十話 草原のヌシ

 ぶぎぃいいいいいいいっ!!


 聞き覚えのある鳴き声。

 土煙をあげて赤毛の塊がこちらへと直進していた。


「ヌシですよね!? どうしますか!?」

「戦うしかないだろ! 二人とも備えろ!」


 あたふたとするエレインを横目に、俺は素早く剣を抜く。

 どこかで再び遭遇するだろうことは予想していた。

 だからこそ入念に準備してきたんだ。


「これを飲んでおけ!」

「は、はい!」


 俺はエレインに草団子を一つ投げる。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:4025→5025

 防:4023→5023

 速:4021→5021

 魔:4030→5030

 耐性:4028→5028

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv60・薬術Lv60・付与術Lv60・鍛冶術Lv60・魔道具作成Lv60・????・????

 称号:センスゼロ



【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:2555→3555

 防:2553→3553

 速:2558→3558

 魔:2542→3542

 耐性:2546→3546

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv12・弓術Lv9・調理術Lv8・裁縫Lv19・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:-



 よし、これで少しは差が縮まった。

 つってもかなり厳しいのは変わらないけどな。


「作戦だけど――「ようやく歯ごたえのありそうな奴が現れたぜ! 一番槍はアタシだ!」」


 颯爽とリリアは駆け出す。

 まだ指示を出していないのに勝手に行動するなよ。


「私は側面から攻撃しますね!」


 次にエレインが動き出した。

 お前もか。

 俺はパーティーに自由に戦えなんて命令してないぞ。

 せめて『いのちだいじに』くらい選択させてくれ。


「おりゃぁあああああっ!」


 空中で身体をひねったリリアがヌシの額に拳をめり込ませる。

 その衝撃は音となって空気を震わせた。


 だが、倒すには力が足りない。


 足を止めることには成功するも、ダメージを負わせることは失敗していた。

 舌打ちしたリリアは後方へ跳躍して地面に着地する。


「あいつ、意外に硬いぞ!」

「猪に正面からぶつかるなバカ。向こうは突進を得意としているんだぞ」

「バ、バカって言うな! ちょっと失敗しただけだ!」


 こいつ……もしかしてバカなのを気にしてるのか。

 自覚があるだけまだマシなのかもしれないが、だったらせめて俺に指示を仰いでくれよ。


「お前はエレインを巻き込まないように、側面から魔法攻撃を仕掛けろ。俺はあいつの気を引きつける」

「分かった。今度こそ重いやつを食らわせてやる」


 リリアはうなずいて俺から離れる。

 だが、立ち止まった猪は俺だけを凝視していた。


 前回の戦いで臭いでも覚えたのだろう。

 俺しか見えていないようだった。

 だったらなおさらに好都合。


「ぶぎぃいいいいいいいいっ!」

「いいぞ、付いてこい!」


 走り出した俺の後を猪が追いかける。

 もちろん向こうの方が足が速いので、追いつかれそうになったらひらりと躱して突進を避ける。

 俺と猪は延々と追いかけっこを繰り返していた。


「貫いて! 我が剣!」


 細剣が蛇のごとく刀身をくねらせ猪の胴体を貫いた。

 奴は痛みに足を止める。

 今が好機。大ダメージを与えるチャンスだ。


「リリア! お前の力を見せてやれ!」

「分かってるってー!」


 リリアは渾身の力を込めて猪の横っ腹を殴った。


 ちがうからっ!!

 魔法で攻撃しろって言っただろ!

 なんで殴るんだよっ!? 


