第4話 委員長と覚悟。

「やっと着いたな……」


俺と水瀬はこの町最大のショッピングモールである「ケアキテラス」に来ていた。炎天下の中三十分程度歩かされた俺たちは額に汗をにじませるどころか、汗に額をにじませていた。しかしそんな気温とは裏腹に俺はとても清々しい気分でここまで歩いてきた。理由は火を見るより明らかだ。水瀬ほどの美少女を横にはべらせ歩くなどこれまで考えもしなかったことだからである。すれ違う男は必ず振り向き、道行く女は目を輝かせ写真をとっている。もちろん俺なんか眼中にないだろうが。


「奏多さん、ちょっとしんどいです……」


水瀬が汗をだくだく流しながらそういった。ずっと部屋で引きこもってたらこうなるのも仕方ないな。


「よし、じゃあカフェで休憩するか」



カランコロン。


「いらっしゃいませ~。こちらの席に……ってうえっ!?」


女性の店員が対応してくれたと思ったら突如素っ頓狂な声を上げた。そっちをみると見覚えのある顔があった。


「い、委員長?」


そこには俺らのクラスの委員長である、大西七海おおにしななみがカフェの制服姿で立っていた。


「白亜ちゃんと奏多君……?どうしてここに……」


どうしてってお茶しにだろ、と心の中でツッコミをいれるだけで我慢したがなぜあの超絶真面目委員長が禁止されているバイトなんかをしているのかきになった。前にもいったが双高は進学校なので特例以外はアルバイトの一切を禁止しているのだ。


「確認するがここでアルバイトしているのか?」


「ちっ違うわよっ!!これは……その……あれよっ!!!」


相変わらず嘘下手すぎるだろ……。

委員長はキリリとした眉毛、少しだけツリ上がっている目からうかがえるように自分にも他人にも厳しいタイプだ。宿題をしない俺にも時々かまってくれるから好印象だったのだが……。


「なにか特別な理由でもあるのか?話したくなければいいが」


俺は聖母マリアのように優しい声で問いかけた。しかし、委員長から返ってきた答えは意外なものだった。


「私にとっては大事なんだけど、何度学校に申請しても許してくれないの……。夏休みは時間があるからって内緒で働き始めたんだけど……。まさか初日でバレるとはね」


「俺らは学校に言ったりしないが、やっぱりその理由は知っておくべきだと思う。聞いていいか?」


これまたナイチンゲールと見間違うほどの優しさで確認をした。


「それもそうね……。わかった話します。マスター、少し休憩もらいます」



それから委員長は全部話してくれた。お母さんが病気になってしまったこと。親は離婚しているため父親とは疎遠で生活費でいっぱいいっぱいで将来の夢である役者になるために通っている教習所のお金を払えなくなり、働き始めたこと。




「そんだけの理由があって許可しない学校ってやばいな」


「あんな校則おかざりよ。結局バイトなんてさせる気がないんだわ」


委員長は崩れ落ちるように机に突っ伏した。



「委員長さん、なら虹色荘にくればどうですか?」


それまで口を開かなかった水瀬から衝撃の一言が発せられた。


「お金で困っているんでしたら、ちょうどいいと思います。もともと安い家賃を割り勘ですし」


「冗談でしょ……?私があの変人集団の中で精神を保てると思うの?」


住人の前でよくそんなこと言えるな・・・。


「まあでも真面目委員長があそこに入ること自体が無理だよな」


「ここでアルバイトをしていることを学校に言いつければあるいは……」


珍しく水瀬が口角をひきつらせ下手くそな笑みを浮かべた。


「悪魔っ!!魔王っ!!ひとでなしぃ~~」


委員長は涙を浮かばせ水瀬にカワイイ罵声を浴びせた。



「でも……贅沢いえる状況じゃないものね……。わかった明日校長先生に頼みに行くわ、虹色荘に行きたいって」


「マジか……」


申し訳ないが本当に頼むとは思っていなかった。毎日宿題やらされそうなんだが……。



カフェでの休憩を終え、俺たちは買い物に戻ったのだが……。もう小一時間は悩んでるぞ。水瀬は同じように見える機械を何度も見直し華奢な首をひねっている。やっぱり一流の仕事道具ということでかなりのこだわりがあるようだ。てか俺が一人で来てたらどれ買ったらいいのか絶対わかんなかったな……。


「お待たせしました。これに決めました」


満を持して大きな箱を持って水瀬が歩いてきた。ここはちょいとカッコつけるかっ。


「かなり遅れたけど入荘祝いで俺がおごるよ。いくら?三千くらい?」


「ありがとうございます、税込二十三万円です」


「二っ二十万!?!?俺の仕送り何か月分だ……」


「いいですよ。自分で買います。自慢ですけどかなり収入があるので」



自慢なのか……。それにしてもなめてたわ。そりゃプロが使う機械だもんな。

そう、つい忘れてしまうが水瀬はこの年齢にして世界が注目するプログラマーなのだ。



「変人の集まりとかいってっけど、俺だけなんにもないよなぁ」


虹色荘の面子は何も理由がなくあそこに住んでいるわけではない。武蔵も音楽で片足を既にプロの世界に踏み込ませている。彩音先輩は全国レベルのバレー選手で、麗華さんは看護師になるための勉強に集中するため虹色荘にすんでいる。俺だけなのだ。何も目標がなく、ただぐだぐだあそこで過ごしているのは。


「俺だって何かしなくっちゃなぁ。このままじゃホントに何もない青春だぞ……」


入道雲が立ち込める夏の空を見上げてつぶやくが、しかしどこか他人事のように感じてしまう。

なぜ一生懸命になれるのか、汗を流し命を削れるのか。ずっと疑問に思ってきた。色々なことを広く浅くやってきたがやはりどれも趣味程度で終わり、結局辞めてしまう。そんなことを続けていたらいつのまにか高校二年の夏になっていた。



「……さん!!……たさん!!」




遠くで声が聴こえる。いや、すぐ耳元で声が聴こえている。


「奏多さん!!なにボーっとしてるんですか?」

水瀬が息のかかる距離で首をかしげていた。


「あ、いやすまん。ちょっと地球と俺の未来について考えてた」


「なんですか、それ。そんなことよりあの行列、なんでしょう?」


水瀬が指差す先には長い行列ができており、壁に立てかけられた看板に文字が書いてあった。


「……人気イラストレーター高木四郎講演会?」


「有名な方ですか?」


水瀬がなにか言っているのは聞こえるが、俺はそれに答える前にもう走り出していた。



うるさい蝉の声が今は歓声に聞こえる。暑くてうっとうしい太陽も自分を照らすスポットライトのように思える。





夏の暑さのせいか、自分でも胸が高鳴っていくのが感じ取れた。

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