第2話 夢
夢を見た。嫌な夢だ。自分自身が恐ろしい、いや、悍(おぞ)ましかった。
「ふう。」
ため息をつき寝床から身を起こす。
ミシリとなる床板の音。寝る前に開けっ放しにしていた窓から聞こえる、集団通学する小学生の騒がしい声。
「大丈夫。いつもの朝だ。偶々変な夢を見ただけだ。」
大学に通う準備をするために立ち上がり、洗面所へ向かう。
「正夢なら笑えないな。」
昔から正夢はよく見た。でも、忘れ物したとか、生徒時代にアルバイト先の研修の夢を見たとか。それぐらいだ。
「フラグ立ては良くない。うん。良くない。」
ふと、洗面台の鏡に映る自分を見た。酷い顔だった。
いくら寝ても消えない目の下の真っ青な隈(くま)。
ニキビやその跡のあるキメの無い荒れた肌。
「朝からブッサイクだな。おい。」
ぽたり、と滴が額から頬を伝い、顎先から垂れる。それをグッと拭い、タオルで顔を拭く。悠長に自分の顔なぞ見ている暇はない。急がないと学校に遅れてしまう。
朝食を食べずに歯を磨き、バタバタと階段を駆け下りる。
「行ってきます。」
誰も何も言わないけれど。そう言って出かける。帰ってきたときは
「ただいま。」
だ。そう育てられてきた。
「お礼と謝罪と挨拶がしっかりできるようになりなさい。食事をするときは美しい所作で、綺麗に好き嫌いせずに食べなさい。」
これが母の口癖だった。
おかげさまで、人として最低限のマナーを身に着けることが出来た。と、思いたい。
母は黒く艶やかな黒髪、これが鴉(からす)の濡羽色(ぬればいろ)の髪、濡(ぬれ)鴉(からす)と言うのかと思った。それほど美しい髪を持ち、日本人離れした深い彫りを持っていた。そんな母の最も特徴的、いや、魅力的であったのは深淵に誘(いざ)うかのような黒くて不思議な、蠱惑的(こわくてき)な瞳だ。
そう、母は持って“いた”。
母はもう、居ないのだ。何処にも。ずいぶん前に自分を置いて消えてしまった。
悲しかった。悔しかった。母を繋ぎとめることが出来なかった。
憎かった。恨めしかった。母に子を捨てさせる結果をもたらした父が。
でも、父も母も嫌いには結局なれなかった。
二人のことを愛していた。いや、今でも愛している。
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