五話 俺達には魔法使いが必要だ

 体高三メートルにもなる巨大な猪。

 俺はその威圧感にちびりそうになっていた。



 【ステータス】

 名前:ヌシ

 年齢:164

 性別:雄

 種族:赤毛大猪(長寿成体)

 力:4146(5146)

 防:4367(5367)

 速:4668(5668)

 魔:3180(4180)

 耐性:3047(4047)

 ジョブ:-

 スキル:脚力強化Lv26

 称号:草原のヌシ



 数字だけで見るならとても勝てそうにない。

 おまけにコイツ称号持ちだ。



 【鑑定結果】

 称号:草原のヌシ

 解説:フィールドのボスだよー。この称号があると全能力に1000加算されるから気をつけてねー。頑張れ頑張れ義彦っ! ファイトだよ!



 加算だと!? なんだよそれ!

 てことは横にある()の中が実際の数値!?


 勝ち目ねぇじゃん。


「俺が奴を引きつけるからお前は逃げろ」

「ど、どうしてですか!? 私も戦わせてください!」

「事情はよく知らないけど、お前にはやるべきことがあるんだよな。だったらこんところで死んじゃ不味いだろ」

「…………」

「せめて俺みたいな男がいたってことだけは覚えていてくれ」


 言ってみたかった台詞だったんだよ。

 今の俺、めちゃくちゃカッコいいなぁ。


 ガツンッ。痛い!?


 俺の後頭部に強い打撃があった。


「義彦のバカ! さっき仲間だって認めてくれたじゃないですか! あれは嘘だったのですか!? ちゃんと頼ってください! 私だって貴方の役に立てます!」

「お、おお……」


 エレインは涙目で怒っている。

 俺にはなんだかそれがひどく嬉しく思えた。


 こんなことを言ってくれる相手が前世にはいなかったからかもしれない。


「悪かったよ。だから泣かないでくれ」

「泣いてません! これは……汗です!」


 マジかよ、異世界人は眼から汗が出るのか。

 それはそうといい加減、敵に意識を向けないと不味いかもな。


 巨大な猪は鼻息を荒くしつつ、警戒しているのかこちらをじっと窺っていた。


 このまま退散してくれればありがたいが、そうはいかないんだろうな。

 目撃証言が少ないってことはつまり、出会った奴らのほとんどは殺されてるってことだ。

 ステータスを見てもヤバい相手なのは疑いようがない。


「あいつが突進してきたら二方向に分かれるぞ」

「了解です」


 奴の目がどちらかに向けば、その間にもう一人が攻撃する。

 今のエレインだったらどちらも任せられるはずだ。


「ぶぎぃいいいいいっ!」


 猪が地面を蹴って走り出す。

 狙いはエレインだ。


 俺達は二方向に分かれ、それぞれの役割を行動に移す。


「こっち!」

「ぶぎぃいいいいっ!」


 彼女はストップ&ダッシュを繰り返し、突進を躱しつつ上手く引きつけていた。

 だが、猪の突進速度は見た目からは想像できないほどに速い。

 地面を滑るようにしてブレーキをかけると、即座に走り出してトップスピードまでもってゆく。

 いつまでもこの状況が維持できるとは思えなかった。


「ふっ!」


 猪がブレーキをかけた瞬間を狙って、横っ腹に剣を突き刺す。

 ドボッと血液が漏れ出し刀身が紅く濡れた。


 いける。これならやれるぞ。


 そんなことを思った瞬間、猪は暴れ始める。

 俺は突き刺さった剣に必死でしがみついた。


 ベキィン。


 剣が根元から折れ、振り落とされた俺は地面を転がる。

 くそっ、もう少しだったのに。


「義彦!!」

「しまっ――うぶっ!?」


 奴はほんの僅かな隙も見逃しはしなかった。


 次の瞬間、視界が激しく揺れて衝撃が骨をきしませる。

 巨大な猪に体当たりされ、俺は地面をバウンドしながら吹っ飛んだ。


「義彦! 義彦!」


 駆け寄ったエレインに身体を揺らされる。

 意識はあるが左の視界が紅く染まっていた。

 全身は酷く痛み、思考がぼんやりしている。

 視界には狙いを定める猪の姿が映った。


 俺はなんとか身体を起こし、腰のポケットから小瓶を取り出した。


「それは?」

「強力睡眠薬だ。これを飲ませて逃げるしかない」

「そんな物があるなら最初から……」

「効く保証がなかったから使わなかったんだ。それにあいつの口に上手く入れる自信もなかった。けど今はそんなことを言っている場合じゃない。一か八かこいつに賭けるしかないんだ」


