第9話 妹の強襲。
あれから先輩とはなんだか気まずい。あんな意味合いがあったとは知らずに関節キスをしてしまうとは……。
廊下で会ったときに何か話しかけようとするが、のどにつまって言葉が出てこない。先輩からも俺を避けているようだ。
夏休みももう終わるというのに最も大きな宿題ができてしまった。
「ピンポ~ン」
インターホンを鳴らすでもなく、そう女の子の声で聞こえてきた。俺は101号室に住んでいるため、玄関に最も近いので必然的に俺が出ることになる。
全く誰だ。今は考え事をしているっていうのに。まぁみんなはタイトルで何となく察しがついていると思うが。
「はいはい、勧誘ならお断りです」
むぎゅ。
……むぎゅ?
「お兄ちゃん!!澪はさびしかったよ!!夏休みは必ず帰るっていうのに全然帰ってこないし、一日三回メールするって約束も三日しか守ってくれないし、あとあとほかには……」
「分かった!!もういいよ。……相変わらず俺と話すときはマシンガントークだな」
言わなくても分かると思うがこいつは俺の妹、高橋澪。
自分で言うのも変な話だが極度のブラコンである。家族以外とはろくに話せないレベルの人見知りである
澪は小さいころから俺につきっきりだったがいつからか恋愛対象として俺をみてくるようになった。
こう説明している今も腕に抱きついてきて齢よわい14歳とは思えない豊かな胸を押し付けてくる。
まぁさすがに肉親のハニートラップなんかにはさすがに引っ掛からない。……ホントだもん。
「おじゃましま~す」
「いいから俺の部屋に来いっ!!」
「いきなり大胆だね~、やっぱり高校生活で色々溜まってるんじゃないの~」
おいおい、いつの間にそんな言葉づかいを覚えたんだ……。そんなことよりこの状況を先輩に見られでもしたら……。妹だと説明すればいいが、今の関係性で落ち着いて説明できる自信が無いし、なによりもこのバカ妹が妹としてあるまじき行為を連発するため信じてもらえないかもしれない。
どうにかして外に連れ出したい……。あ、そういえば……。
「ここに市民プールの入場券が二枚ある。久々にお兄ちゃんと一緒に泳がないか?」
この前、麗華さんからもらった二枚の入場券が役立つ時が来た。
「いくいく!!……でも私水着無いや」
「それぐらい貸出ししてるだろ。そうと決まれば善は急げだ!40秒でしたくするから待ってろ」
「お兄ちゃん、そこまでして私と……。うれしい!!お礼に数えてあげるね!い~ち、に~い……」
なんとまぁ律儀なことに本当に数え始めた。あの名ゼリフを知らんのか。
それにしても澪とプールか……。何年ぶりだろう。久々にお兄ちゃんらしいことができてるかもな。
「お兄ちゃん、お待たせ~」
ミルクティーのように甘ったるい声で俺を呼びながら澪が歩いてきた。
「おう……。って!!なんでスク水ぅぅぅぅぅぅぅ!?!?」
俺ともあろう者が山頂なら確実にやまびこしてたであろうほどの大声を出してしまった。
「急に大きい声出したら迷惑だよ、お兄ちゃん」
「……ああ、すまん。でもなんでスク水?」
「お金がないから中高の卒業生から寄付してもらってるんだって」
なるほど。だから武蔵はよくここに通ってるのか。「筋トレっすよ」とか言ってたけどホントの目的はこれか。
「お兄ちゃん早く~。冷たくて気持ちいいよ~」
澪は準備運動もせずにもう回転プールに入ってバシャバシャと水しぶきを立てている。
夏休みだというのに客は俺たちを含め、指で数えるほどだった。この町の過疎化状態を改めて知らされた。
「足でもつって溺れても助けないぞ」
俺は入念に手足を伸ばし、体をほぐしながら澪に忠告をした。
「私溺れないし~。しかも助けないじゃなくて助けられないでしょ」
そう、何を隠そう俺は正真正銘の『カナヅチ』なのだ。
俺はプールサイドで肌をこんがりと焼くことにした。澪は一人で楽しそうに遊んでいる。
黙っているとかわいい妹なんだがな。栗色の短い髪に、大きい瞳。俺とは似ても似つかない文句なしの美少女だ。
「キャアッ!!」
声がした方を咄嗟に見ると澪が本当に足をくじいたのか、溺れかけていた。
「澪!!」
気づいたら飛び込んでいた。泳げないなんてことは考えずただ無我夢中に澪を助けに行っていた。
「ゲホッ、ゲホッ!!大丈夫か!澪!」
返事がない。俺は迷わず人工呼吸を試みた。唇と唇が触れ合うその刹那。
「んんっ!?」
澪が抱きついてきた。反動で唇同士が激しく重なり合う。まるでお互いを求め合うカップルのように。
「ぷはっ!うれしい!お兄ちゃんが自らキスをしてくれるなんて。しかもあんな激しく……」
「ふざけんなっ!お前溺れたふりしやがって!本気で心配したんだぞ!」
「あはは、ごめんごめん。でも、助けてくれたね」
澪はそう言うと今日一番、いや妹史上最高の笑顔で顔を染めた。
かわいい……。かわいいけど、でも俺の初めてが妹に奪われるなんて……。
こんなことがしれたら高橋家一番の笑いものにされる。なんとしてもこの事実は墓まで持っていかなくては。
「お兄ちゃん、お待たせ~」
また澪が炭酸の抜けたコーラのように甘い声で俺を呼びながら歩いてきた。
あたりはもう夕暮れでオレンジ一色になっていた。
「お兄ちゃん、今日は疲れちゃったからおんぶして~」
「ったく、しょうがねぇな……」
妹をおんぶして帰るのはいつぶりだろうか。柄にもなく昔のことを思い出していた。
結局かまってもらってたのは友達のいなかった俺の方なのかもな。
「あれ?お前今日どうやって帰るんだっけ?」
「お母さんがお兄ちゃんに泊めてもらえって言ってたよ」
……。
俺の災難はまだまだ続きそうです。
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