第4話 気づき

講義をすべて受け、バイトへとそのまま向かう。

クラブだのサークルだの部活だのそんなものには加入しない。理由は大きく三つある。

 一番の理由はお金がないから。次の理由は消費される時間でお金を稼いだ方が有意義だと思ったから。最後の理由は貯まっていくのが楽しいから。

 これだけ。金の亡者とでもつまらない奴とでも、賤(いや)しい奴とでも言うがいい。そんなこと言うやつらと違って圧倒的に自由に使えるお金がないのだ。交通費も通信費も、授業料も将来のための資金も。全て自分で用意しなければならない。

 「お金があれば。」

 幼い頃から何度も何度も口にした言葉だ。

 友達からの誘いはお金がないから断った。

 お金がないから家出を諦(あきら)めた。

 早く家を出たい。遊べる時間がたくさんある学生時代を捨ててでも。

 お金がいるんだ。お金が欲しいんだ。

 「すみません。」

 お客さんに話しかけられて目の前にいることに気が付いた。

 「すみません!何かございましたか?」

 「えっと、郵便局に行きたくて。近くにありますか?」

 「店を出られて、右に曲がって信号を渡って、そのまま行くと直ですよ。」

 「ありがとう。」

 「いえ。車にお気を付けください。」

 客はぺこりとお辞儀をして去っていった。

 何のためのスマートフォンなのだろう。手にしっかりと握りながら話しかけてきた。

 近くにあるかどうか調べたらわかるのではないのだろうか……。

 「おーい。もう帰っていいよ。残業になるよ。」

いつの間にか上がる時間になっていた。

「お先に上がります。お疲れ様です。暇だと思いますが頑張ってください。」

「ありがとう!暇つぶし頑張るね!」

 意味のわからない会話をしてから家に帰った。

 「ただいま。」

 誰もいない。静まり返った家。みしりと家がきしむ音がする。気温や湿度の影響で木がきしむ音。

 あまりに静まり返っているから、テレビをつけた。薄い画面が暗闇に眩しい光を放つ。辺りが光の色に染まる。画面の中に映る人はキラキラしていて、楽しそうで……羨ましかった。ああ。どんなに望んでも手に入らないものは入らない。お金も名誉も地位も権威も仕事も何もかも。

 気づいてしまった。いや。分かっていた。最初から。でも、目をそらしていた。認めてしまうと挫けてしまいそうだったから。自分が何のために生きているのか、何がしたいのか。何者なのかわからなくなりそうだったから。

 ぎしり、ぎしり、と、踏みしめる階段の板が鳴る。


 ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。

ぎしり。ぎしり。


嫌な音。嫌な音…。でも、聞き馴染みのある音。


 ぎい。重くはないのに、扉が重い音を立てる。

 扉を開けると、さあ、と、風が通り抜ける。今日の風はどうやら強いようだ。窓を閉めなければ。

 ぎしり。ぎしり。

 ぎい。ぎい。

窓さえもきしむ。大分(だいぶ)ガタが来ているようだ。

「ただいま。父さん。」

父は眠っていた。静かな家。静かな父。もう話さない母。この家は静かすぎるのだ。静かで偶にとてつもない焦燥感にかられる時がある。

ここに居てはいけない。ここから逃げたい。ここから出たい。ここに居たい。ここを離れたくない。

「父さん。母さん。ごめんね。」

謝罪の言葉は出るけれど、涙は出ない。

「本当に、ごめん。」


 空っぽの言葉だけがただ宙(ちゅう)に浮いていた。

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