西暦1900年、ニューヨーク(その2)
――などと考えていると、内側からかすかに衣擦れの音がして、扉がゆっくりと開いた。まだ二十歳にもなっていないような、顔立ちに幼さを残す娘が血の気のない顔でふらつきながら立っていた。
娘は弱々しく倒れ込むように体を傾けてきた。拍子抜けしたルドルフはあわてて彼女を支え、壁のそばの色あせたソファーに横たえた。こういうときに何をどうすればいいのか。あたふたしながらとりあえず帽子で彼女を扇いでみると、これが功を奏した(帽子の縁が娘の鼻にぶつかったからだ)。
娘はゆっくり目を開け、ルドルフの顔を見た。
ルドルフがそのとき見た娘の姿といったら――素直な灰色の瞳、愛らしく突き出た小さな鼻、えんどう豆のツルのような巻き毛で栗色の髪――彼女こそがルドルフの人生の本当の目的であり、冒険の終着点であるかのように思えた。
しかしその顔がひどく痩せて青ざめている。
「あの、私、気を失ってた?」彼女は弱々しく尋ねた。「ごめんなさい、三日なにも食べずにいたので――」
「なんだって!」とルドルフは叫び、勢いよく立ち上がった。「すぐに戻るから、待ってるんだよ」
彼は緑のドアから飛び出て階段を駆け降りると、食料品店やレストランで手に入れた品物を両腕に目一杯かかえこみ、二十分で戻ってきた。
食事を終え、一息ついてから彼女はささやかな身の上話を始めた。若い女子店員の不十分な給料――無茶なノルマや罰金――長い拘束時間と少ない休暇――あげく病気になればすぐ解雇――ついに希望も尽き果て、そして――この冒険者が緑の扉をノックした、というような。
都会ではありふれた話だが、美しい娘が語るとまるで一大事だ。ルドルフはすっかり同情した。
「君がそんなつらい目にあってきたなんて」
「本当に大変なことばかりだったわ」
「じゃあ君は、この街に親戚も友達もいないんだね?」
「ええ、一人も……」
「僕もこの世界でたった一人なんだ」少し間をおいてルドルフは言った。
「だったらうれしい」娘は即座にそう言った。自分の境遇を彼女が肯定的に受け取ってくれたことにルドルフは安らぎを覚えた。
「私、眠くなっちゃった」ふいに娘はまぶたを閉じて深いため息をついた。「でも、とてもいい気分」
ルドルフは帽子をとって立ち上がった。「おやすみを言うとしよう。今夜一晩眠ったらすっかり元気になるよ」
彼が手を差し出すと、彼女はその手を取って言った。「おやすみなさい」。そう言いながら、少し不安げな瞳が問いかけてくる。ルドルフは優しく応じた。
「明日には君が大丈夫かどうかまた見に来るよ。僕はそんなに簡単に用済みにはできないからね」
見送ろうとする娘の足取りはだいぶしっかりしていた。ドアのところまで来て、彼女はルドルフに尋ねた。
「でも、どうしてうちのドアをノックしたの?」
ルドルフは彼女を瞬間見つめ、例のカードのことを思い出し、心の中で嫉妬の炎が巻き起こるのを感じた。
もしあれが自分と同じような他の冒険者の手に渡っていたら……? そもそも、あの大男と、この娘の関係は……? だいたい、なぜあの大男は、自分ではこの娘を助けようとせず、ルドルフにカードを渡したのか……?
「うちの店のピアノ調律師がここに住んでるんだけど」とっさにルドルフは言った。「間違えて君んちのドアをノックしてしまったみたいだ」
誰それに指示されてここに来たなどと、絶対に言うべきではない。彼女の微笑みを目に焼き付けるようにして、ルドルフは緑の扉を閉めた。
落ち着け。さあどうする。
彼は階段を降りようとしてふと立ち止まり、何気なく周りを見わたした。そして訝しげな様子で廊下の突き当りまで行き、戻ってきてさらに階段を上った。ますます謎が深まった。
この建物で彼が見たすべての扉が緑色に塗られていた。
建物を出ると、カード配りがまだそこにいた。ルドルフは二枚のカードを手に彼に向き合った。
「どうしてこのカードを僕にくれたのか教えてくれないか、いったいどういう意味なんだ?」
カード配りは人の良さそうな笑顔を見せ、「ああ、あれだよ」と、通りの向こうを示しながら言った。
「でも、第一幕にはちっとばかし遅いかもしれんね」
彼が示した方に目をやったルドルフが見たのは、劇場入口の上にきらめく新作舞台の電飾看板だ。
『
「係員が俺に一ドルくれたもんでね、医者のに混ぜて劇の宣伝もちっとばかし配ってくれって。よかったら医者のカードもどうだい?」
帰路についた彼は、もはや自分がこれ以上の冒険を求める理由を持たないと確信した。
「結局同じことだ。運命が、僕に彼女を見つけるよう仕向けたんだ」
ルドルフ・スタイナーは真の冒険者だった。その素質を持っていた。
しかし彼はついに他の緑の扉に見向きもしなかった。それらの向こうに、何かあると思わなかったのである。
彼の物語はここで終わる。
そして百二十年の時が過ぎた。
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