七話 俺の輝くニューソード
この地獄のような夜を過ごすのは二回目だ。
震えるような寒さに身を縮め、ひたすらに耳を塞ぎ続ける。
「……れていって……てって……」
ひぃいいいいいっ! 聞こえる、あの幽霊の声が聞こえる!
どうしてなんだと何度も自問した。
部屋を替えたのに、先回ししていたかのように俺の元へ現れたのだ。
まさか取り憑かれている? いや、そんなバカな。
もしそうなら異様な寒さにすぐ気が付くはずだ。
きっとこいつは地縛霊で男を好む傾向にあるに違いない。
ただそれだけ。俺は決して取り憑かれてなどいない。
実は俺だけ他の宿に移ろうかと考えもした。
それが幽霊を避ける一番の解決方法だし。
けど、どこの宿も客で埋まっていて空き部屋はなし。
唯一ここだけが俺を受け入れ可能だった。
チュンチュン。雀のような鳴き声に俺は歓喜した。
ようやく朝を迎えたらしい。
そっと布団から顔を出すと幽霊の姿はどこにもなかった。
今日こそは絶対に宿を替えるぞ。
「おはようございます」
「おはよっ!」
「……ああ、うん」
食堂にやってきたエレインとリリアに適当に返事をする。
俺の目の前にはすでに朝食が並んでいるが、まったく食欲がなかった。
「どうしたんだよ、全然手を付けてないじゃんか」
「食欲がなくてさ。食べたいならやるよ」
「マジ!? じゃあもらうな!」
リリアは昨日と変わりなく活気に溢れている。
とても幽霊に怯えて過ごしたようには見えなかった。
「どうしたんですか義彦」
「……今日は塩を買おうかと思っている」
「塩?」
よくホラー系の作品とかで見るじゃないか盛り塩とかさ。
ああいうのが霊に効くんだろ。
だから念の為に俺もやろうかと思っている。
あと、町に聖水が売っていないか確認しておかないといけない。
もしあるなら購入だ。どのような値段だろうと必ず買う。
「それにしてもこの宿ってヤバいよな」
「……!?」
ハッとした。
「白い服を着た女がうろうろしてるだろ」
「それだよ! やっと俺の苦しみを理解してくれる奴が現れた!」
俺はリリアの手を取って握手する。
ようやく見える人と出会えた。
涼しくて良い宿なんです、などとのたまう霊感ゼロのエレインとは大違いだ。
「この宿には幽霊がいるんだ! なぁそうだろリリア!」
「アタシも霊感がある方じゃないからはっきりしたことは言えないけど、アレは多分ゴーストの類いだと思う。偶にいるんだよ肉体を失ってもなお現世で彷徨っている魂がさ」
「そうなのですか。まったく気が付きませんでした」
だろうな! 気が付いていればここに泊まろうなんて言い出さないもんな!
だが、これで堂々と宿を替えられる。
いくら安くてサービスの良い宿だろうが、幽霊がいるならアウトだ。
やはりリリアを仲間にしたのは正解だったな。最高の味方だ。
「無理に宿を替える必要はなさそうだけどな」
「な、なぜそんなことを!?」
「アタシが見たの一回きりだし、向こうもこっちに興味がなさそうだったから、無理に関わらなければ無害な相手だと思う。それにアタシこの宿気に入っちゃったんだよなぁ」
のぉおおおおおおおおおおおっ!?
裏切ったなぁぁああああ! リリア!!
