二話 冒険者に俺はなる!
「私を調教してください!!」
俺は口に含んでいたものを一気に吹き出した。
な、なにいってるんだこの女!?
そういうのはちゃんとお互いのことを知った上で交際を始めてからやるものだろ! いや、結婚してからか!? とにかく見ず知らずの相手にお願いすることじゃない!
「お前はもっと自分を大切にするべきだ」
「義彦さん?」
「いいか、誰にそんなことを教わったのか知らないが、自分を安売りしちゃいけないぞ。そういうことは大切な相手にだけお願いするべきなんだ」
「え? え?」
エレインはきょとんとした顔をする。
可哀想に。きっとまともな相手とちゃんとした恋愛をしてこなかったんだな。
どんな奴がそんなことを教え込んだのかは知らないが、なんと羨まし――じゃなかった。なんと非道なのだろうか。
「ちょっと待ってください。私は今、なんと言いましたか?」
「調教してくれって……」
彼女は両手で顔を押さえて耳先まで真っ赤に染めた。
「ごめんなさいごめんなさい! 言い間違えました! さっきのはなしです!」
「でも真剣な顔で調教してくれって……」
「ふぇぇええええん! もうお嫁に行けない!」
なんだよ単なる言い間違えかよ。
調教って聞いて変なことを想像しちゃったじゃないか。
「本当は訓練して欲しいって言いたくて」
涙目の彼女はそう言った。
そして、さらに話を続ける。
「実はわけあって一刻も早く強くならなければならないのです。ですが、先ほど御覧になったとおり今の私はとても弱い。誰かに助けていただかないと、戦うことすらままならならないのです」
「だから鍛えてもらうってのは分かるけど、どうして俺なんだよ」
「思うに義彦さんの実力はかなりのものじゃないでしょうか。あの赤毛大猪の突進をいともたやすく止め、簡単に放り投げてしまう力。ただ者とは思えません」
ただ者じゃない俺なら短期間で強くしてもらえるかもしれないってことか。
分かるような分からないような話だな。
だが、それだけ藁でもすがりつきたい状況なのかもしれない。
たった一度命を助けてくれただけの見ず知らずの相手に、頭を下げてまで師事したいなんて普通じゃないからな。
「言っておくが強くできる保証はないぞ」
「構いません。覚悟の上でお願いしています」
うーん、どうしようか。
ぶっちゃけ俺に教えられることなんて何もないんだけどなぁ。
一番の近道はあのステータス爆UPの薬を飲ませることだが、もう一度アレを作れるかどうかも分からないし。
けど、もし仮にあの薬を作れたとして、彼女が仲間として活動してくれるなら俺には大助かりだ。
異世界生活のアドバイザーとして重宝できるし、色々と手助けもしてくれるかもしれない。それに何より美少女が常に近くにいるって点だ。転生してまで花のない乾いた人生を送りたくはない。
「分かった。俺がお前を強くしてやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございますっ!」
「ただし、どんな風に強くするかは俺が決める。それとやり方にも口出しするな。お前が俺を信じられないなら俺もお前を信じられないからな」
「はいっ! 義彦さんを信じます!」
満面の笑みでうなずく女騎士に呆れる。
素直すぎるというか悪意を知らないと言うか、この子ぜんぜん騎士に向いてない気がする。
やってることと性格が合ってないっていうか、妙にちぐはぐなんだよな。
「ごちそうさま」
げふっと俺は大皿の料理をたいらげた。
「すごい! あれだけあった料理を全部食べちゃうなんて!」
「俺って昔から燃費悪いんだよ。満腹中枢も鈍いみたいだしな」
食事を終えた俺達は店を出ることにした。
「それでこれからどこへ行くんですか義彦さん」
大通りを歩きつつエレインが話しかける。
「義彦でいいよ。さん付けだと気を遣うし」
「そうなのですか。じゃあ遠慮なく義彦と呼ばせていただきますね」
ニコニコとする彼女は可愛い。
こんな子と仮にも仲間になれるなんて夢のようだ。
俺の人生もまだ捨てたもんじゃなかったな。
「どこへ行くって質問だが、とりあえず仕事を探そうかと思ってる。できればモンスターと戦えて大金を稼げる奴がいいな」
「でしたら冒険者ですね。この先にある建物で登録ができますよ」
