三話 宿に帰りたくない
なぜこうなったのか。俺には分からない。
異世界に転生してこれから最高の冒険が始まるとばかり思っていたのに、今は心底日本に帰りたいと思ったりする。
「……れてって……へ……れてって……」
ひぃいいいいっ!
俺は布団に包まり耳を塞ぐ。
だが、耳元でぼそぼそと声が聞こえるのだ。
原因ははっきりしている。
宿にいるあの女の幽霊だ。
アレがずっと俺に何かを語りかけてくる。
貞子のように呪い殺すとかは今のところなさそうだが、傍にいるというだけでとにかくめちゃくちゃ怖い。
しかもこの女、時々俺の身体を布団の上から触るのだ。
宿が流行らないのも当然だ。こんなのがいたら誰も来ないって。
おまけにこの部屋、信じられないくらい寒い。
恐怖と寒さのダブルパンチで俺は震えが止まらなかった。
早く朝になれ。早く朝になれ。早く朝になれ。
繰り返し念じる。
思いが通じたのかチュンチュンと雀のような鳴き声が外から届く。
そして、例の女の声は聞こえなくなっていた。
「本当にこの宿は素晴らしいですね。気持ちが良いほど熟睡できます」
「…………」
宿の食堂で俺達は朝食をとる。
だが、まったくもって食欲が湧かない。
「すごいクマですけど、どうかしたんですか?」
「分からないのか?」
「?」
コイツ、俺がどんな思いで夜を乗り切ったと思っているんだ。
霊感があるとかないとか以前にこの女は鈍感すぎる。
はぁ、ちゃんと眠りたい……。
◇
ギルドで薬草採取とホーンラビット狩りの依頼を受けた俺達は、町のすぐ近くにある草原へとやってきていた。
「やぁっ!」
「きゅぴいいい!?」
エレインの細剣がホーンラビットを斬る。
最初期の俺よりもステータスが高いだけあって、手こずることなく倒していた。
依頼は五匹討伐とあったので、達成までそれほど時間はかからないことだろう。
一方で俺はと言うと、彼女の戦いを見ながら薬草を探す。
「あった。これだな」
思っていたとおり、薬草採取はめちゃくちゃチョロい。
なんせ俺には鑑定スキルがあるからな。
草原を見渡せばどこに何があるのか一目瞭然だ。
同時にステータス爆UPの材料となるプロン草とレム草も採取する。
町で購入したすり鉢に薬草を入れてゴリゴリ潰す。
あとは練り合わせて団子を作った。
本来なら傷薬ができるところだが、俺の場合は別の物ができるはず。
「こっちは終わりましたよ。あの、こう言ってはなんなのですが、さすがにラビットでは修行にならないと思うのですが」
「お疲れさん。じゃあ周囲を警戒していてくれ」
「話を聞いてください。確かに訓練をお願いしたのは私ですが、これでは強くなれる気が――なんですかその草団子?」
できあがった団子にエレインは興味を示す。
さて、予想通りの物ができあがったのか確認するか。
【鑑定結果】
飲み薬:ステータスUPの薬
解説:爆UPほどには上がらない薬かなー。同じくすっごく苦いから覚悟してねー。それと一日一個推奨も同じ。三個飲むと一瞬で天国逝けるよー?
爆UPにはならなかったか。
もしかすると草の量が前回と違ったのかもしれない。
だが、これで証明された。
確かに俺のセンスのなさは規則性を持っていることを。
条件さえそろえば同じ物を作ることも可能なのだ。
「これを飲み込め」
「え? これを私が?」
「そう。今すぐにだ」
後ずさりするエレイン。
だが俺はその分近づく。
「ちなみにこれはなんですか?」
「ステータスUPの薬だ」
「嘘ですよね?」
「本当だ。ほら、早く飲み込め」
渋々受け取った彼女は「ううううっ」と唸りながら涙目で草団子を見つめる。
よほど嫌なのか顔が青ざめていた。
意を決した彼女は団子を飲み込む。
「にがっ!? にがぃいいいいっ!」
彼女は地面を転がる。
クソ苦いだろ。分かるよ、俺も体験したからさ。
さて、ステータスはどうなったかな?
