九話 土を付けられたなら払わなければならない

 深夜、布団に包まる俺はその時を待っていた。

 握りしめるのはエレインの聖水。

 もちろん変な意味じゃない。

 彼女が作ったのでそう呼んでいるだけだ。


 そして、なぜ俺が目をギンギンにしつつ緊張しているかと言うと、未だに例の幽霊が姿を見せないからだ。いつもならすぐに現れて俺を恐怖に陥れるのに、奴は何時間が過ぎようが出てくる気配がなかった。

 今までになかった珍しいケースだ。


 もしかして聖水に気づかれた?

 それとも俺がなんとかする前に成仏したのか?

 疑問が膨らむも一向に出てこないので、俺は諦めて今夜は寝ることにした。






「おはようございます」

「おはよう」


 食堂で一足先に飯を食う俺は、やってきたエレインとリリアに挨拶を返す。

 二人は席に座ると俺の顔を見てきょとんとした。


「ずいぶんと嬉しそうですね。心なしか元気ですし」

「昨日はあんなに食欲がないとか言ってたのにさ。今日は朝からやけに旺盛じゃないか」

「あ、分かるか? そうなんだよ、昨夜はあの幽霊が出てこなくてさ。いやぁ、やっぱり睡眠は大事だよなぁ。しっかり寝ておかないと良い仕事ができないよ」


 根本的な解決はしていないが、目先の睡眠を得られただけでも今回は良しとする。

 それに今の俺には対抗手段である聖水があるのだ。

 いついかなる時に現れようが、もはやあんなもの俺の敵ではない。


「へは、ほへほうはほうふふ?」

「飲み込んでからしゃべれよ」


 リリアはゴクンと一気に飲み込んで口を開く。


「今日もあそこか?」

「ああ、もうしばらく草原で我慢してもらうしかない。先にある森へ行くには、まだ装備やアイテムが心許ないからな」


 草原を東に進むと大きな森がある。

 そこには強い魔獣がうようよしているそうだ。


 基本的にこの町の冒険者は森で狩りを行う。

 その方が稼げるし強くなれるからだ。

 ただその反面、碌な実力も準備もないまま入ると、命を落としかねない危険な場所でもある。

 俺は準備が整うまでフィールドを移さない決断をしていた。


「そうだ、義彦に頼まれていた物を昨夜の内に作ったんです」


 エレインはテーブルに小瓶十二個と、リュック一つに肩掛けバッグ一つを置いた。

 昨日頼んだばかりなのに、もう完成したのか。仕事が早い。


「この肩掛けバッグは?」

「布が余ったので作りました。リリアさん用にいいかなって」


 なるほど。そう言えばリリアは手ぶらだもんな。

 いざという時に何も持っていないでは確かに困る。


「ありがとう。袋は後で俺が仕上げておくよ。ポーションに関しては俺とエレインで半分ずつ持ち運ぼう」

「はい。では預かりますね」


 不意に宿のカウンターから怒鳴り声が聞こえた。


「なんだここは! 安いからって泊まってみれば、とんでもねぇものがいるじゃねぇか! おかげで夜は寒いし眠れねぇしで、散々だったぜ!」

「申し訳ありません。お代は結構です」

「当然だ! もう二度と来ねぇからな!」


 客だろう男は逃げるようにして宿を出て行った。

 なるほど、あの男に構っていたので俺のところには現れなかったのか。

 女には目もくれないみたいだし幽霊のくせに男好きなのか?


「泊まったのに宿泊費も払わないなんてひどすぎます」

「だよなぁ。いくら幽霊が出るからってあの態度はない。よし、アタシが追いかけてとっちめてきてやるよ」

「止めておけって。余計に揉めるだけだ」


 それにどうせ俺が聖水で退治するんだ。

 この宿も近い将来おおいに繁盛することだろう。


 俺達は食事を終えて宿を出た。



 ◇



「まてー! 逃げるなー!!」


 草原でウサギを追いかけるリリア。

 その様子を見ながら、エレインは鍋で昼食を作る。


 俺は火にかける小鍋に金属を削って入れたり、その辺で採取した植物をすりつぶしたりと作業を行っていた。

 そして、その結果を確認する度に手元のノートに書き込む。


「さっきから何をしているんですか?」

「レシピの確認だよ。称号のせいで変異する創作物を書き留めておこうと思ってさ」

「もう一度確認しますが、義彦の称号はあらゆる創作物を変化させると言うことでしたよね?」

「おおむねその考えで正解だ」


 称号について二人には昨日説明をした。

 俺がセンスゼロなどという称号を持っていること。

 そのせいでまともに物を作れないこと。


 リリアはどうでもよさそうだったが、エレインは俺の苦しみを理解してくれたようだった。


「きっとすごく苦しい人生を歩まれてきたのですね。私は裁縫や植物を育てることが好きなのですが、もしそれらができなくなったらと考えると、とても言葉にはできないほどの悲しみを抱えると思います」

