十五話 ルイスとベータ

 目を覚ますと気分爽快。

 窓から入る朝日を見ながら背伸びをした。


「まったく俺としたことがもっと早くからこうすべきだったな」


 部屋の四隅にある盛り塩。

 これのおかげで幽霊は部屋に入ることができなくなっていた。


 割と早くに盛り塩の案は浮かんでいたのだが、なにせここは異世界、聖水の方が効果があるだろうとすっかり今の今まで忘れていたのだ。

 いやはや塩の邪を払う効果は絶大だな。

 これでもうあの幽霊に苦しめられることがなくなると思うと、逆に寂しさすら感じるよ。

 ま、塩はこのままだけどな。HAHAHAHA。


 例の鎧を見ると大人しくしていた。


 どうやら一度満足するまで食べると、しばらくは普通の鎧になるようだ。

 試しに干し肉をちらつかせてみるがピクリともしない。

 よくわからん防具だ。扱いに困る。


 身支度を整えて部屋を出ると、隣の部屋から「ひぃぇええええええっ!?」とエレインの叫び声が聞こえた。

 俺は反射的に駆けだしてドアを開ける。


「大丈夫か!? なにがあった!」

「義彦! 助けてください! アレが、アレが部屋に侵入してきました!」


 彼女が指し示す壁には、黒い小さな生き物がカサカサと走っていた。

 異世界にも生息しているとはさすがだな、ほんと尊敬するよお前らには。

 ただ、日本で見る物とは種類が違うのか鳴き声のようなものを発する。


「じょじょ、じょうじぃ」

「なぁエレイン、あれって人型に進化しないよな」

「するわけないじゃないですか! 早く殺してください!」


 俺の後ろに隠れるエレインはいつもとは違い物騒な物言いだ。

 で、同室に宿泊しているはずのリリアはと言うと、ベッドの上で大の字になって寝ていた。

 やっぱ男勝りの性格をしているだけあって虫一匹に騒がないんだな。それに下着姿がなんとも……ぬふふ。


「リリアさんは気絶してますので気にしないでください」

「そうなの!?」


 エレインより免疫ねぇじゃねぇか。

 そりゃあ女の子はアレが苦手って相場が決まってるが、いくらなんでも悲鳴すらあげずに気絶って。トラウマでもあるのか疑いたくなるレベルだな。


 俺は適当な紙を棒状に丸めると、ひとまずエレインを下がらせた。


「そこを動くなよ。すぐに楽にしてやるからな」

「じょうじ」


 そーっと近づく。

 壁にいる時は気をつけなければならない。奴らは飛ぶのだ。

 紙を丸めた棒を振り上げたところで、アレがバタバタと飛ぶ。

 ひぃぇっ!? こっち来んな!


