい、黒いゴブリン対策にできそうだ。


 ふと、鑑定スキルを発動させたまま周囲を見る。


 進行方向に人名らしい表示が出ていた。

 それも複数だ。俺は二人に注意を促し静かに先を進んだ。


「一刻も早くギルドに報告しなければ! このままでは町が危険だ!」

「それはそうだけど、こんなに怪我人がいるとすぐには移動できないわ!」

「どうすんだよっ! あいつら絶対追いかけてくるぞ!」


 5人ほどの男女が声を荒げて口論をしていた。

 彼らの周囲には怪我をしているだろう10人が、木にもたれかかるようにして座り込んでいた。

 格好から察するに同業者のようだ。


 木の陰から見ている俺達は小さな声で相談をする。


「冒険者同士のトラブルでしょうか?」

「それにしてはずいぶんと緊迫してないか。町がどうとか言ってるし、もしかすると魔獣がらみかもしれない」

「どっちでもいいよ。てか、そろそろ戦いたいなぁ」


 てめ、この! もっと緊張感を保てよ!

 戦闘をちょっと昼寝したいみたいに言うなよ!


「怪我人もいますし、ちゃんと顔を見せた方が良いような気がしますが……」

「そうだな。とりあえず事情を聞いてみるか」


 俺は木の陰から出ると5人へ近づく。

 こっちに気が付いた彼らは警戒したのか武器に手を伸ばした。


「俺は同業者だ。困っているみたいだから手を貸そうかと思ってさ」


 5人は両手を挙げる俺に安堵した様子だった。

 代表者らしき男が前に出て俺に話しかける。


「もし傷薬かポーションを持っていたら譲ってもらえないか。怪我人ばかりでまともに移動もできない状態なんだ」

「中級ポーションならある。もちろん代金はもらうけどな」

「金を取るのか……いや、この際文句は止めておこう」


 俺は中級ポーションを10個渡した。

 在庫が減ってきたので、そろそろエレインに作ってもらわないとダメかもな。

 しかし、現地でのポーション販売って意外に良い商売かも。副業にするならエレインと取り分を話し合った方がよさそうだ。


 ほとんどの冒険者は全快したが、数人は傷が深すぎた為か、一命を取り留めるにとどまる。ひとまず落ち着ける状態になったので、俺は代表者の男性から改めて事情を聞くことにした。


「黒いゴブリンに襲われたんだ。それも百近い群れに」

「ちょっと待て! あの黒いゴブリンが百匹もいるのか!?」

「おそらくもっといる。奴らの合流スピードは異常だ。三匹と戦っていたはずなのに、気が付けば数十と膨れ上がっていた。もしあのまま戦い続けていたら、どれほどの数を相手にしていたのかと考えるだけでゾッとする」


 男性の言葉に面々は苦虫を潰したような表情をする。

 厳しい戦いを強いられたようだ。


「もしかしてギルドに報告しなければならないとか言ってたのは……」

「そう、魔獣嵐スタンピードが発生する可能性があると知らせる為だ。すでにそのラインは越えている」


 男性は「しかもこれは普通の嵐じゃない」と冷や汗を流す。

 黒いゴブリンは通常のゴブリンよりも格段に強い。それが大量に町に押し寄せれば、ひとたまりもないことは明白だった。

 彼の言う通り早急に対策を立てるべきである。


「ぐぎぎぎっ!」

「あぎぎっ!」


 森の奥から数匹の黒いゴブリンが姿を見せる。

 冒険者達は「やっぱり来た!」と悲鳴をあげた。


「エレイン!」

「はい!」


 瞬時に伸びた細剣がゴブリンの首を飛ばす。

 だが、さらに奥からわらわらと黒い子鬼共が沸いて出る。


「町まで逃げるぞ! 歩けない者を担いでやれ!」

「だが逃げ切れるのか!?」

「心配するな、俺達にはコレがある!」


 リュックから都営バスを取り出す。

 目の前に突然、巨大な箱が現れたことで冒険者達は唖然となっていた。

 俺は運転席へ乗り込みエンジンをかける。

 搭乗口を開けると冒険者達に乗るように指示を出した。


「エレイン、リリア! 乗れ!」

「はい!」「もっと戦いたいのに!」


 ゴブリンを押し止めていた二人をこちらに戻し、俺は一気にアクセルを踏みこんだ。

 車体や窓にゴブリンがしがみついていたが、でこぼこした道なき道を走っているうちに振り落とされて行く。車内はがくんがくんと激しく上下し、進行方向にある邪魔な枝をバスはへし折って行く。