「ぶぎぃいいいいっ!?」

「ここからの――大正拳!」


 強力な二連撃だ。

 巨大な猪は血を吐き出して叫んだ。


 だが、俺は非常に不満だった。


 事前に魔法を使えと言ったはずだよな。

 どうして使わないんだ。

 てか、そもそもあいつ賢者だろ。

 賢者は魔法使ってパーティーに貢献するのが常識だ。

 おかしいだろ、賢者が格闘戦ってさ。


 ……まぁいい。

 魔闘士を目指しているくらいなんだから、近接戦闘が大好きなのは大目に見よう。

 要は魔法で仕留めてくれればいいんだ。

 それこそあいつを買った甲斐があったって話だ。


「よし、魔法でやってしまえ!」

「からの――24発高速連撃!」


 ズドドドドドドッ、リリアの連続攻撃が猪の腹をえぐるようにめり込む。


 違う。違うんだ。

 俺はお前にそう言うのを求めちゃいないんだ。

 頼むから魔法を使ってくれ。

 ステータスで分かるだろ、お前は魔法使いなんだよ。


「逃しません!」


 逃げようとする猪の後ろ足を、エレインが剣で串刺しにする。

 刀身が蛇のごとく巻き付き、皮膚の下へ潜り込みながら肉を裂く。

 見ている方もゾッとしてしまうエグい攻撃だ。


 しょうがない。こうなったらこのままたたみかけるか。


 俺は一気に跳躍、剣を高く振り上げて猪の頭部に振り下ろした。

 刀身は頭蓋骨を粉砕。その下にある脳にまで刃が届いた。

 しかし、まだ死んではいない。

 そこからさらに剣を深く押し込んでひねる。


 どっすん、巨体を誇る猪は静かに地面に横たわった。


「やったな! 快勝だぜ!」

「はい、私達の勝利です!」


「じゃないだろぉおおおおおおっ!!」


 俺は叫ぶ。


「お前どうして魔法使わないんだよっ! あれだけの魔のステータスなら一発でやれただろ!?」

「うん」

「うん、じゃねぇぇえええっ! なんでだ!? なんで魔法を使わない!?」

「格闘好きだし?」


 のぉおおおおおおおおおっ!! 

 もはやお前は賢者でも魔法使いでもない!

 ただの格闘家だ! 格闘家!!


