六話 賢者様は格闘がお好き

 奴隷商に案内された先で待っていたのは、予想とは違った相手だった。


 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:4164

 防:3873

 速:3921

 魔:16646

 耐性:15978

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv15・大正拳Lv10

 称号:賢者の証


 あれ? おかしいな?

 目の錯覚なのかジョブが魔法使いではなく賢者に見えるぞ。

 加えて異常なまでの魔と耐性の数値。

 これは本格的に眼の病気を疑わないといけないかも。


「アタシってさ、組んだ奴をすぐに怪我させちゃうんだよ。だから奴隷になって逆らえなくなれば少しはマシになると思ったんだよ」


 リリアは鉄格子をぐりゃりと押し広げて簡単に外へと出てくる。

 なるほど。彼女には拘束具は意味を成さないのか、だから首輪も付けていないし奴隷商も特別扱いしている。


「義彦にはこの方がどのように見えていますか?」

「ぱっと見は前衛を得意とする格闘家だな。けど、ステータスには賢者と書かれている」

「賢者!? ちょっと待ってください、義彦にはステータスが見えるのですか!?」

「あれ? 言ってなかったか? 俺には鑑定スキルがあるんだよ」


 なぜかエレインがショックを受けている。

 そう言えば保有スキルとかちゃんと言った覚えがないな。

 まぁこの際そんなことは後回しだ。


「テストしてやるよ。仲間になってもいいと思える奴だったら、アタシの身体を自由にしていいぜ」

「身体を自由!?」

「へ、変な意味じゃねぇからな! 一緒に戦ってやるってことだから勘違いするなよ!」


 なんだそう言うことか。

 無駄に興奮したじゃないか。


「テストの内容は?」

「今からアタシが一発殴る。あんたはそれを受けるか避けるか耐えて見せればいい」

「分かった。じゃあ始めようか」

「へへ、話が早くていいね」


 リリアは拳を半身になって引き絞る。

 俺の取れる選択肢は二つだけ。上手く受け流すか避けるか。


 防3000クラスの俺が力4000クラスの攻撃を耐えられるわけがない。

 よってとれる手段は二つということになる。

 だが、格闘技の経験者でもない俺がまともに受け流せるとも思えない。

 とするなら最終的に選択するのは回避。それしかない。


 それにしてもずいぶんな自信だな。

 告知からの攻撃なんてよほど腕に覚えがないとできないことだ。

 もしかするとフェイントも混ぜてくるかもしれないな。

 彼女は一発殴るとしか言っていないのだから。


 待てよ。これってチャンスかも。


「いくぞ!」


 刹那の間に拳が俺の顔面を捉える。

 だが、俺は姿勢を低くしてそれを躱す。

 そこからさらに駆けだしてタックルした。

 彼女の胴体に抱きつきクンカクンカと匂いを嗅ぐ。


「は、離れろって! もういいから!」

「さぁ来い! いくらでもテストすればいい! 俺はどれだけ殴られようと倒れはしないぞ!」


 デュフフフ。絶好の機会を逃すなんて勿体ない。

 年頃の女の子の匂いを存分に堪能しなければ。


「分かった! テストは合格でいいから離れてくれ!」

「ちっ、もう終わりか」

「なんで不満顔なんだよっ!!」


 こんなのは俺にとってご褒美だ。

 できればあと二、三回はしたいところだ。


「さすが義彦です! 避けるばかりか攻撃に転じるとは!」

「アタシも驚かされたよ。一発殴るとは言ったけど、反撃するなとは言ってなかったからね。いい気骨をしてるよあんた」

「お、おお……」


 なんか評価が上がってる?