【ステータス】
名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)
年齢:18
性別:女
種族:ヒューマン
力:55→555
防:53→553
速:58→558
魔:42→542
耐性:46→546
ジョブ:姫騎士
スキル:細剣術Lv12・弓術Lv9・調理術Lv8・裁縫Lv19・栽培Lv18・カリスマLv15
称号:-
やった成功だ!
ステータスが上がっているぞ!
爆UPの半分ほどの上昇だが、それでも恐るべき薬なのは間違いない。
これで彼女との約束を果たすこともできそうだ。
彼女は自身のステータスを見ながらふるふると震えていた。
「ふぇぇええええええええっ!? ステータスが上がってる!?」
五月蠅いな。
もっと落ち着いて驚けないのか。
「なんでですか!? どうやったんですか!?」
「先に言っただろステータスUPの薬だって」
「でもそんな物があるなんて一度も聞いたことがありませんよ!?」
「じゃあ俺が初めてなんだろ」
彼女は絶句する。
それはそうとこの薬については口止めしておかないといけないだろうな。
俺にしか作れないと分かった以上はなおさらにだ。
「よし、次は上がった力の確認だ。手頃な魔獣を狩るぞ」
「は、はい!」
俺とエレインは草原のさらに奥を目指す。
「あれはなんだ?」
「歩きキノコです。ああ見えて意外に手強いんですよ」
草むらに伏せて窺う。
視線の先には一メートルほどの巨大なキノコが自分の足で歩いていた。
傘の色は赤に白玉模様。有名アクションゲームのスーパーキノコを想起させる。
「一人でやれるか?」
「大丈夫です。今のステータスなら問題ないかと」
彼女は細剣を抜いて、茂みから駆けだした。
それは一瞬だった。
下から切り上げるとさらに横に斬る。
キノコは十字に斬られてバラバラに地面に転がった。
「義彦! やった、やりましたよ!」
エレインはぴょんぴょんと嬉しそうに手を振っている。
仲間が強くなってくれるのは俺も嬉しい。
近づいた俺はしゃがみ込んでキノコの死体を拾い上げる。
【鑑定結果】
魔獣:歩きキノコ(一部)
解説:キノコ系魔獣の中では最も弱い種類だよー。見た目は弱そうだけど催眠効果のある胞子を飛ばすから要注意。生きたまま苗床にされるよー。毒はないから食用も可。
うえっ、こいつ生き物の身体で増えるのかよ。
しかも食用可って、食べた奴いるのか。
とりあえず薬術スキルで歩きキノコと検索をかける。
するといくつかのレシピが表示された。
俺はその中で気になる奴を探す。
「何をしているのですか?」
「レシピを探しているんだよ。せっかく素材を手に入れたし、なんか役立ちそうな物を作っておきたいだろ。悪いけどしばらく周囲を警戒しておいてくれ」
「了解しました」
眠り薬……痛み止め……初級ポーション?
確認すると傷薬よりも治癒効果が高いらしい。
これから先、冒険者を続けていくなら回復薬は必須だろう。
今はエレインもいる。
もしもの為に作っておくべきじゃないか。
と言うわけで俺は必要な素材をそこら辺から集める。
すり鉢に歩きキノコの欠片と数種類の薬草を混ぜてすりつぶす。それに水を加えて鍋で煮ると、ザルでこして液体だけを取り出す。あとは冷ませば完成だ。
さて鑑定スキルっと。
【鑑定結果】
飲み薬:強力睡眠薬
解説:これさえ飲めば朝までぐっすりー。何をされても起きないから服用するときはよく考えてねー。良かったね義彦!
ちがうぅううううううっ! 俺が作りたかったのはそっちじゃない!
ポーションだよ! ポーション!
そりゃあまぁ欲しかった物がタイミングよくできて嬉しいけどさぁ!
