3-5
あんは赤く揺らめく瞳で翔を見、翔はその妖しさにどきりと心臓が跳ねる。あいが鉄骨をゆっくりと舐め上げると、舌が触れたところから徐々に熱を帯びる。あんは大きく息を吸い、まるでスイカの種を庭に飛ばすように…小銭は鉄骨に突き刺さる。
「な、あ…ど、どうなって…?!」
翔は混乱が最高値に達し、もはやメーターが振り切って一周していた。
「ほい、あいあんお手製釘バットかんせ~い」
あいは釘バットと呼ぶにはあまりにも物騒な鉄骨を男に向ける。男は負ける気がしないのか、ニタニタと悠長にあいとあんを眺めていた。翔はこの空間に一人だけ置いていかれてる気がしてならない。
「あの~、能力使い始めたら多分キメラをブチのめすまで返事してくれないんで、質問はそれからのほうがいいですよ。」
翔が振り返ると、信人がまもるを簡易的に手当てをしながら少し呆れ気味に答える。
「誰かさんに似て基本的に人の話なんか聞こえてないんで。」
「さら…息子にひでーこと言われてんぞ…」
「お約束だけど父さんだわ!瀕死でボケなくていいから!」
「まもちゃん、お願いだから黙って。死んじゃうよ…」
さらはまもるの頬を濡らす血をハンカチで拭いながら、自身の頬を涙で濡らす。
「うわ…こんな美しい涙流す妻置いて死ねねぇ…」
「じゃあ黙んなよ。」
「信人マジ誰の子…冷たすぎ…」
まもるはガクッとさらの腕に脱力する。さらの腕の中で双子を見ると、その瞳はしっかりと男をとらえていた。
「あいとあん、頼むわ」
男はチキチキと爪をこすらせ、あいとあんに振りかぶる。するとあんは口に残っていた小銭をプッと男の目に吹き付ける。焼け付く十円玉は直撃した目を焦がし、強烈な痛みを叩き込む。思わずうずくまる男の頭上にはもう、あいが待機している。
「くそががあ!」
なりふり構わず腕を振り回す男の手をあんはひらりとかわし、いびつに伸びた爪を踏みつけへし折る。
「おめーのがクソだわ。」
あいは悪態とともに強烈な一撃を男のコメカミに打ち込む。この世のものとは思えぬ絶叫に、翔はヒッと信人に抱きつく。信人は翔に構うことなく、姉の闘いを注視する。
本当は少しでも役に立ちたい。だが、苛立った二人の中に入ることなど、虎の檻に自ら入るウサギのようなものだ。あいとあんの闘い方を見て吸収するのが今できる精一杯の仕事だ。
「もうくたばったのかよ」
「スライム並みじゃん?」
「経験値ザコじゃん?」
「こんなんじゃレベル上がんねーよ」
「見くびるなよガキ共」
むくり、と男はそう言って上体を起こす。顔面は潰れ、首はあらぬ方向にネジ曲がっているが、血走っていた目は冷静にこちらを見ていた。あいは眉間にシワを寄せ、はあ?と鉄骨を肩に担ぐ。
「普通に喋れるんなら最初からそうしてくんない?」
「生物兵器め、お前らは知らないだろう。人間は最後に生きたいと悪あがきするんだ。」
「俺は家族を失い、仕事を失い、もう無くすものはない。なのにお前らに殺されるのは惜しい。」
「こんな姿になっても生きたいと思っている。不思議なものだ。だが命乞いをするつもりもない。痛みは感じないが、もう終わりなんだろうな」
男はまもるを見つめる。
「俺は全て失った。だからこそ生物兵器を完成させたかった。あの男のように、従順な生物兵器を…」
「従順とかウケる(笑)」
「初めて聞いたわ(笑)」
あいとあんはケタケタと笑う。そして、キッと男を睨む。
「私は生きたいなんて思ったことないよ。人間じゃないからね。」
あんの言葉に、翔は頭から冷水を被ったような感覚に陥る。
あらかた、察しはついていた。彼女らはこの醜い化け物と似たようなものなのだと。だけど信じたくなかった。
「だけど生きなきゃいけない。生きて闘わなきゃいけない。まもちが教えてくれた。"愛を知るものは全てを裏切っても愛に生きなきゃいけない"って。」
「その愛ってのは誰かを愛することじゃない。自分の世界を生きることだよ。自分は、自分のことを愛さなきゃ生きてる意味がないの。」
「私らは自分たちを愛してる。まもちも、さらちも信人も。」
「本当は人間なんかどうでもいい。でも、それを許したら自分を愛せない。」
「「生きるって、そういうものだよ。」」
あいとあんから交互に紡がれる言葉に、まもるは涙をこらえることができなかった。さらはまもるをきつく抱き締める。
「説教の好きな親子だな。よく似てる。」
男は乾いた笑いをあい達に向ける。
「誰も俺に説教するヤツなんて居なかった。ガキ以来だよ…大人になってから受ける説教もいいモンだな。」
男は手を拡げ、あいに頭を差し出す。
「俺も自分を愛せたら…なんて陳腐な台詞だがな。今は心の底から思ってる。どうしてもっと早くにお前らに会えなかったんだろう。それだけが悔やまれるよ。」
「私たち、来世は頑張って人間になるよ。そしたらまた説教してあげる。」
男は薄く笑い、あいは大きく鉄骨を振り上げる。
「ありがとう」
翔は信人の腕に顔をうずめ、今後一生聞くことはないであろう撲殺音を頭の中に響かせていた。
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