 俺はただ女の子に抱きついただけなのだが。

 とりあえず仲間にできそうな雰囲気だし、これはこれでよしとしよう。


「アタシはリリア・ソルティーク。魔闘士を目指してる賢者さ」

「俺は西村義彦、駆け出し冒険者だ。そっちにいるのが仲間のエレイン」

「そっか、そんじゃあよろしく」


 俺とリリアは握手を交わした。

 そして、隣にいるエレインにこそっと質問する。


「魔闘士って?」

「魔法を使う拳闘士のことです。こう言ってはなんですが、魔法職の最上位である賢者より数段見劣りするジョブですよ」


 てことは前衛希望ってところか。

 しかも賢者をステップアップの足がかりにするような変わり者と来ている。

 手を焼きそうな雰囲気をひしひしと感じる。


「オホン、それでお話はまとまりましたでしょうか?」


 奴隷商がわざとらしく咳をする。

 そうだったな、そう言えば俺は奴隷を買いに来たのだった。


「それでこの子はいくらだ?」

「本来であれば金貨数百枚いただくところなのですが、今回は特別に金貨一枚でお譲りいたしましょう。と言うかとっとと連れて行ってください」


 ハンカチで額を拭く奴隷商。

 事前に言っていた通り持て余しているようだ。

 俺は懐から出した財布から金貨一枚を取り出し彼に渡す。


「はい、確かに。それでは奴隷契約の儀を行いますので、少々お待ちください」


 彼はそう言ってこの場から離れていった。


「なぁ、義彦のジョブってなんなんだ?」

「俺は錬金術師。エレインは……騎士だ」

「へぇ~、それは意外だな。3000クラスのステータスに剣を持ってるから、てっきり戦闘職だと思ってたよ。てことはなんか強くなれる秘密でもあるのか?」


 コイツ……鋭いな。

 脳筋だけあって相手の強さには異常な嗅覚を働かせるようだ。


「逆に聞くが、お前は魔法を使う気はあるか」

「あー、まぁ、状況にもよるかな。アタシって基本前衛メインなんだけど、別に魔法をまったく使わないってことじゃないんだよ。状況が悪ければ後衛だって引き受けることだってあるさ」

「ずっと後衛だったら?」

「ぶっ飛ばして抜ける」


 だよな。そんな感じの奴だよお前。

 しかし、遠距離攻撃のできる人員が確保できたのは朗報だな。

 これであの猪と遭遇しても、前回のような無様な撤退はなくなるはずだ。

 あとは武器か。できれば防具も新調したいところだ。


「ところでリリアさんは賢者なのに杖をお持ちではないんですか?」


 エレインの言葉に俺はリリアを観察する。

 確かにそれらしい物を持っているようには見えないな。


「邪魔だから捨てた」


 は? 捨てた?

 お前、仮にも魔法職の最上位である賢者だろ?


 俺もエレインも唖然とする。

 コイツ予想以上に近接戦闘バカかもしれない。

 むしろなぜ賢者になれたのか不思議だ。


 そう言えば称号持ちだったな、一応確認しておくか。



 【鑑定結果】

 称号:賢者の証

 解説:賢者に認められし者の証ー。この称号を持ってると魔法効果が二倍になるんだよー。おまけに消費魔力も半減して魔法無双できちゃう。魔法使いなら喉から手が出るほど欲しいレア称号だよー。