 エレインに支えられて立ち上がる。

 奴の目は完全に俺を捉えていた。


「いいか、最初と同じように二手に分かれるんだ。その隙に睡眠薬をあいつの口に放り込む」

「はい。任せてください」


 走り出した猪を目前に俺達はギリギリまで逃げずにいた。

 奴はぶつかる目前で一度口を大きく開ける癖がある。

 それは今まで観察してきたことで把握していた。


「ぶぎぃいいいいいいっ!」

「今だ!」


 俺達は二手に分かれる。

 狙い通り奴の眼は俺を見ていた。


 エレインが小瓶を投げると、回転しながら奴の口の中へ。


 ナイスコントロール。

 俺が投げたらきっと失敗していた。

 エレインと俺はなんとか猪を躱す。


 猪はそのまま十数メートル走ると、次第に歩みが遅くなり最後に地面に倒れた。


「やりましたね! 薬が効きましたよ!」

「ああ、なんとかなったな」


 やはり彼女にお願いして良かった。

 弓術スキルを保有するエレインなら、コントロールはバッチリだと思っていたんだ。


「でも危なかったです。私これでも十本に九本は外す腕前なんですよ」

「へ、へぇ……俺達すごく運が良かったんだなぁ」


 冷や汗が流れたが、俺は彼女に笑顔で返答した。


「アレ、どうします?」


 エレインがいびきをかいて眠る猪を指さす。

 俺は取り出した中級ポーションを飲み干してから返事をする。


「このまま撤退する。いつ薬が切れるかも分からないし、お前の細剣だけでは致命傷を与えるのは難しそうだ」

「そうですね。今のうちに逃げましょうか」


 俺達はその場からそそくさと逃げ出した。



 ◇



 町に戻った俺達は、適当な食堂に入って昼食をとることに。


「身体の方は大丈夫ですか?」

「ああ、中級ポーションのおかげでほぼ全快だ。やっぱり回復薬は必要だな」


 エレインには悪いが、しばらく中級ポーション作りに励んでもらわないといけないな。

 それと平行してやらなければならないのが武器の調達だ。

 幼女神がくれた鉄の剣が今では根元からポッキリ折れている。


「あいつと再び遭遇した場合のことを考えて、もっと良い武器を手に入れておかないといけない。攻撃を受けても折れないほど頑丈な剣が必要だ」

「それもありますが、私達に必要なのは仲間ではないでしょうか」

「仲間?」

「私なりに敗因を考えたのですが、アレに勝つには遠距離を得意とする魔法使いのような仲間が必要だと思うのです。前衛だけで対処するには厳しすぎるかと」


 ぐうの音も出ないほど正論。

 今の俺達は近接だけの攻撃特化型、遠距離を得意とするサポート役が不在ではああなって当然だ。

 それにあいつのステータスを見た時に気が付いたのだが、魔と耐性が異様に低かった。耐性が魔法に対する防御力と考えるなら、魔法攻撃は必ず有効打となるだろう。


「で、魔法使いってどうやれば仲間になるんだ?」

「問題はそこなんですよね。魔法使いは数が少ない上に非常に重宝されますので、よほどのことがない限りフリーの方なんていないんですよ」


 それは困ったな。できれば魔法使いが欲しいのだが。

 もちろん理由は魔法を間近で見たいし学びたいからだ。せっかく異世界に転生したのに魔法と縁がない人生はつまらない。建前としては猪対策でスカウトするつもりだが、真の狙いは俺が魔法を習得することなのである。