「そうだよな……誰だってそう思うよな。はぁぁ」

「で、ですが、私は義彦の作った物のおかげで助けられています! こうしてステータスが上がって強くなれたのも、義彦の称号のおかげではないでしょうか!」


 彼女は「義彦に作れない物は私が作りますから!」と励ましてくれる。

 ほんとエレインは良い子だよ。彼女と仲間になれたのは幸運だったかもな。


 と言うわけで俺は作業を続行する。

 ちなみにこれまでにできたものは以下の物だ。


 毒消し薬

 強力下剤

 粘着液

 痛み止め薬

 強力発毛剤


 どれも使い方次第では役立ちそうだが、ステータス爆UPほどの価値はなさそうだった。


 ……いや、強力発毛剤だけはそれくらいの価値はあるのかもな。

 一部の人達には最高の薬かもしれない。

 よし、これには『売れるかも』と特記しておこう。


「やっと捕まえたぜ!」


 リリアがウサギを握って戻ってくる。

 受け取ったエレインがすぐさま解体して切り分けた肉を調理し始めた。

 俺は残った毛皮と骨と角に着目する。


「この素材、もらって良いか?」

「構いませんよ。ラビットの素材は安いですし、あってもなくても収入にさしたる影響は出ませんからね」


 捕まえたリリアにも聞いてみるが「アタシは肉が食べたいだけだから」などともはや一欠片の関心もない様子だった。

 と言うわけで俺はウサギの素材で作れる物を探してみる。


 俺の目をひいたのは薬術にある一つのレシピだった。



 【石鹸】

 効果:汚れを落としてくれるよー。お肌すべすべー。



 材料は油とヌメールの葉っぱ。

 地球で作る石鹸とは材料も作り方も違うようだった。

 エレインとの約束もあるしここは一つ挑戦してみるか。


 毛皮の裏に残っているウサギの脂を集めて小鍋に入れる。

 草原に生えていたヌメールの葉っぱ(海藻のようにヌメヌメしている草)を細かく切り刻み、別の小鍋へと入れる。

 ヌメールの鍋に水を入れて80度ほどで二十分ほど煮込み、ドロドロに溶けたところで、同じ温度にまで熱したウサギの脂に少しずつ加える。

 この際、一気に入れずかき混ぜながら少しずつ加えるのがコツらしい。

 冷えて固まると異世界石鹸の完成だ。


 俺は白い石鹸をナイフで長方形に切り出した。

 心なしか花のような良い香りがして高級石鹸っぽい感じがする。

 香料は入れなかったはずなのだが……。

 やはり俺の称号によって変異してしまったのか。



 【鑑定結果】

 石鹸:ビーナスソープ

 解説:伝説級の石鹸だよー! 抜群の洗浄力! 高い美容効果! 女子に生まれたのなら一度は使ってみたい石鹸界の最高峰! おまけに環境に優しくて口に入れても安全! 元使用者としてはレビュー星5を付けちゃうなー!