 アレは床に下りると再びかさかさと動き出す。

 そして、部屋の隅にある隙間に逃げていった。


「ちっ、逃したか。けど、この穴を塞いでおけばもう部屋には入ってこられないだろう」


 俺は穴に布の切れ端を押し込んだ。

 ここは比較的綺麗な宿だが、それでもやっぱりいるんだなと妙に納得する。


「ありがとうございますっ! 義彦がいてくれて良かった!」

「大したことはしてないけど、安心してもらえたのなら俺も嬉しいよ」


 安堵の表情を浮かべるエレイン。

 よく見れば彼女は白の下着姿だった。

 意外に胸が大きいんだな。

 実にけしからん絶景だ。


「あ、あの……出て行ってもらってもいいですか? まだ着替えの途中でしたので……」


 顔を赤くしてモジモジする彼女にハッと気が付く。

 謝罪を口にしつつ慌てて退室した。



 ◇



 バスのエンジンをかけると東の森へと発進する。

 すれ違う冒険者達はバスを見て目を丸くしていた。


「アタシさ、昔アレの大群に襲われたことがあって、それ以来トラウマなんだよなぁ」

「やめてください! 想像しちゃったじゃないですか!」


 後ろの席で二人が朝のことを話している。

 それは確かにトラウマになるな。イメージしただけでゾッとする。

 なんつーかリリアも大変だったんだな。


 森の近くまで来ると、バスを停車させて下りる。


 二人は腕を回したり屈伸をしたりと準備運動を始めていた。

 俺はバスをリュックに収納すると装備の最終チェックをする。

 念には念を入れておかないとな。


「で、今日は何を狩るんだ?」

「ゴブリンもしくはオークだな。ギルドで聞いたんだが、最近数が増えてきて困ってるらしい」

魔獣嵐スタンピードの前触れでしょうか」


 魔獣嵐スタンピードとは何らかの理由で増えすぎた魔獣が、人里まで押し寄せる災害のことだ。

 地球で言うならバッタやイナゴみたいなもの。

 つってもその被害規模は桁違いだ。小さな虫程度なら食料が食い荒らされるぐらいだが、相手が魔獣ともなると村はもちろん下手をすれば町そのものが消滅する。


 そして、この現象を引き起こすのは繁殖力の強い魔獣。

 ゴブリンやオークがこれに当てはまるそうだ。

 なのでギルドは定期的に間引くように冒険者に注意を促しているのだとか。


「まだそこまでじゃないとは言ってたけどな」

「ですが心配ですね。魔獣嵐スタンピードは一度発生すると収まるまでに時間がかかりますし、受ける被害も甚大ですから……」

「魔獣の大群かぁ、面白そうだなぁ」


 俺とエレインが真剣な話をしているというのに、リリアのやつ新しい遊びを思いついた子供のような顔をしてやがる。もし魔獣嵐スタンピードが起きても、喜々として魔獣の大群に突っ込んでいくんだろうな。容易にその絵が想像できる。


「義彦君!」


 声をかけられて振り返ると、助けた二人の男性が手を振っていた。

 彼らの後ろには三人の女性がいる。


「もう身体はいいのか?」

「この通り。新しい仲間もできて今日から仕事再開さ」


 金短髪の男性がルイス。歳は20そこらで体格も良い。

 彼が黒いゴブリンと戦っていた剣士だ。


「なんでこんな思いしてまで稼がなきゃいけねぇんだよ」

「そう言うなよ。彼らのおかげでこうして冒険ができるんだから喜ばないと」

「んなぁこたぁ分かってるよ。自分のふがいなさに愚痴ってるだけだ」


 ぶつぶつ文句を言っているのがベータ。

 黒長髪の男性で歳はルイスと同じくらいだ。

 こっちが傷を負って俺達の元へ来た方である。


「無理に仕事しなくてもいいんじゃないのか?」

「そうしたいのはやまやまなんだけどね。ほら、僕らって底辺冒険者だからお金が色々と入り用なんだ」


 彼の言葉に俺はうなずく。

 どんなに悲しくても、生きる為には働くしかないのだろう。

 冒険者というのは過酷な職業だ。


「そう言えばギルドで、例の黒いゴブリンがなんなのか確認してみたんだ」

「何か分かったのか」


 ルイスは首を横に振る。


「誰も正体を知らないらしい」

「そうか……」

「ただ、ここ最近目撃情報が増えているそうだ。証言によればどうやらゴブリンだけでなく黒いオークもいるとか」


 黒いオーク? じゃああの黒い個体はゴブリンに限らないってことか?