「裏切り者に俺の飯はやらん!」
リリアから食事を取り上げて俺は口に頬張った。
◇
宿を出た俺達はひとまずギルドへとやってきた。
相変わらず酒の臭いが充満しており、朝から酒を飲む冒険者で溢れている。
適当なテーブルに着くとさっそく本日の予定を伝えることにした。
「今日は武器を確保しようかと考えている。剣が折れたままでは満足に依頼をこなせないだろうし」
「じゃあ武器屋に行くのですか?」
「いや、それだと高くつくだろ。だから自分で剣を打とうかと考えているんだ」
俺には鍛冶術スキルがある。
環境さえあればいくらでも武器を作ることが可能なのだ。
問題はその環境をどうやって得るかであるが。
「エレインの知り合いに鍛冶師はいないか」
「残念ながら。ですが、この町には有名な鍛冶職人がいることは存じています」
彼女はそう言ってナイフを取り出した。
そうか、ルンバか。
俺や彼女のナイフを制作した職人。
きっと自動掃除機のように優秀な人物なのだろう。
「で、あんたが剣を打っている間、アタシ達は何をすればいいのさ」
「それなんだが、草原でいくつかの薬草を採ってきて欲しい。リストはこの紙に書いてある」
「それだけかよ。つまらないな」
「自由時間とでも思ってくれ。依頼を受けてもいいし宿でゆっくり過ごしてもいい。とにかく指定した薬草だけは持ってきてくれ」
リリアは「へーい」と軽く返事をする。
ステータスの高い彼女と一緒ならエレインの安全は確実だろう。
「それとエレインにはこれを」
「うえっ!?」
彼女の手に載せたのは例の草団子。
一日一個の服用が我がパーティーでの決まりだ。
「なんだよそれ」
「お前にはおいおい説明する」
「ううううっ」
涙目のエレインを放置して、俺は単身でギルドを出た。
有名な鍛冶師ならどこに住んでいるのかもすぐに判明することだろう。
町の北側には鍛冶屋などが集中している一角がある。
そこではたいそう腕の良い鍛冶師、ルンバという男が居を構えているそうだ。
俺はとある家のドアを叩く。
「いないのか?」
誰も出てこないので首をかしげる。
すると通りすがりの男性が俺に話しかけた。
「ルンバさんなら今の時間は作業場にいると思うよ」
「それはどこに?」
「家の裏にもう一軒建物があるだろ。そこがそうだ」
俺は男性に礼を言ってから家の裏側へと移動する。
そこには確かにレンガ造りの頑丈な建物が一軒あった。
煙突からはもくもくと煙が立ち昇り、カンカンと金属を打つような音が響いていた。
「ごめんください。ルンバさんはいらっしゃいますか」
ドアを叩くとしばらくして男が出てくる。
「あいよ、俺がルンバだ」
頭にタオルを巻いており、その顔には無精髭があった。
露出した上半身には汗が滴っており、引き締まった筋肉が盛り上がっている。
見た目から六十代半ばと思われた。
「俺は西村義彦。突然で悪いが剣を打たせてもらえないか」
「あん? 弟子入りならお断りだぞ。俺にゃあ腐るほどいるからな」
「違う違う。俺は場所を借りたくて来ただけだ」
「場所? 鍛冶場ってことか?」
ひとまず中へ招かれる。
作業場には皮膚を焼くような熱が籠もっており、火が灯ったかまどの他に、床には金床など道具が置かれていた。奥の壁には武器などが乱雑に立てかけられ、まるで作った後の物には興味はないとでも言うような印象を受ける。
俺は事前に購入しておいた酒瓶を彼に差し出す。
「お酒が好きだと聞いて持ってきたんだ。良かったら飲んでくれ」
「悪いな。で、鍛冶場を借りたいってのはどう言うことだ」
腰にある剣を鞘から抜く。
根元から折れた刀身を見た彼は納得したように笑みを浮かべた。
「スキルは持ってんのか」
「鍛冶術ならある」
「じゃあ問題ねぇな。どうせ今日は気が乗らねぇとか思ってたし、ちょうど良かったぜ」
彼は「好きに使ってくれ」とだけ言って、あぐらをかくと酒を飲み始める。
これで鍛冶場を得ることはできた。
あとは俺の欲しい武器を造るだけだ。
鍛冶術スキルを発動させ、作ることのできる武器をウィンドウに表示させた。
俺は数百と並ぶレシピをスクロールしながらそれらしい物を探す。
時折、魔剣や聖剣などの文字が通り過ぎるが、どれも聞いたことのない材料を必要としていて現状で作ることは不可能だった。
目に留まったのは『硬剣』だった。
材料は鉄などで今の俺でも充分に作ることは可能だ。
それに能力の欄に書かれていた内容が俺を強く引きつけた。
【硬剣】
能力:通常の鉄の剣よりも硬くしなやかだよー。折れにくく刃こぼれもしにくいんだって。スロットは三つだからお得だね。
今の俺に必要なのはこれだ。
あの猪とまともにやり合えるだけの武器。
折れない剣が必要なんだ。