「まぁまぁ落ち着いてください。リリアさんも魔法を使わなかったのには理由があるんですよね?」

「使うほどの相手じゃなかったからかなぁ。それにあいつでっかいから殴りやすそうだったし。そう怒るなって、本当にヤバかったらちゃんと使ってたからさ」


 二人のなだめによって俺の怒りは収まった。


 ちょっと大人げなかったかもしれないな。

 実際、魔法などなくても勝ててしまったんだから。

 彼女たちは充分に戦ってくれたんだ。それで良しとしようじゃないか。


「それにしても大きいですね。どうやって町まで持って帰りましょうか」

「何か忘れてないか」

「?」


 俺はリュックを見せる。

 こいつがあればどんな大きさの獣だって持ち運び自由だ。

 理解したのかエレインは手の平に拳を打った。


「けど、これってどうやって入れるんだろうな」

「袋の口を当ててみては?」


 リュックの口を開いて猪の身体にくっつけてみる。

 だが収納される気配は一向になかった。

 おかしい。話と違うぞ。


 するとリリアが笑い始める。


「こういうのは気合いだろ! アタシがお手本を見せてやるよ!」


 リリアはバッグの口を開いて地面に置くと、両手を前に突き出す。

 おいおい、まさか本当に気合いで収納できるとでも思っているのか。

 ほんとリリアは脳筋のバカだなぁ。HAHAHAHA。


「うぉおおおおおおおおっ! はいれぇぇえええ!」

「う、嘘だろ!?」


 猪が煙のように上空に昇ると、その勢いのまま下降してバッグの中へと吸い込まれていった。

 まるで某龍玉漫画に出てくる仙人の奥義のようだった。

 本当に気合いで入るとは予想外すぎる。


「な?」


 笑顔の彼女に俺はうなずくしかできなかった。






 町に戻ってきた俺達は、報告の為にギルドへ顔を出した。


「ヌシを倒したんですか!?」

「成り行きで仕方なくな」


 そう言った後、職員はカウンターの上や俺達の後ろを確認する。


「あの……とってきた素材は?」

「ああ! 悪い悪い、うっかりしてたよ!」


 俺は職員を連れてギルドの外へと案内する。

 入り口前にはどんっと馬鹿でかい猪の死体が横たわっていた。

 周囲には人だかりができており、死体の傍ではリリアが手を振っている。


「ま、まるごと持ってきたんですか!?」

「どこの部位が金になるのか分からなかったんだ。それにちょうどストレージバッグもあったからな」

「そのような貴重な物をお持ちだとは……さすがは錬金術師様です」


 職員は「少々お待ちください」と言い残してギルドの中へ。


 基本的に冒険者は討伐の証明となる部位と、価値のある素材だけを持ち帰る。

 理由は簡単で持てる荷物に限界があるからだ。

 故に獲物を丸々持って帰ってくるなんてことは滅多にない。

 職員が驚いたのも当然と言えば当然だ。


 ちなみにだが、エレインによるとストレージバッグは高値ではあるが、店で普通に売られているらしい。

 ただし、容量は馬車一、二台分くらいで袋同士の中は繋がっていないとのこと。

 性能などを考えると俺達の物は相当な上物なのだろう。


 職員にカウンターに呼ばれると、ジャラリと金貨が25枚置かれた。


 日本円にしておよそ250万円だ。

 事前に100万と聞いていただけに少し驚く。


「素材が多いのでその分追加させていただきました。どうぞお受け取りください」

「そうか、だったら遠慮なくもらう」


 金貨を革袋の中へと入れていると、周囲から視線を向けられていることに気が付く。

 チラリと見ると複数の冒険者がこちらをじっと見ているではないか。


 もしかしてもしかすると、報酬を狙って絡んでくるつもりだろうか。

 念の為に彼らのステータスを確認したが、1000にも届かない数値ばかり。駆け出し冒険者の町と言うだけあって全体的にステータスが低い印象だ。

 それでもちらほら2000や3000クラスはいるようだが、そっちは俺達に目もくれない。


「へへ、兄ちゃんずいぶんと良い獲物を仕留めたみてぇじゃねぇか。少しくらい俺達にも分けてくれよ」


 席を立つ男達。どいつも人相が悪くヤバそうな雰囲気だ。

 そうだよ、こういうのを待ってたんだよ俺は。

 さぁ来い噛ませ犬共。圧倒的力の差で存在感を示してやるぜ。


「草原のヌシを倒された方ですよ?」

「…………」


 職員の言葉に男達は静かにUターンして席に戻る。


 あれぇええ!? 噛ませ犬イベントは!?

 俺が派手に倒して仲間やギルドにアピールする場面じゃないの!?


「ヌシを倒した奴らなんてぜってーヤベぇよ」

「あぶねぇあぶねぇ。死ぬところだったぜ」

「触らぬ神にたたりなしだな。関わっちゃいけねぇ」


 冒険者達はひそひそと話しつつ、こちらには硬い笑顔でお辞儀する。

 職員は大きなため息をついた。


「ああいう輩には気をつけてくださいよ。自分より実力が下だと分かると、すぐに金銭を脅し取ろうとしますからね」

「あ、はい」


 俺は妙なもやもやを抱えて職員にお辞儀した。






 ギルドを出た後、俺達は適当な店で祝勝会を行っていた。

 なんだかんだあったものの、傷を負わされた相手にリベンジできたのはめでたいこと。報酬もたんまりもらったわけだし、今夜だけは豪勢な食事をすることにしたのだ。


「あぐっ! ふひほっへほひ!」

「バカ! 俺のを横取りするな!」

「もっとゆっくり食べたらどうですか?」


 テーブルに積み重ねられる大皿。

 俺とリリアはガツガツと食事を口にかき込む。


 金があるときくらいしか腹一杯になれないんだから、食えるだけ食っておかないと勿体ない。

 あ、またこいつ俺の飯を横取りしやがった。

 だったらお前のもよこせ。


「あ、ヌシを倒したからステータスが上がったみたいです」


 え? なんだって?

 ステータスが上がった?



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:5025→5925

 防:5023→5823

 速:5021→5340

 魔:5030→6330

 耐性:5028→6028

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv62・薬術Lv63・付与術Lv61・鍛冶術Lv61・魔道具作成Lv61・????・????

 称号:センスゼロ



【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:3555→5255

 防:3553→5600

 速:3558→6558

 魔:3542→3948

 耐性:3546→3960

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv14・弓術Lv9・調理術Lv10・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:-



 ステータスが軒並み上がっていた。

 さらにスキルもレベルが上がっている。

 まさかリリアも?



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:4164→4890

 防:3873→4261

 速:3921→4378

 魔:16646→18099

 耐性:15978→17887

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv16・大正拳Lv11

 称号:賢者の証



 やっぱり上がっていた。

 恐らくヌシを倒したことで経験値が入ったのだろう。

 ひとまず嬉しいことだ。

 ただ、薬で上げるのとは違って均一な上昇ではない。

 これはジョブや個々の資質によって左右されているからだろう。


 錬金術師は予想通り力などの上昇は鈍く、魔がずば抜けて上がっていた。

 魔道具などを作る為に比較的成長しやすいようだ。


「ちぇ、また力が微妙だ」

「でもスキルレベルが上がっていますよ」


 二人は互いのステータスを見せ合いながら和気藹々とする。

 明日から森に行くことになるが、このステータスなら問題ないはずだ。


 俺は第二の人生がようやく快調に走り始めた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る