 不意に隣のテーブルでしている会話が耳に入った。


「あの噂聞いたか?」

「なんのことだよ」

「奴隷商にいる魔法使いのことだよ」

「ああ、例の奴ね。仲間にする奴を次々に殴って大けがさせるから、とうとう奴隷として売られたって奴だろ」

「違う違う。自分から奴隷になったって話だっただろ」

「そうだっけ?」


 俺とエレインは見合わせた。

 タイミング良くフリーの魔法使いが見つかったようだ。

 ただ、聞く限りかなりの暴れん坊のようだ。


「どうしますか?」

「ひとまず見に行ってみるか」


 てことで俺達はさっそく奴隷館へと出向く。






 クラッセルには三つの奴隷館が存在する。

 一つは貴族や豪商向けの高級奴隷商。

 一つは庶民向けの格安の奴隷商。

 そして、もう一つが冒険者向けの戦闘奴隷を集めた奴隷商だ。


 カラン。ドアを開けるとベルが鳴る。


「いらっしゃいませ!」


 燕尾服を着た恰幅のいい男が、手をすり合わせながら出迎えてくれた。

 俺達がやってきたのはもちろん冒険者用の奴隷館。

 ここに噂の魔法使いがいるとのことだった。


「本日はどのようなご用でしょうか」

「ここに魔法使いがいると聞いた。見せてもらえないだろうか」

「あー、例の魔法使いですね」


 それだけで意味が伝わるとはよほど有名なのだろうか。

 奴隷商は目を細めて俺を頭から足先まで観察する。


「一つお聞きしますが、ステータスの平均数値は?」

「関係あるのか?」

「おおいにあります」

「……どれも3000は越えている」

「なんと! それは素晴らしい!」


 ニコニコとし始める奴隷商に俺とエレインは薄気味悪さを感じる。


「大丈夫でしょうか」

「ヤバいと感じたらすぐに逃げるぞ」


 彼の案内で館の奥へと進む。

 まっすぐに続く廊下の両端には金属製の檻が設置されており、その中には首輪を付けた人間の姿があった。

 中には女性の姿も見られ、獣のような鋭い目をこちらに向ける。

 さすがは戦闘用奴隷の館。強そうな奴隷ばかりだ。


「どうですか我が館の奴隷達は。いずれも歴戦の猛者揃いですよ」

「みたいだな。気になったんだが、彼らはどうして奴隷になったんだ?」

「おや、ご存じない? 奴隷というのは犯罪を犯した者や借金を抱えた者が行き着く終着点ですよ。たまに騙されて売られたりどこからかさらわれてきたりする者もいますが、事情はなんであれ一度奴隷になった者は死ぬまで働くこととなります」


 奴隷商は笑いながら「一部の例外を除いてですけどね」と述べる。


 俺とエレインは彼の案内でとある檻の前に連れてこられた。

 そこには床に寝転がる一人の少女の姿があった。


 ショートカットの赤い髪に、気の強そうなつり上がった眼。

 その身には革の胸当てなど冒険者らしい防具がきっちり着込まれていた。

 おまけに首輪もしていないではないか。

 他の奴隷は簡素な麻の服を着ているだけにその姿が妙に目立っていた。


「リリアさん、次なる挑戦者が現れましたよ」

「どうせまた雑魚だろ。やっぱこの町にアタシに並ぶ奴なんていないのかもなぁ」

「今回はオール3000越え」

「本当かよ!?」


 リリアと呼ばれた少女は飛び起きて鉄格子を掴んだ。


「嬉しいねぇ。ようやくそれらしい奴が来たじゃねぇか」

「そろそろいい加減出て行ってもらわないと困ります。貴方のような規格外の存在は我々奴隷商には手に余りますからね」


 溜め息を吐く奴隷商にリリアは「そう堅いこと言うなよ。ここの飯、結構美味いしさ」などと気にとめた様子はない。


 規格外? 手に余る?

 気になった俺は鑑定スキルを発動させた。



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:4164

 防:3873

 速:3921

 魔:16646

 耐性:15978

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv15・大正拳Lv10

 称号:賢者の証



 あれ、おかしいな。

 ジョブが賢者に見えるぞ。


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