第5話 覗いた先
今日の友人はどこか上の空だった。大丈夫だろうか。心配してバイト先に行っても私に気付かなかった。上の空だった。
心配でバイト終わりに家を訪ねた。
『いつも一人で静かな家にいるのは寂しい。」
そう言っていたから。一人にしてはいけない気がしたから。
「出て、こない…?」
インターホンを押しても何の反応もなかった。
「留守かな…。」
帰ろう。そう思ったとき、窓が閉じられるのが見えた。友人だった。目が合ったのにすっと中に入ってしまう。
何かがおかしい。どこか虚ろで寂しそうな目をしていた。
一人にしてはいけない。強くそう思った。
きい。
門扉がきしむ。いけない。そうわかりながらポーチを歩く。
ガチャリ。
鈴の音とともに玄関が開く。
「鍵、かけていないの…?」
恐る恐る家を覗く。心臓が飛び跳ねる。少し、苦しい。
「ごめん。勝手に入っちゃうよ?居る?…よね。」
なんの反応もない。電気もついていない。ただ、少し独特な家のにおいがする。友人のにおいだ。
「誰。」
冷ややかな声が掛けられた。友人だった。
「あ。えっと。勝手に入ってごめん。何だか今日はいつもと違う感じだったから心配で。」
「そう。」
また冷ややかな声で返された。
何かがおかしい。機嫌が悪いのだろうか。勝手に家に押しかけて、鍵が開いているからと入っていった事が気に食わないのだろう。
「お茶でも飲んでいきなよ。」
いかにも機嫌が悪そうな表情から想像できない言葉がかけられた。
「え?いいの?」
じっとこちらを見つめる目。いつもと何かが違う。冷ややかなのに、目が離すことができない。
「折角来てもらったんだ。お茶ぐらい出すよ。君は友人だしね。」
友人。そう。友人なのだ。間違いなく目の前の人間は友人のはずなのに。違和感が、嫌な予感がした。
「じゃあ、頂こうかな。」
席まで案内される。暗い部屋を明るくするために電灯ではなく、何故か蠟燭(ろうそく)を友人は灯(とも)した。
しっとりと柔らかなソファー。揺れる影。独特のにおい。まるでどこか違う世界にいるようだった。
「どうぞ。」
ふわりと良い香りが漂った。
「いい匂い。」
家のにおいや雰囲気と合わさってクラクラする。
心配していた事による疲れがどっと押し寄せる。
「眠ってはいけない。」
そう思っているのに、いつの間にか瞼が重くなり心地よい眠りへと誘(いざな)われた。
かちゃり。と、金属の音が遠くに聞こえた。手首に感じた冷ややかさが、眠りにつく体温に心地よかった。
「君は最高の理解者になってくれる?」
そんな声が聞こえた気がした。
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