 お、おお……いつもより解説に熱が籠もっているな。

 神様が使用していたくらいだし、かなり良い物なのだろう。

 しかし星5ってAm〇zonレビューか。


 俺は石鹸を上等な紙に包んでエレインに差し出した。


「これは?」

「約束の石鹸だ。どうもかなり上質の物ができたらしい」

「そうなのですか! 嬉しいです!」


 受け取った彼女は顔をほころばせる。

 制作者として喜んでもらえるのは嬉しい。


「ええ~、エレインだけかよ~」

「エレインのように、パーティーの利益になるようなことをしてくれたら渡してやる。そうじゃないと不公平だからな」

「利益かぁ、義彦は難しいことを言うよなぁ」

「ぜんぜん難しくねぇよ」


 コイツ、ただ戦って飯を食うだけの生活をするつもりだったのか。

 仮にも奴隷だぞ。色々と率先して働けよ。

 だいたいもろもろの費用は全部俺の財布から出てんだぞ。

 まるで俺がお前の奴隷みたいな状態じゃないか。


「二人とも昼食ができましたよ」


 エレインからシチューの入った器を受け取る。

 ウサギの肉や野菜がゴロゴロしていて実に美味しそうだ。


「うめぇ! エレインは良い腕してるよなぁ!」

「もっと静かに食べられないのか……って、おい! ニンジンが嫌いだからって俺の器に入れるな!」

「いいじゃんか! 義彦嫌いな物ないだろ!」


 リリアがニンジンをスプーンで俺の器に入れる。

 それと同時に肉を盗んで行く。

 おかげで俺の器の中はニンジンだらけだ。


 クスクスとエレインが笑っているので俺は首をかしげる。


「ごめんなさい、つい笑ってしまいました。こんなに楽しい食事は久しぶりだったので」

「俺にしてみればただただ肉の食えない悲しい食事なんだけどな。ま、エレインが喜んでくれたならそれでいいよ」

「じゃあこれを差し上げます」


 彼女は自身の器から大きな肉を俺の器に入れた。

 にっこりと微笑む彼女を見て俺は胸がキュンとした。

 くそっ、コイツ天使か。

 しかも一番大きな肉を自らくれるなんて。

 是非ともこの精神を、リリアとあの自分勝手な幼女に見習わせたい。


 食事を終えた俺は作ってもらったリュックを取り出して、チクチクと縫い物を始める。


「何をしているんですか?」

「内側に付与の魔法陣を縫っているんだ。リュックにはスロットがないからな」

「へぇ、じゃあこれは別物にはならないんですか?」

「うーん、どうだろう。実際どこまでやれば創作に当たるのか分かってないからな。それにスロットに付与するだけなら変化は起きないが、手作業だと話は変わってくるかもしれない」


 唯一の救いは変化が効果や性能のみにとどまっていることだ。

 液体なら液体、固体なら固体と元の形は変わらない。

 まぁ、少しくらいなら形や色などは変わりもするが、大本である状態は変わらないのが現在確認できているスキルゼロの特徴だ。


 前世の俺はセンスのなさに絶望して何もしなかったが、今の俺はコレと正面から向き合おうと考えている。

 なぜならセンスがないのは称号であって俺自身はそうじゃないと知れたからだ。

 それにこの称号は俺に力をくれる。欠点だった物が長所になるなんて変な感じだが、少しずつ俺はこの力の可能性に魅せられているんだ。


 俺は肩掛けバッグにも魔法陣を縫い込んで付与を完成させた。


「できたぞ」

「どうですか? 変化はありましたか?」

「待ってろ、今確認する」



 【鑑定結果】

 背負い袋:スーパーストレージリュック

 解説:見た目より遙かに大きな物が入るんだよー。しかも中に入れた物は長く保存できるからちょ~べんりー。兄弟袋と中が繋がってるから、共有するのにも最適だよー。



 おおおおっ! 予想以上の便利道具だ!

 肩掛けバッグを見ると『スーパーストレージバッグ』と書かれていて、内容はリュックとほぼ同じだった。

 試しにリュックに銀貨を一枚入れる。

 エレインがバッグへ手を入れると銀貨が出てきた。


「すごい! こんな道具初めて見ました!」

「俺も驚いている。まるで四次元ポケットだな」


 するとエレインがスッと革袋を俺に差し出す。

 ん? なんだこの革袋?


「私も欲しいです」


 にっこりと微笑んだ彼女に妙な圧を感じる。

 肩掛けバッグはリリアの物だしそう言いたくなるのも無理はない。

 てことで俺は追加で革袋に魔法陣を縫う。



 【鑑定結果】

 小袋:スーパーストレージ袋

 解説:便利袋。リュックとバッグと中が繋がってる。いま、マイクラ中だから邪魔しないで。



 幼女ー! ちゃんと仕事しろー!

 ゲームしてんじゃねぇよ!


 内心で激しく神を罵倒しつつ、笑顔でエレインに革袋を渡した。


「心なしか質の良い革になってる気がします」

「色々変化するみたいだからな。俺も称号についてはまだよく分からないところが多い」


 とりあえず今日は色々と大きな収穫があったと思う。

 これで帰っても問題ないだろう。


「地面が揺れてないか?」


 リリアの言葉を受けて俺は地面に手を当てる。

 揺れている。だがこれは地震ではない。

 なにかの振動が伝わってそう感じているんだ。


「あれを見てください!」

「うそ……だろ……」


 ぶぎぃいいいいいいいいっ!!


 鳴き声を響かせ、ヌシが土煙をあげながら一直線にこちらへと爆走していた。

 見つけたとでも言わんばかりの勢いである。



 【ステータス】

 名前:ヌシ

 年齢:164

 性別:雄

 種族:赤毛大猪(長寿成体)

 力:6249(7249)

 防:6487(7487)

 速:6968(7968)

 魔:4580(5580)

 耐性:4347(5347)

 ジョブ:-

 スキル:脚力強化Lv27

 称号:草原のヌシ



 …………あれ? 前より格段に強くなってね?



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引き続きセンスゼロと徳川レモンをよろしくお願いいたします。


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