二人で大通りを進むと、木造の大きな建物が視界に入る。
ぶら下げられた看板には『冒険者ギルド』と書かれていた。
建物の中へ入った俺は思わず鼻をつまんでしまう。
「なんだこの汗臭さと酒臭さは」
ギルドの中は酒場のようなテーブル席があり、その奥には職員が並ぶカウンターがあった。
一画には張り紙をした掲示板があって、二階があるのか階段も見える。
「フフ、すぐに慣れますよ」
「死んだ魚の目になってるぞ」
エレインはカウンターに行ってギルド職員の女性に声をかけた。
幾度か言葉を交わし彼女が俺を呼ぶ。
「彼が冒険者になりたい方です。赤毛大猪の突進を受け止めて投げたんですよ」
「だとすれば有望株ですね。ぜひ我がギルドに登録していただき、大活躍していただきたいものです」
ギルド職員はにっこりと微笑んで一枚の紙を差し出した。
どうやらこれに個人情報を記載しなければならないようだ。
俺はこちらの文字で名前・性別・種族・ジョブなどを書いて提出する。
「はい、ではしばらくお待ちくだ――錬金術師!?」
ギルド職員は飛び出すかと思うほど眼を見開いた。
エレインも驚いたような表情で俺を見る。
「あの……なにか問題でも?」
「錬金術師って生産系ジョブの最上級クラスですよ!?」
「ああ、そうなんですか」
「そうなんですかじゃありません! 国内でも錬金術師は数えるほどしかいない貴重な存在! つまりこんなところにいていい方ではありません!」
女性職員の剣幕に俺はたじろぐ。
俺がやっていたゲームでも生産系ジョブは錬金術師が最上位だった。
五つのジョブをマスターしてようやくなれる難易度高めのハイクラスである。
だが、それでも錬金術師は腐るほどいた。
なんせ俺がやっていたネトゲは数百万人が参加していた国内最大級のゲームだったからだ。
故に貴重などと言われても、まったくもってぴんときていなかったのだ。
「錬金術師であの強さ!? 反則です!」
「べ、別にいいだろ錬金術師が強くたって!」
「ギルドで喧嘩をしないでください! 追い出しますよ!」
「「…………」」
冷静になった俺達は、職員を説得してなんとか登録することとなった。
「はい、これが冒険者カードです。身分証明書にもなりますので無くさないでくださいね」
受け取ったカードは免許証ほどの大きさで、鉄のような材質でできていた。
表面には名前などの個人情報が刻まれ、左上には『J』と大きく記されている。
「冒険者は評価に応じてランクが上がるシステムです。ランクはA~Jまでと十段階存在し、上がれば上がるほど受けられる依頼の幅も増えて行きます」
へぇ、十段階もあるのか。
よくある小説みたいに四つか五つくらいかと思ってたよ。
でも上る階段が多いのは嫌いじゃない。
冒険ってのは頂点を目指す過程が楽しいんだからさ。
冒険者となった俺は早速掲示板へと向かう。
「いろんな依頼があるんだな」
「お勧めはホーンラビット狩りですね」
ホーンラビットは俺が戦った角付きウサギのことだ。
予想通り最も弱い部類に入る魔獣らしく、依頼書にはJランクと記されていた。
そんな相手に負傷して逃げられた俺って……。
思い出すとちょっぴり悲しくなる。
「ちなみにランクってどうすれば上がるんだ?」
「地道に達成依頼を積み重ねるか、上のランクの魔獣を立て続けに狩ることですね。注意しておきますが、Aランクの魔獣をいくら狩ってもIランクにしか上がりませんからね」
どんなに強くても数段飛ばしは認められてないってことか。
でもそれでもギルドにおいての評価は上がるはずだ。
ランクアップもしやすくなるに違いない。
そう言えばエレインのステータスってどうなのだろう。
弱いって自分で言っているからにはかなり低いんだろうな。
鑑定スキルで彼女のステータスを覗けるか試してみる。
【ステータス】
名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)
年齢:18
性別:女
種族:ヒューマン
力:55
防:53
速:58
魔:42
耐性:46
ジョブ:姫騎士
スキル:細剣術Lv12・弓術Lv9・調理術Lv8・裁縫Lv19・栽培Lv18・カリスマLv15
称号:-
なんだこれ……つっこみどころが多すぎだろ。
まず名前。もしかしてエレインって偽名か?