 ヤベぇ、完全に魔法の申し子じゃねぇか。

 なのに近接戦闘大好きってもはや罪だろ。

 誰が魔法を教えたのかは分からないがちゃんと教育しろよ。


 ちょうど奴隷商が人を連れて戻ってきた。


「お待たせいたしました。それでは奴隷契約を行いたいと思います」


 奴隷商が連れてきたのは黒いローブにフードをかぶった男性だった。

 彼はその手に一枚のスクロールを持っており、それを俺の方に広げて見せた。


「これは奴隷契約のスクロールです。魔道具の一種として我々の間では認知されている代物ですな。義彦様にはこの中心にある魔法陣に血を一滴垂らしていただきます」


 スクロールにはのたくった文字がびっしり書かれ、その中央には複雑な魔法陣が描かれていた。

 通常の文字とは違うようだが、俺にはスキルがあるので内容が理解できる。

 ふむふむ、逆らえば奴隷に電撃を与える。主人が死んだ場合、奴隷もまたその命を落とすこととなるだろう、か。結構キツい内容だな。


 俺はナイフを出して指先を傷つけた。

 ポトリと血液が一滴魔法陣に落ちると、スクロールがほんの僅かだが光った気がした。


「リリア、どこに奴隷紋を刻むか選択しなさい」

「背中がいいかな。目立たないし」


 リリアはこちらに背中を向けて服をするりと脱いだ。

 僅かだが見える白い膨らみに俺は興奮する。


「見てはいけません!」

「わっ!? な、なんだよ!」


 突然エレインに両目を押さえられて視界が塞がれた。

 めちゃくちゃいいところなのに。

 もっと穴が空くほど見ていたい。


「終わりました」


 男の声が聞こえ、ようやく視界が戻る。

 ちょうどリリアが服を着たところだった。


「これで奴隷は主人に逆らうことができなくなりました。とは言っても彼女にとっては枷ですらありませんがね」

「どう言う意味だ?」

「賢者ともなれば自力で奴隷契約を破棄することができます。賢者を縛ることができるのは賢者くらいのものですよ」


 ああ、そういうことか。

 どうして奴隷商が彼女を持て余しているのかやっと真に理解できた。

 制御できない奴隷なんて商品にはならないからな。

 しかもいつ機嫌を損ねて攻撃してくるか分からない存在だ。

 俺が彼と同じ立場ならさっさと出て行ってもらいたいと思うだろうな。


「義彦くらいのステータスなら怪我をすることもないだろうけど、一応保険ってことで契約しておいたよ。もしアタシが暴れた時は上手く止めてくれよな」

「今からでも他の魔法使いを探しに行きたい」


 馴れ馴れしく肩を組んでくるリリアに、俺は深いため息をついた。



 ◇



「へぇ、ここがあんた達が泊まってる宿かぁ」

「はい。とても安い上に綺麗でサービスが行き届いている最高の宿なんですよ」

「それは楽しみだ」


 微笑む二人に対し、俺はどんよりと暗い空気を漂わせていた。

 唯一の救いだった強力睡眠薬は猪に使ってもうない。

 今夜は自力であの恐怖に耐えなければならないのだ。


 三人で宿の中へ足を踏み入れる。


「なんだこの肌寒さ!?」

「!?」


 リリアはすぐに宿の違和感に気が付いた。


 だよな!? この宿、おかしいよな!?

 絶対普通じゃないよな!?


「この宿はいつでも涼しいんです。どうやっているのかは分かりませんが、素晴らしいサービスですよね」

「そう……なのか? なんだかそういうのじゃない気がするけど……」


 そう、幽霊だよ! この宿には幽霊がいるんだ!

 夜な夜な出てきては俺を恐怖に陥れる邪悪な存在がここにはいる!


 エレインはカウンターで二人部屋を一つ、一人部屋を一つとった。

 俺はすかさず注文を付ける。


「部屋は他にないか。今夜は別の部屋に泊まりたいんだ」

「そりゃあ別に構わないが……」

「頼む。あの部屋だけは勘弁してくれ」


 老人は俺を別の部屋に入れてくれた。

 これであの幽霊と対面することはないはずだ。


 どうして早くこのアイデアが浮かばなかったのだろうか。

 幽霊さえ見えなければここは良い宿なんだよ。

 これで俺は救われる。地獄から解放されるんだ。

 バンザーイ! バンザーイ!


 良い気分で自室のドアを開けると、俺は血の気が引くのが分かった。


 いる。全然いるよ。


 窓際にいる白い服を着た黒髪の女性。

 彼女は俺の方を向いて口角を鋭く上げた。


 そして、すーっと消える。


 俺はベッドに伏してむせび泣いた。


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