十一話 いざ、東の森へ

 目の前にエレインがいた。

 彼女はするりと服を脱いでその身体を俺にさらけ出す。

 なぜか局所がぼやけていてよく見えないが、それでも俺はひどく興奮していた。


「義彦に私の全てを捧げます」

「いいのか?」

「はい、義彦は私の王子様です」


 俺は彼女を抱きしめる。

 この流れなら間違いなく大人の階段を上ることができる。

 長く辛かった童貞の時間は終わり、俺は晴れて天上の世界へと行くことができるのだ。

 もちろんエレインと一緒に。

 大丈夫、テクニックは今まで散々予習をしてきたから自信はあるんだ。

 きっと君を体も心も満足させてみせる。


 ゴーンゴーン、どこからか鐘の音が聞こえる。


 そうか、世界も俺達を祝福してくれているんだな。

 きっと俺達幸せになるよ。

 でもご祝儀は多めにお願いしたい。

 それとこれとは別の話だから。


「なぁ……エレインの身体冷たくないか?」

「そんなはずはありません」

「いやだって、まるで死んでいるように冷たいっていうか……」

「…………」


 彼女の身体はどんどん冷たくなって行く。

 氷を抱いているかのように俺の体温が急速に奪われていた。

 ヤバい、これは一度離れないと。

 だが、彼女を放そうにも身体が動かない。


 不意にエレインが顔を上げる。


「私と永遠に幸せになりましょ」


 ぽっかりと穴の開いた目と口。

 その奥には闇が詰まっていて底知れない恐怖を抱かせた。


 俺は悲鳴をあげて目を開ける。


「……夢?」


 ここ最近見たことのある天井が視界に入る。


 妙にリアルな夢だった。ほんとちびるかと思ったよ。

 窓から差し込む朝日を見てから鐘が鳴っていることに気が付く。

 夢で聞こえた音は、町で時刻を知らせる際に鳴らされている鐘だったらしい。

 なにが世界が祝福しているだよ、どっちかつーと労働を祝福している音だろ。

 ふーやれやれだぜ。


 あれ、なにか抱きしめてる?


 ようやく違和感に気が付く。

 腕に中に誰かがいると言う事実に。

 しかもその人物は氷のように冷たい。


「……って……れって……」

「――!?」


 腕の中にいたのはあの幽霊だった。


 俺は反射的にベッドから飛び出して壁際に逃げる。

 未だにベッドにいる幽霊はこちらを見ていた。


 ひぃいいいいいいいいっ!! 違うんです! 貴方とそんな関係になろうとは微塵も思っていないんです! なんというかこれは事故! 不可抗力なんです!


 一応身体を触って確認するが、服は着ているし脱いだ感じもしなかった。

 だとするとただ抱きついていただけなのか。

 幽霊は長い髪の隙間からこちらを観察するように見ている。

 そ、そうだ。今こそアレを使うときだ。


 ポケットに入れていた聖水を取り出す。


 小瓶の蓋を開けると俺は「悪霊退散!」と叫びながら幽霊に振りかけた。

 これで奴も終わりだ。予期せぬアクシデントに見舞われたが、それも全てこのアイテムでなかったことになる。

 俺に近づいたのが運の尽きだったな。消えろ悪霊。


 バシャ。


 聖水はベッドを濡らした。

 確かに間違いなく聖水は幽霊に当たった。

 なのに、肝心の幽霊はうんともすんとも言わない。

 一ミリも効いている感じではなかった。


「なんで……なんで効かない……ゴーストには聖水が効くって……」

「……って……れていって……」


 まただ、幽霊はぶつぶつと呟いている。

 そんなことよりも俺は聖水が効かなかったことにショックを受けていた。

 しばらくすると幽霊はすぅっと消えて行く。


 俺はガクッと床に両膝を突いた。


 敗北だ。疑いようのない大敗北。

 次なる手段を考えないと俺はきっと呪い殺されてしまう。


 神様、今だけ泣いていいですか。



 ◇



 俺達は現在東へと草原を進んでいる。

 目的はこの先にあると言う森。

 ステータスも順調に上がってきたところなので、新しいフィールドに挑戦することにしたのだ。


「義彦なんか元気ないなぁ」

「辛いことでもあったんですか?」

「…………まぁね」


 心配してくれるリリアとエレインに、俺は精一杯の笑顔を見せる。

 内心ではどんよりとした黒い雲がかかっていた。


 割と、かなり、俺は聖水に期待していた。

 なのにダメージすら与えられないってどうゆうことだよ。

 アレか、俺には幽霊を退散させるセンスもないってことか?

 ご先祖様に安倍晴明や有名な霊能力者がいないと効果なしってことなのか?


 それにしても幽霊と一緒に寝ていたのは心底ビビった。

 多分だが寝ぼけた俺が近づいてきた幽霊を捕まえてしまったのだろう。

 てか、幽霊って人と変わらない感触なんだな。

 できればこんな情報死ぬまで知りたくなかったよ。


「じゃあ私が元気の出るおまじないをしてあげますねっ!」

「おまじない?」


 エレインが俺の頭に手を伸ばしてなでなでする。

 おいおい、俺は転んで膝をすりむいた子供じゃないんだぞ。


 ……だが、悪い気はしない。


 誰かにこうして頭を撫でられるなんて大人になってからなかったことだ。

 なんだか抱えていたもやもやが晴れたような気がする。

 彼女は頬をピンクに染めて嬉しそうだった。


「どうですか? 効果ありましたか?」

「ああ、おかげですっきりした。お礼に今度は俺がエレインを撫でてやるよ」

「私は大丈夫です。義彦が元気になれば充分ですから」

「遠慮するなって」

「あの、でもその……」


 俺は半ば強引に彼女の頭を撫でた。

 さぁ、今こそ伝説のナデポよ発動せよ。

 あの夢を現実の物にするのだ。


「えへぇ~」


 エレインは顔を崩してだらしない表情となった。

 おお、本当にエレインがデレてるぞ。

 いける、いけるぞコレ! 