 俺はギアを切り替えながら、アクセルとブレーキを踏み換えた。


「もうすぐ森を出るぞ!」


 バスが勢いよく森から飛び出す。

 俺は急ブレーキをかけて滑るようにしてバスを停車させた。

 なぜなら飛び出したすぐ近くにルイスとベータのパーティーがいたからだ。

 俺はバスの窓を開けて彼らに声をかけた。


「お前らも乗れ! 黒いゴブリン共が押し寄せてくるぞ!」

「義彦!? その箱は一体!?」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇみたいだぞ! 行くぞルイス!」


 搭乗口からルイス達が乗り込む。

 まだ黒いゴブリン共の姿は見えない。しばらくの猶予はあるとみて良さそうだ。

 俺はアクセルを踏み込んでバスを急発進させる。


「どうして逃げるんだよ。せっかく沢山戦えそうだったのにさ」

「状況が状況ですし、人命救助を優先したのだと思います。焦らなくとも後でちゃんと戦えますよ、きっと」

「ならいいけど。なぁ義彦、エアコン付けてよ」


 俺は要望通りエアコンのスイッチを入れてやる。

 五月蠅い奴は冷房で黙らせておくに限る。今は運転に集中したいんだ。

 何度もサイドミラーを見ながら後方を確認した。

 さすがにバスの速度には追いつけないのかゴブリンの姿は見えない。

 次第に道の先に町が見え始め、俺はさらに速度を上げた。


 町のすぐ近くでバスを止めると、冒険者達を先に下ろす。


 ルイス達には町の衛兵達に魔獣嵐スタンピードが来ることを知らせてもらい、残りの冒険者達にはギルドへの報告をお願いする。

 俺達はその間、町の外の監視だ。

 バスをリュックに収納してから三人で外壁へと上がる。


「すぐに門を閉めろ!」


 兵士達が町の入り口を閉じ始める。

 次第に町の中は慌ただしくなる。


「本当に来ますかね?」

「間違いなく来てる。まだ姿は見えないが、鑑定に多数の反応があるんだ」


 俺の視界には小さな表示が無数に出ていた。

 今はまだそれがなんなのかすら確認できないが、恐らく黒いゴブリンだ。

 地平線に現れる表示は数を増し、数分後にピコンと名称が表示された。


 『■■リ■』


 来た。奴らだ。

 だが、町へ到達するには時間がかかると思われる。

 その間に町の入り口付近では兵士と冒険者達が続々と集まっていた。

 外壁にも弓使いと魔法使いが集まり防衛戦に備える。

 だが、駆け出し冒険者の町と言うだけあって、そのほとんどがステータス2000に満たない者ばかり。厳しい戦いになりそうだった。


「二人とも今のうちに」


 俺は二人に草団子を渡す。

 いつもは嫌がるエレインも今ばかりは喜んで受け取る。

 少しでも生存率を上げる為にできることをしておかないといけない。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:6925→7925

 防:6823→7823

 速:6340→7340

 魔:7330→8330

 耐性:7028→8028

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv62・薬術Lv63・付与術Lv61・鍛冶術Lv61・魔道具作成Lv61・????・????

 称号:センスゼロ




 【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:6255→7255

 防:6600→7600

 速:7558→8558

 魔:4948→5948

 耐性:4960→5960

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv14・弓術Lv9・調理術Lv10・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:-




【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:5890→6890

 防:5261→6261

 速:5378→6378

 魔:19099→20099

 耐性:18887→19887

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv16・大正拳Lv11

 称号:賢者の証



 まだ状況は厳しい気がする。

 相手はステータス2000の群れだ。

 勝てる保証はない。


「義彦、来ました!」


 黒いゴブリンが町へと押し寄せる。

 その数はおよそ1000。

 もしかしたらもっといるかもしれない。


 まさか転生して早々にこんなことに巻き込まれるとはな。

 俺は溜め息を吐きつつ剣を抜いた。


 しょうがない、最強の剣士になるためにやってやるか!


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