 それに目撃情報が増えているってことは、総数も右肩上がりに伸びているって証拠だ。もしあれが大量発生でもしたら、クラッセルの町が危機的状況に陥るのは確実だろう。


「俺達の方でも原因を探ってみるよ」

「ありがとう。僕らもできる範囲でだけど、あの謎の黒い魔獣を調べて見ることにする」


 俺とルイスは握手を交わした。






 ルイス達と別れた後、俺達は森の中をひたすらに進む。

 目的はオークと黒い魔獣の正体を探ること。

 だが、前回とは違って未だにゴブリン一匹見かけない。


「歩くの飽きたよ~。トエイバス出そうぜ~」

「都営バスはオフロードじゃねぇんだよ」

「なんだオフロードって??」


 首をかしげるリリアを放置して俺はエレインと話をする。


「不自然なほど魔獣をみかけませんね」

「だよな。俺も気になってた」


 異様な静けさって言うのか。

 森全体が眠っているかのような無音だ。

 前回来た時はもっとこう鳥の鳴き声とか聞こえてたと思うのだが。

 今は風で揺れる木々の音くらいしか耳に届かない。


「アタシが見てきてやるよ」


 ガントレットからワイヤーを伸ばして木の上に軽々と登る。

 枝から枝へと跳躍して森の奥へと入っていった。


「ああいった使い方もいいですね。私も挑戦してみましょうか」


 細剣を木に伸ばしてエレインは枝に飛び乗る。

 二人とも器用だな。俺なんか端からできる気がしない。


「義彦、上手くできましたよ!」

「じゃあこっちの枝に飛び移ってみろよ」

「えいっ!」


 ぴょんと枝から枝へ飛んだ。

 予想通りスカートがひらりとめくれパンツが見える。

 ぐふふ、不意に訪れた眼福チャンス。

 素知らぬ顔で俺は再び別の枝を指定する。


「よっと、これならリリアさんみたいに移動できそうです!」

「怪我する前に下りてこいよ」

「はーい。じゃあ着地はバーニアで――」


 スラスターが起動してエレインはゆっくりと地上に降下する。

 まだ操作には戸惑いがあるようだが、それなりに扱えるようにはなってきたみたいだ。

 ゆくゆくは高速飛行する姫騎士が爆誕するのだろうな。


「よしひこー! エレインー!」


 遠くでリリアが手を振りながら走ってきていた。

 何か見つけたのかな。俺は手を振り返す。


 ――が、俺は上げた手をすぐに下ろした。


 あの女の後ろを10匹の魔獣が追いかけていたからだ。

 それは力士と見紛うような巨体であり、肌は濃いピンクで豚のような顔をしていた。

 腰にはぼろきれが巻かれ、右手には大きな棍棒が握られている。

 あれこそが話に聞くオークだろう。


「なんで連れてきたっ!?」

「うっかり見つかったんだよ。せっかく三人で来てるし、協力して倒そっかなっと思ってさぁ」


 なんだその『お土産持って帰ってきました』みたいな笑顔は。

 あいつトラブルをイベントと勘違いしてるだろ。

 ああくそ、しょうがない戦うしかないか。


「戦闘準備だ!」

「はいっ!」


 剣を抜いた俺はオークに鑑定を使う。



 【ステータス】

 名前:-

 年齢:16

 性別:雄

 種族:オーク

 力:2487

 防:2988

 速:1630

 魔:985

 耐性:941

 ジョブ:-

 スキル:精力強化Lv4

 称号:-



 ずいぶんと極端なステータスだな。

 物理には強いが魔法には弱い印象を受ける。

 そうだ、今こそリリアの魔法の出番じゃないか。


「リリア! デカいのを一発かましてやれ!」

「おう! 食らえ豚野郎!!」


 逃げから一転して攻撃に切り替えたリリアは、身体を反転させてオークの鳩尾に拳をめり込ませた。


 ちがぁぁぁぁう! 俺は魔法を使えって言ってんだよ!

 なんで殴るんだよ! お前は魔法使いなの! 賢者なの!!


「もう一匹!」


 ワイヤーをオークの肩に突き刺して一気に巻き上げる。

 宙を高速で疾走したと思えば、狙いを付けた敵に強烈な一撃をたたき込んだ。


「舞い踊れ私の剣!」


 バーニアで浮遊するエレインは、伸縮する細剣でオークの手の届かない位置から一方的に攻撃を仕掛けていた。敵は為す術なく肉片と変わる。

 俺は……とんでもない存在を作り出してしまったのかもしれない。


「スタンフラッシュ!」


 一方の俺はスタンブレイドの固有能力でオーク共の視界を奪う。

 特筆するような目立った活躍はないが、地道に一体ずつ確実に仕留めていた。

 少しずつだが剣の腕も上達しており、スムーズな体重移動が可能となっている。


 5分もかからないうちにオークは全滅した。


「手応えなかったな」

「ステータスを考えればそりゃあな」


 リリアは戦いの後だというのに仏頂面だ。

 血に飢えすぎだろと内心でツッコむ。

 そこへエレインが地上に降下する。


「この調子なら次は移動しながらでも戦えそうですっ!」

「いや、それは止めておこう。森の中は障害物が多いし、下手に飛び回ると落ちるかもしれない。さっきの戦い方で十分だと思う」

「うっ……そうですよね……」


 うなだれるエレイン。

 ちょっと可哀想だったかな。

 そう思って頭を撫でた。


「えへぇ~」


 彼女は恍惚とした表情に変わった。

 なんだろう、頭に変なスイッチでもあるのだろうか。

 見えない尻尾を振ってエレインが手に頭を擦り付ける。


「くぅ~んくぅ~ん」

「よしよし」


 すぐにハッとした彼女は頭を押さえて顔を赤くした。


「義彦はエッチです!」

「え!?」


 なんで!? 頭を撫でただけだよな!?

 リリアは腹を抱えて大笑いしている。

 なにがおかしい。笑うんじゃない。


 俺は腑に落ちないままオークの素材を集めることにした。


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