ふと、スロットが三つと書かれていることに気が付き、頭の中に疑問符が生まれる。
「スロットって何か知ってるか?」
「そりゃああれだよ、付与できる枠のことだ。付与師に頼めば強度を上げたり属性を付けたりと色々できる。つまりスロットがあればそれだけ攻撃の幅が広がるってことさ」
へー、付与か。そういえば俺にも付与術スキルがあったな。
発動してみると、ルンバが言った通り多種多様な能力がずらりと並んでいた。
思っていたより武器制作は楽しいかもしれない。
鉄の塊をかまどの中へ。
赤く熱したところで取り出してハンマーで成形する。
不思議なことに何をするべきかは身体が勝手に動いて行ってくれる。頭の中にも自然と工程が浮かび上がっていた。
これが鍛冶術スキルの力か。
「ひょろっちいのに良い腕前だな。俺とLvは変わらねぇんじゃねぇか」
「まさか。さすがにそれはないだろ」
ルンバは熟練の鍛冶職人だ。
名も知れていて弟子までいるって言うじゃないか。
そんな人物と俺が同レベルなんてありえない。
きっと謙遜しているのだろう。あえてステータスは見ていないが、恐らく七十とか八十Lvに違いない。
刀身ができると何度もしつこく研ぐ。
それが終わると柄などを作成して鞘を作った。
「終わったー!」
俺の手には一振りの剣があった。
心なしかぼんやりと光っているように見えるが、初めて作った剣だからこそそう見えるのだろう。
「そ、それは! 見せてくれ!」
受け取った彼は剣をまじまじと見つめる。
次の瞬間、目もくらむような光が剣から発せられた。
「目が!? 目がぁああああ!?」
「はははははっ! こいつはスゲぇ! どうやらお前が作った剣は普通の物じゃないようだぞ!」
ルンバの笑い声が聞こえるが、俺は目を押さえて床を転がっていた。
くそっなんなんだ一体! どうなってる!?
視界が戻る頃には彼は剣を鞘に収めていた。
「気に入ったよ。よければ好きな時に好きなだけここを使ってくれ」
「いいのか?」
「金には困ってねぇんだ。最近は気が向いたらやってるくらいだしな」
この申し出は結構嬉しい。
これからは好きなだけ武器を作れるってことだ。
そうだ、作った剣を確認しておかないと。
【鑑定結果】
武器:光剣(名称なし)
解説:周囲の魔力を吸収して光る剣だよー。魔力を一気に注ぎ込むと激しく光るから扱いには要注意ー。硬剣より性能は格段に上だよー。得したね義彦!
スロット:[ ][ ][ ]
お、おう……。
狙ってた物と全然違う物ができてたのか。
やっぱり創作センスねぇな俺。
戸惑いつつも付与術スキルを発動して剣に能力を付与する。
付けるのは[自己修復][切れ味UP][強度UP]
刀身に三つの魔法陣が浮かび上がる。
そして、すぐに消えた。
これでこの剣はより強力な物となったわけだ。
コンコン。
誰かが家のドアを叩く。
ルンバが開けるとそこにいたのはエレインとリリアだった。
「私はエレインと言う者です。こちらに義彦が来ていると思うのですが……」
「おじゃましまーすっ!」
「リリアさん! 挨拶もしないで勝手に入ってはいけませんよ!」
「堅いこと言うなよ。そんな小さなことを気にしてると顔に皺が増えるぞ」
「え!? 私の顔って皺があります!?」
ルンバに「俺の仲間だ」と軽い紹介をして、二人を中に入れてもらった。
「おっ、それが義彦の新しい剣か」
「見るのは構わないが、剣に魔力を流すなよ」
そう言ってからリリアに剣を渡す。
さすがにまた目をやられるわけにはいかないからな。
「良い剣じゃん。名前はもう付けたのか」
名前か……せっかくだしカッコイイ奴を付けたいよな。
とは言っても俺が考えると碌な事にならない。
昔からネーミングセンスの酷さは自覚しているのだ。
「二人に名前を考えてもらっても構わないか?」
「いいのか!?」
「あまりに酷いのは却下だからな」
エレインとリリアは腕を組んで悩み始める。
先にひらめいたのはエレインだった。
「ヨシヒコ丸というのはどうでしょう!」
「ダサすぎて死ねる」
「じゃあ超最強究極剣ってのはどうだ?」
「そんな名前の剣を抜きたくねぇよ」
ダメだ。この二人、ネーミングセンスゼロだ。
「……スタンブレイド」
ルンバの言葉に俺はハッとした。
それだ! そういうのだよ!
光剣スタンブレイド。
全然悪くない。むしろいい。
決まりだ。それにしよう。
「これはスタンブレイドだ!」
「「えー、ダサい」」
げんなりする二人を尻目に俺は満足だった。
これであの猪と遭遇しても前回のようなことにはならないだろう。
目に物見せてやるからな草原のヌシ。
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