お次に身体能力の数値。初期の俺より高いじゃねぇか。
最後にジョブ。姫騎士ってなんだよ。
「姫騎士……」
「!?」
びくっとエレインの身体が跳ね上がる。
「……みたいだよな、エレインってさ」
「そ、そうなんです! よく言われるんですよ!」
冷や汗を流しつつ彼女は硬い表情で笑う。
短期間で強くなりたいとか言ってるし、複雑な事情があるのかもしれない。
ま、本人が話したくないのならそれでいいけどさ。
俺としては異世界でのんびり暮らせるだけの地位と金が手に入ればそれでいい。
ああ、あとやっぱり最高の冒険をしたいよな。世界中を回りながら超一流冒険者を目指してみたい。
そんでもって世界最強の剣士になりたいな。
いやぁ、異世界って夢がある場所だなぁ。
「依頼は明日受けようか。そろそろ宿も取っておきたいし」
「そうですね。私もそうするべきだと思います」
てことで俺はエレインが泊まっている宿を紹介してこらうことにした。
◇
「ここが私の泊まっている宿です。綺麗なのに値段がすごく安いんですよ」
「へぇ……安いねぇ……」
紹介してもらった宿は一言で言い表すなら幽霊屋敷だった。
外見は綺麗だがどんよりとした空気が漂っていて、本能が足を踏み入れてはいけないと叫んでいた。
伽椰子でも出てきそうなヤバさだ。
「ここは私が見つけた穴場でして、不思議といつ来ても空室なんです。おまけに暑い日でも涼しくて、正直ここ以外に泊まる気がしません」
ちらりと二階の窓を見ると、白い服を着た黒い髪の女性がこちらを見下ろしていた。
「ひっ!?」
窓から見下ろす女は俺を見て薄気味悪い笑みを浮かべる。
「ではチェックインしましょうか」
「待った待った! 俺はまだ死にたくない!!」
エレインに手を引かれて強引に宿の中へ。
受付カウンターでは痩せ細った老人がぼーっと立っていた。
「いらっしゃい」
「二名二部屋でおねがいします」
「二千ブロスです」
この世界では百ブロス百円だ。
てことは宿代は一人千円ということになる。
値段からビンビンヤバさが伝わってくる。
ただ、彼女が言っていたとおり宿は綺麗だ。
手入れが行き届いているのか埃は見られず、ちゃんと花瓶に摘み立ての花が飾られていた。
これで流行っていないというのはやはりおかしい。
「な、なぁ、二階に女性を見たんだが、客かスタッフなのか?」
「はて? 今は女性の客もスタッフもいなかったと思いますが?」
ゾクッと背筋が凍り付くのが分かった。
てことはやっぱりあの女は幽霊!? ひぃいいい!
「どうしたんですか? さっきから落ち着きがないですけど?」
「頼むから別の宿にしよう! ここは本当にヤバい!」
「?」
ダメだコイツ。霊感ゼロだ。
幽霊なんて一度も見たことがない俺ですら気が付くレベルなのに。
「何かあれば呼んでくださいね」
彼女はそう言って自室に入る。
だが俺は未だに入ることができないでいた。
なぜならあの女がいた場所がこの部屋だったからだ。
頼む、勘違いであってくれ。
本当は人間だったってオチを心から願う。
ガチャリ。
ドアを開けると窓際に白い服の女が立っていた。
彼女はじーっとこちらを見ている。
しばらくするとすーっと消えた。
「いやだぁぁぁぁっ! 別の宿に泊まりたい!!」
俺は涙目でベッドに伏した。
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