 もしかして俺の真のチートはハーレムマスターだったのか!?


「くぅん~くぅんくぅん~」

「……何か違うな」


 デレてると言うよりは懐いてる感じだ。

 飼い犬が手の平に頭を擦り付けてくるあれだ。

 エレインは完全に犬化している。


 撫でるのを止めると、エレインはハッとした様子で顔を真っ赤にした。


「あの、ちがうんです! これは癖というかなんというか!」

「よく分からないが……すごく可愛かったぞ」

「あwせdrftgyふじこl!?」


 耳まで赤く染めた彼女は、逃げるようにして走って行った。

 残された俺とリリアは顔を見合わせる。


「頭を撫でるだけでエレインを倒すなんて、やるな義彦」

「戦ってねぇから!」


 ほんと戦闘のことしか考えてねぇな。

 コイツの将来が不安だよ。





 森に到着した俺達はまずはエレインを探すことにした。

 目的地は事前に伝えてあるので、どこかで待ってくれているはずだ。


「あ、義彦」


 ガサッ、茂みから姿を現わしたエレインに俺はほっとする。

 一人で先に行くから少し心配していたんだ。

 彼女の顔はまだ少し赤いが、だいぶ落ち着いたようだった。


「さっそく森に入りますか?」

「それもいいが、まずは恒例のアレだ」

「うっ……アレですか……」


 露骨に嫌そうな顔をするな。

 まるで俺がいじめているみたいだろ。

 俺はバッグからステータスアップの薬を取り出し、エレインとリリアにそれぞれ渡した。


「なんだこれ?」

「ふふ、聞いて驚け。なんとそれはステータスをアップさせる薬なのだ」

「あはははっ、義彦はバカだなぁ。そんなものこの世にあるわけないだろ」

「じゃあリリアは不要っと」

「待てよ! いらないとは言ってないだろ!」


 薬を取り上げようとしたところで、リリアは守るようにして身を引いた。

 なんだよ馬鹿にしておいて結局飲むのかよ。


 気を取り直して、俺は水と一緒に草団子を飲み込む。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:5925→6925

 防:5823→6823

 速:5340→6340

 魔:6330→7330

 耐性:6028→7028

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv62・薬術Lv63・付与術Lv61・鍛冶術Lv61・魔道具作成Lv61・????・????

 称号:センスゼロ



 よしよし、順調に上がってるな。

 一日一日着実に強くなればいつかは世界最強だ。

 地位も名誉も欲しいがまま。最高じゃないか。


「うう……」


 エレインは草団子を持ったまま涙目だ。

 そんなに苦いのが嫌なのか。


「10、9、8、7、6――」

「えぇ!? なんでカウントダウンするんですか!?」

「5、4、3――」

「飲みます! 今すぐ飲みますから!」


 迫り来る謎の恐怖に彼女は草団子を慌てて口に入れる。


「にがぁぁいいいいいっ!!」

「ほら、水」


 水筒を受け取った彼女は一気に飲み込む。

 鑑定で確認するとさっそくステータスが上昇していた。



 【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:5255→6255

 防:5600→6600

 速:6558→7558

 魔:3948→4948

 耐性:3960→4960

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv14・弓術Lv9・調理術Lv10・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:-



 エレインを見てリリアも団子を同じように口に入れる。

 するとギョッとした顔で手で口を押さえた。


「んぐうううううううっ!?」

「苦いのか?」

「みふ、ふへっ!」


 エレインから水筒を奪い取ってがぶがぶ飲み下す。

 そうそう、この薬を初めて飲む奴はその苦さに面食らうんだよな。

 コーヒー中毒者である俺でも未だに慣れない。



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:4890→5890

 防:4261→5261

 速:4378→5378

 魔:18099→19099

 耐性:17887→18887

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv16・大正拳Lv11

 称号:賢者の証



 自身のステータスを確認したリリアは、口をHの形にして目が点になっていた。

 さっきそんなものはないと言っていただけに、目の前の事実に衝撃を受けているようだ。

 

「ステータスが……ステータスが上がってるぅうううっ!?」

「だから言っただろステータスUPの薬だって」

「義彦! お前すげぇ奴だな!」

「うおっ!?」


 リリアが俺の肩に腕を回して強引に引き寄せる。

 痛い痛い、腕で首が締まってる。

 だけどおっぱいが顔に当たって気持ちいい。


「じゃ、そろそろ森に――」

「しばらくこのままでいよう」

「なに言って……なんで呼吸が荒いんだ?」


 すはーすはー。ぐふふふ、かぐわしき美少女の匂い。

 しかもこの状態ならおっぱいを肌で感じられる。

 首は痛いがそれもまたスパイスみたいなものだ。


 おっと、逃げようとしたってそうはいかない。

 腰を掴んでがっちりホールドしてやる。


「エレイン! こいつ放してくれない!」

「やめてください義彦! リリアさんがいやがっています!」

「あれれ~おかしいな~ぜんぜん腕が放れないぞ~(真顔)」


 俺は数分ほど匂いと胸を堪能してからリリアを解放してやった。


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