西暦2020年、東京都(その1)

此主このす公人きみとは真の冒険者だった(略)


生徒会の用事で休日に登校させられた公人は、与えられた仕事を早々に済ませると、とくに目当てもなく秋葉原に立ち寄った。


大型家電量販店に入っている書店に入り、中学の時に英語の教科書に載っていたO・ヘンリーの小説を「こんな話だったのか」とパラパラ眺めているとき、モバイルバッテリーが必要なことを思い出した。


下の階に降りて目的を果たし、ふとした気まぐれで歩いて帰ることを思いついたのはまだ体力の余裕があったからだろう。それに、わりあい見知らぬ道を歩くことを好む性質でもあった。


難しい道のりではない。昭和通りを南下し、永代通りに出てから東にまっすぐ歩く。ただそれだけである。メトロで言えば日比谷線から東西線に乗り換えるごく単純なルートだ。


永代通りはふだんならビジネスマンで溢れかえっているが、休日ともなると背広姿の人はまるで見かけない。たまにランニングする人に追い越されるくらいだ。


道すがら公人は、ビルとビルの隙間から覗く裏通りを横目に、その狭い通り道を抜けた向こうに別の世界が広がっていたら……というような妄想を抱いては、一瞬でそれを打ち消したりしつつ歩き続けた。


永代橋をやっと目視できるまでのところについたあたりになると、しんどくなってきた。やはり電車で帰ったほうがよかったか、それともいっそバスに乗るかなどとも考えはじめる。


しかしコンビニでスポーツドリンクを買っているし、もう道行きの半分は歩いたのだから、ここはやはりなんとしても歩いて家に帰ってみせようと思い直した。誰と競っているわけでもないのに、根が意地っ張りなのである。


一旦立ち止まり、スポーツドリンクのフタを開けて一口飲んだそのとき、左手にあるビルとビルの隙間が視界に入った。普段なら人が立ち入れぬように道を塞いでいるであろうステンレス製のフェンスが開放されていた。


ちょうど真横にいたので、身体はそのまま首だけ横に向けてフェンスの向こうに目を凝らす。奥は薄暗く影になっていてよく見えない。


いったいなにがあるんだろう。ちょっと入って様子をうかがってみようか……


そう思って、すぐさまその考えを打ち消した。こういうのなんていうんだっけ、そうだ炎上案件だ。身バレして自宅特定されて三角コーンとか送られまくるんだ。


まだまだ先は長い。スポーツドリンクのフタを閉めてまた歩きはじめようとした時、


「いま、『ちょっと入ってみようか』って、思ったでしょ」


視線を前に向けると、眼の前に壁のようなもの立ちはだかっていた。


そしてその背後?から女の子の声がした。けっこう可愛らしい声だ。


というか、それよりいつのまにこんなものが。


フェンスを見ていたのはせいぜい三秒程度。それまで視界にこんな大きな物を運ぶ様子はなかったはず。


「ねえねえ、入ってみようって思ったんだよね?」


声がぐいぐい迫ってくる。目の前の大きなものも心なしか迫ってきている気がする。


「い、いや、別に…特には……」


もごにょもごにょと否定しながら公人は一歩二歩三歩四歩と下がった。距離を置いたことで目の前の物体がなんなのかわかった。


緑色の扉だ。

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