第8話 祭囃子に流されて。

8月ももう半分ほど過ぎ、暑さのピークは去り夜は肌寒さを感じるようになってきた今日この頃。

この町では毎年恒例の『阿良々木花火大会』が近づいていた。

俺も数年前までは妹と一緒に行っていたが、高校に入ってからはめっきり行かなくなっていた。

チームごとに作った花火を打ち上げ、審査員による評価で優勝者を決めるという独特のルールがあり、毎年県外からもかなりの観光客がおしよせる。



「タカナタ君、前の約束覚えてる?」

廊下で話しかけてきた先輩がなぜか上目使いで確認をしてくる。なんだか今にも泣きだしそうな感じだ。

え~と、どんなんだったっけ……。外したらやばいよな……。

俺はコンマ1秒ほどで頭をフル回転させて一つの答えを導き出した。


「え~と、あのあれですよね?お祭り一緒に行くってやつ……」


「ピンポンピンポン!!大正解だよ~。やっぱ覚えてくれてたんだねっ!!」


どうやら当たりを引いたらしい。九死に一生を得てホッと胸をなでおろした。


「それでね、阿良々木花火大会に行けないかなって……」


「いいですね!俺も久しぶりに行ってみたかったんです」


「やった!!約束ねっ!!」


先輩はとびっきりの笑顔で小指を差し出してきた。俺も小指を出し、絡め合い指切りをした。


少し力を入れれば折れてしまいそうな、そんな弱々しい指だった。



「タカナタ君こっちこっち!!」


待ち合わせ場所の駅前にある銅像の下で浴衣姿の先輩が手を振って呼んでいる。

周りを気にしないほどに大声ではしゃいでいる。何かいいことでもあったらしい。


「すいません、待たせちゃって」


「いや、全然!!今来たところだよ!!」


これ本来は男が言うべきセリフだよな……。しかもさっき電車の時刻表を見た感じ最低でも30分は待たせちゃってるし。もっと早く来ればよかったと後悔してももう時すでに遅し。


――それに。



「すいません、俺こんな普通の格好で来ちゃいました……」


「全然大丈夫だよ!!……その方が似合ってるし……」


後半がよく聞き取れなかったが気にしていないらしいのでよかった。


「それにしてもなんでわざわざ待ち合わせなんですか?一緒に出れば待たせなかったのに」


「そっちの方がデートっぽいでしょ!!」


「はぁ……」

確かによく考えればこれはデートなのか……。この間は三人だったからノーカウントとすると妹をのけて女子とデートというのは初めてかもしれない。そう思うと急に緊張してきて、手汗が滝のように流れてきた。


「行こ。花火はじまっちゃう」


「は、はいっ」


俺の初デートが先輩だなんて思いもしなかったぜ……。




「見てみて!!おいしそう!」


先輩がリンゴ飴を指差して目を輝かせている。さすがは県外からも観光客が来るだけあってたくさんの出店が軒を連ねている。ここは漢おとこを見せるところだ。


「おごりますよ。リンゴ飴一つとかき氷メロンシロップ一つください」


「あ、ありがとう」


「こんなの大したことないですよ」

決まったか。この間水瀬には恥ずかしいところを見せてしまったからな。今回は大丈夫そうだ。


「ここならよく見えるし、人も全然いないねぇ~。なんでこんな穴場知ってるの?」


「妹と来てた時に見つけたんすよ。妹が極度の人見知りなもんで人がいると落ち着かないとかいうんすよ」


「へぇ~、タカナタ君妹いたんだ。初耳」


「え、言ってなかったですっけ?……先輩なんか怒ってます?」


「別にっ!!!!」


絶対怒ってるやつだこれ……。なんかしたっけなぁ。やばい機嫌直さないと花火どころじゃなくなる……。


「先輩、このかき氷要ります?」


俺は餌付け作戦にでたのだ。食べかけのかき氷をスプーンですくい、先輩のほうに差し出す。


「え、ホントにいいの?」

なんだかモジモジしながらうつむいて尋ねてきた。お手洗いですか?とも聞けないしとりあえず質問に答えることにした。


「ええ、もちろん」


ひゅ~~~。


今年一発目の花火が上がる音がする。それでも先輩はうつむいたままだ。


「あの~……。要らないですか?」


ドオンッ!!

パクッ!!


「え?」


花火が夜空に満開の花を咲かせると同時に先輩がスプーンにかぶりついた。

頬を赤く染めながら口をかき氷でモグモグさせている。


「この責任絶対取ってよね、奏多君っ!!」


「え?責任?」


俺がそう尋ねるころにはもう先輩はどこかへ走り去ってしまった。久々の名前呼びだったな、なんか新鮮だ。


「でもあんな怒らせるようなことしたっけなぁ……」


帰ったら一目散に謝りに行こうと決め、帰路についたがそこで衝撃的なものを見てしまった。

来ていたカップルがところ構わず唇と唇を重ね合う、俗に言う『キス』をしていたのだ。


「おいおい……。いつからこんな祭りになったんだよ……。委員長がいたら気絶してるな」


こんなところに長居はできないと足早にその場を去っていると一枚のパンフレットが落ちていた。

この祭りのものだがそこには大きくこう書いてあった。



『最初の花火が咲くときに愛を誓うキスをする者たちは永遠に結ばれる!!』




俺は思い出す。そして理解する。なぜ先輩がかき氷を食べるのを躊躇ちゅうちょしたのかを。


先輩の言った『責任』の意味を。




「やっべ……」

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