西暦1900年、ニューヨーク(その1)

その点、ルドルフ・スタイナーは真の冒険者だった。


彼は毎晩のように街を出歩いていた。すぐ先の角を曲がったら、なにか見たこともないような不思議な出来事が待っているのではないかと考えるようなタイプだ。


そこになければ次の角、そこでもなければまた次の角……それで痛い目を見たことも一度や二度ではないのだが、まるで懲りない。


その日も、仕事を終えたルドルフは帰りすがら例によってぶらついていた。


歯科医院が入るビル前に、カードを配る大男がいた。宣伝フライヤーだ。しかしルドルフは歯医者に用などない。そんなことより冒険の手がかりだ。そのまま通り過ぎようとした。


ところが大男は巧みにルドルフの手の中にカードを滑り込ませてくるではないか。見事な手際ワザマエに苦笑しつつ受け取ったカードを何気なく見て、ルドルフは驚いた。


表面に三語「緑の扉ザ・グリーン・ドア」とだけ書いてある。


自分の前を歩く男がカードを放ったのが目に入ったので拾ってみると、そこには歯科医院の名前と住所や、おさだまりの診療内容、キャッチコピーがされている。


ルドルフは通りを横切って一ブロック戻り、人混みに紛れて何食わぬ顔でふたたびカード配りの大男に近づいていった。手の中に入ってきたカードをぞんざいに受け取り、十歩ばかり歩いてそれを見る。


最初のカードと同じ手書きの筆跡で「緑の扉」と書かれていた。


路面には、すでに三、四枚のカードが放り捨てられている。それらはいずれも裏白の面を上にしていたので、ひっくり返してみた。どれもお定まりの歯科医の宣伝が印刷されていた。


すでに述べたように、ルドルフ・スタイナーはちょっとしたことにもすぐ乗っかっていくタイプだ。冒険の妖精が二度も手招きする必要はない。


しかし今、その二度目がなされた。


もはや冒険が始まっていると考えるしかない。


ルドルフは念のため、また道を戻り大男に近づいていった。今度はカードを渡されることはなかった。それだけではない。ルドルフはカード配りから、冷徹で、ほとんど軽蔑のような一瞥を受けたように感じた。


そのひとにらみは冒険者の胸を刺した。ルドルフは、その視線から自分自身が基準に達しなかったことに対する大男の無言の非難を読み取った。


カードに書かれた不可思議な言葉の意味するところがなんであれ、この群衆の中から二度も受取人として選ばれたにもかかわらず、なにもできない機知も気概も欠けた奴と決めつけられた――ように思えた。


面白い。だったらやってやろうじゃないか。人の流れから抜け出したルドルフは、歯科医院の入る建物を素早く観察した。


地下にはレストランがあり、一階はすでに営業を終えた服飾品か毛皮の店。二階に問題の歯科医院があり、その他にも手相見、仕立屋、音楽家が入っているようだ。そしてそれより上の三階から住居用に貸し出されているらしい。


ルドルフは建物の中に入った。歯医者を始めとするテナントはおそらく今回のとは無関係だろう。彼は絨毯敷きの階段をふたつ上った。三階の廊下はふたつのガス灯によってかすかに照らされている――ひとつは彼の右手のかなり遠いところ、もう一つは彼のやや近く、左手にある。


その近い方の明かりを見たとき、弱々しい光輪のなかにあるが目に入った。


こんなにあっさりと。


彼はためらったが、それも一瞬だ。カード配りのあざ笑う顔が目に浮かんだ。ルドルフはまっすぐ扉に歩み寄り、覚悟を決めて迷わずノックした。


はたしてこの緑の扉の向こうに何が待ち受けているのだろうか。闇の賭博場か、盗賊団の根城か、できるなら勇気と愛を兼ね備えた者に見つけ出されることを望む美女とかがいいんだけど。


危険、死、愛、失望、嘲笑――はたして、ルドルフの向こう見ずな呼びかけに応じてくるのは、いずれであろうか。

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