非実体フェチじゃない人はもう息するな

ちびまるフォイ

大事なものは目に見えない

非実体フェチの人に待望の雑誌が発売された。


「これが……空気グラビア!! やっと手に入れた!!」


転売業者たちがこぞって買い占めたので入手するのに時間がかかった。

それでも正規の方法でなんとか手に入れられないものかと

毎晩流れ星に手を合わせながら願ってついに手に入れることができた。


「ごくり……」


震える手で空気グラビアのページをめくった。

なにげない街角のグラビアが美しく掲載されていた。


「ああ、なんて……なんて美しい空気なんだ! ナイスエア!!!」


横で見ていた実体フェチの友人は呆れていた。


「……何がいいのかまったくわからない」


「こっちのセリフだよ。実体のなにがいいんだ。

 女を見て鼻息荒くするなんて考えられないね」


「大きな胸とか、セクシーな首筋とか見ておおって思わない?」

「変わってるなぁ」


「お前だよ! この風景写真のなにがいいんだよ!」


「感じないのか、この空気の対流が!

 空気の美しさ羽目で感じるものじゃなく想像して頭で感じるものなんだよ」


「目で見えて触れるもののほうがいいだろ?」

「野蛮人め」


お互いの話は一歩も譲らない平行線。

空気グラビアの良さもわからない人間とは話さずに

同じ趣味の同志とこの美しさを共有したいと思った。


「おお、すごい! いいなぁ、この空気!」

「この光の入り方もナイスだよね」


「だろだろ」


SNSで知り合った同じ非実体フェチの仲間と空気グラビアを見せあった。

自分ではなかなか手に入らないものも仲間となら共有できる。


「聞いた話なんだけど……今度、空気ヌードが出るらしい……」


「「 なんだと!? 」」


口の中がつばでいっぱいになった。


「空気ヌードグラビア……それは見たい……!!」


「この話、実体勢には話すんじゃないぞ。

 また買い占められたら大変だからな。ひっそりと待とう」


「ああ……わかった」


空気ヌード発売日の予定を明け、クリスマス前日の子供のようにわくわくしながら待った。

作戦は成功し難なく空気ヌード雑誌を手に入れたときには涙が流れた。


「よ、よし……」


家の鍵をしめ、窓を閉ざし、カーテンを閉める。

外からの音の一切を遮断して精神を集中して服を脱ぐ。


全裸で空気ヌードの1ページをめくった。


「……え、エクストラナイスエアーー!!!」


鼻血で失血死しかけた。

ページにはサーモグラフィであわらになった空気が載っている。


空気の谷間や流れるような曲線もつまびらかになっている。

今まで想像で補完していた部分すらも明らかにされている。


「なんて……なんてエアーなんだ……!!」


この美しさと色気を表現するだけの語彙力がない自分がもどかしい。

ますます非実体の沼に肩まで浸かったのがわかった。


空気の美しさに気づいてしまうと、

この世の中に生きる実体物は見にくく汚らわしく見えてくる。


「こんな生物に空気を汚されたくないな……」


実体物どもに触れてしまうだけで嫌悪感さえわいてくる。

はやく家にかえってまた舐めるように空気を眺めたい。


と、足早に帰っていると一枚のチラシが空気に運ばれてやってきた。


「なんだ……ライブのお知らせ?

 また売れない地下アイドルの……んん!?」


ライブの告知チラシではあったが実体はなかった。


【 堂々デビュー! 清純派空気アイドル・エアちゃん! 】



「く、空気アイドルだとぅ!? 行くしかねぇ!!」


もはや雑誌越しの逢瀬では耐えられなくなっていた。

実体物どもに汚されていないキレイな空気が見たいという願望が日に日に募っていた。


清純派空気。


こんなにも心を満たしてくれる5文字が今まであっただろうか。

ライブ当日、会場には小太りのおじさんがひしめき合っていた。


普段はこんな実体物を見ても嫌悪感しか湧いてこないはずが、

自分と同じものを好きな空気フェチだと思っただけで、肩を組んで二人三脚できるほど親密な存在に感じる。


『それではみなさんお待たせしました!

 空気アイドル・エアちゃんの登場です!!』


会場が暗転する。次にスポットライトがあたったときには

ステージにガラスケースが運び込まれていた。


「エアちゃーーん!!!」


ガラスケースには清純派空気が詰め込まれていた。

その透明感と汚れを知らない美しさに胸がいっぱいになる。


会場に音楽が流れ始めるとマイクがガラスケースに近づけられる。


リズムに乗せてガラスケース内部の風音がスピーカーに流れる。


「歌ってる! エアちゃんが歌ってるよぉ!!」


ファン発狂。

あまりの感動に過呼吸になってしまったり、

我を忘れてサイリウムを頬張ってしまったりで倒れる人が続出した。


俺はそれでもなけなしの自制心で意識を保ち、ステージで歌う空気アイドルを脳裏に焼き付ける。


「ああ、なんて……なんて尊い存在なんだ……!!」


2曲目がはじまると、我慢できなくなったファンがステージに上り始める。


「お、おい!? 何をする気だ!!」


ファンはガラスケースの一部を割ると、そこに口をつけてケースの空気を思い切り吸い込み始める。


「や、やめろ! エアちゃんが! エアちゃんが!!」


慌てて止めようとするも、それを見たファンがバッファローのようにステージへと駆け寄る。


「ずるいぞ! 自分だけ!」

「俺もエアちゃんを吸わせろ!」

「エアちゃん! エアちゃーーん!!」


ガラスケースを叩き割ってファンは内部の澄んだ空気を吸い上げていく。

呼吸によってどんどん汚されていくエアちゃんをただ見ているしかできなかった。


「やめてくれ!! エアちゃんを汚さないでくれーーーー!!」


 ・

 ・

 ・


「……なるほどな、そういうことがあったのか」


「聞いてくれてありがとう。なんか少し楽になったよ」


「もう空気なんて嫌いだと言い出したときには何事かと思ったよ」


実体フェチの友人は笑っていた。


「もう空気みたいに見えないものなんか好きにならない。

 やっぱり見えるものじゃなくちゃな……」


「まあ、ある意味よかったじゃないか。ショック療法さ。

 これでお前も形があるものが好きになったってことだろ?」


「……は? そんなわけないだろ?」

「え?」


俺はおもむろに持ち歩いているペットボトルを取り出した。




「見てくれよこの水。透き通るような肌と美しい水泡。

 やっぱり水はいいよなぁ。この美しさは水にしか出せないよ!!」

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