しかし、できてしまったものは仕方がない。
これはどこかで使用するとしよう。
俺は液体を二つの小瓶に入れて腰のポケットの中へ仕舞う。
「終わりましたか?」
「ああ、終わった。俺にはやはりセンスがない」
「?」
お前には分からないだろう。
この俺の苦労と悲しみは。
「これからどうしますか? 私としては引き続きステータスを上げたいのですが」
「逸る気持ちは理解できるが無理っぽいな。お前に飲ませたステータスUPの薬は一日一つが限度だそうだ」
「連続して飲むとどうなるのですか?」
「三個で死ぬとか解説には書いてあったな」
エレインはギョッとする。
考えてみれば当たり前の話だ。ここはゲーム的な異世界だが一応現実。ドーピングのようなことをすれば身体に大きな負担がかかるのは明白だ。二個飲んだ日にはどのような副作用に襲われるか考えるだけで恐ろしい。
「心配するな。一日一個を守っていれば変なことは起きないさ」
「ほ、本当に大丈夫なのですか?」
「強い薬にはリスクがつきものだろ。むしろ変な副作用がない分、あの薬はかなり上等な物だよ。得られる破格の効果を考えれば納得できるんじゃないか」
彼女は考え込むような表情をしてからうなずいた。
短期間で強くなる方法はこれしかないと確信したのかもしれない。
実際他に手段もないしさ。
「あ、ちょっと待っててくれ」
「?」
俺は近くのプロン草とレム草を採取する。
毎日飲めるように、今のうちに複数作っておくべきだと考えたのだ。
あとは爆UPの薬の調合を確認する為。
プロン多めでレムをその半分程度。
すりつぶしてこね合わせると完成だ。
【鑑定結果】
飲み薬:ステータス爆UPの薬
解説:ステータスが爆UPする。苦い。一日一個推奨で三個服用で死ぬ。
おい、幼女神ちゃんと仕事しろ。
解説が適当だぞ。
とりあえず同じ薬を二十個作った。
これでしばらくはこの薬を作る必要がなくなったな。
俺は一個服用する。
【ステータス】
名前:西村義彦
年齢:18
性別:男
種族:ヒューマン
力:1025→2025
防:1023→2023
速:1021→2021
魔:1030→2030
耐性:1028→2028
ジョブ:錬金術師
スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv60・薬術Lv60・付与術Lv60・鍛冶術Lv60・魔道具作成Lv60・????・????
称号:センスゼロ
うーん、強くなった実感がないな。
そもそもこの世界のステータスの基準が分からない。
俺がどの位置にいるのか不明すぎる。
「ステータスオール2000ってどれくらいの強さなんだ?」
「騎士として認められる最低ラインだったと思います。冒険者で言えばH~I級くらいだったはずですよ。言っておきますがE級以上は化け物の巣窟ですからね」
よし、毎日薬を飲むぞ。
おかしなトラブルに巻き込まれて死にたくないからな。
「そろそろ宿に戻りましょうか」
「ちょっと待った!」
俺は帰ろうとするエレインを止める。
「今日は別の宿に泊まろう」
「どうしてですか?」
「ほら、あれだよ、宿の布団が肌に合わないっていうかさ!」
「へ~、肌がねぇ……」
エレインは疑いのまなざしで俺の身体を観察する。
「そうはみえませんが?」
「ああ! それと俺にはあそこは寒すぎるんだよなぁ!」
「では店主に布団をもう一枚出してもらいましょう」
「うぐぐぐ……」
くそっ、俺にはあの宿を避ける為の方法が思いつかない。
綺麗だし値段は安いし飯も割と美味いし。
アレさえいなければ間違いなくあの町で最高の宿なんだよ。
分かってる。俺だって分かってるんだ。
「あ、あと少しだけ魔獣を倒して帰らないか」
「それはできません。もう夕暮れですよ」
「いやだ。帰りたくない」
「子供のようなことを言わないでください。さぁ、宿に帰りますよ」
強引に腕を引かれて俺は町へと戻る。
いやだぁぁああああああっ!
あの宿には幽霊がいるんだよぉ! 信じてくれよ!
「あの宿は私が見つけた最高の場所ですからね。義彦も数回寝れば虜になること間違いなし。いずれ系列店を作ってもらえるように店主と交渉するつもりです」
なんだとぉおおおっ!?
やめろっ! 増やすんじゃない!!
そんなことをしたらとんでもないことになるぞ!
宿の前に戻ってくると、例の女が俺の部屋から外を見下ろしていた。
その口角は鋭利に上げられ笑っている。
そして、俺の二日目の戦いが始まった。
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