第39話 センパイだからこそ

 午後の授業が終わると、天と真波は早速仕事に取り掛かった。

 手書き、ところどころ殴り書きに近い文章を解読しつつ、天は入力を進める。

 真波は、プリントアウトされた書類をまとめて、ファイルにしまう。分担作業は、スムーズに行われた。


「ねえ、真波ちゃん、これはどういう意味なんだろう?」

「はい? ああ、これは……」


 細かいところの修正は真波に聞いて、なるべく文章が分かりやすくなるよう心掛ける。

 先輩面をするつもりはないが、次代に引継ぎ、残していくものは正確に仕上げておきたかった。


 タイピングの音が、二人きりの部屋に響く。ペラペラと書類をめくりながら、天は作業に集中した。


「真波ちゃん、今から印刷するけど用紙はまだありそうかな?」

「大丈夫っす。職員室からたくさん貰ってきましたから」

「会議三つ分の印刷をするから、分けていってもらえるかな?」

「任せてください!」


 印刷ボタンを押すと、プリンターがガコガコと動き出す。そちらは真波に任せて、天は次の議事録に手を伸ばす。

 冬休みに関する議題だった。休み中の、部活動について。どの施設をどの部活が使うかというスケジュールが主な議題だった。

 校庭、体育館は体育会系の部が、文化系の部はあてがわれた部室の使用時間を。読みながら、天は自分が冬休みをどう過ごしたかを思いだす。


 ほとんど家から出ていなかったと思う。本を読んだり、音楽を聴いたり。無趣味なので、熱中したものはなかった。

 一人きりでずっと過ごしていた。寂しさとあきらめが、天から活動力を奪っていた。

 そんな天が、今は仕事として生徒会の資料を作っている。

 自分の高校生活に、転機が来るとは思っていなかった。無能として、勝手にフェードアウトするものと信じていた。


 人生、何が起きるかわからない。そんな陳腐な言葉が浮かんでくる。

 やる気、というものが自分にあったとは。これも、海智留みちると真波のおかげなのかもしれない。


「天センパイ、まとめ終わりましたー」

「ん? ありがとう、真波ちゃん」

「へへっ、これくらいならアタシでもできますから。でも、天センパイは大丈夫ですか? 結構パソコン叩いてましたけど」


 パソコンを叩く、という表現に苦笑い。


「大丈夫だよ。でも、そろそろ下校時間かな?」

「あ、そうっすね。もうこんな時間かー」


 陽が傾き、夜が顔をのぞかせている。あまり遅くなると、いくら生徒会の仕事とはいえ教師から注意が来るかもしれない。


「今日はこれくらいにしておこう。続きは、また明日」

「了解っす」


 ファイルを保存して、パソコンの電源を落とす。ずっとキーボードを叩いていたからか、肩が少し重かった。

 肩を叩いていると、自分とは違う手が伸びてきた。


「真波ちゃん?」

「お疲れ様っす。肩くらい叩きますよー」

「あはは、ありがとう」


 トントンとリズムよく叩かれる。肩の力が抜けるとともに、気持ちも落ち着いてくる。

 そこへ、真波が少し弱いトーンで、


「あの、天センパイ、やっぱり迷惑だったりします?」

「そんなことないよ。俺が自分で言いだした仕事だから」

「いえ、そうじゃなくて……」


 トン、と真波の手が止まった。


「その、アタシが天センパイに手紙を出したこと、とか。今週一緒に出掛ける、とか」

「え?」

「アタシ、なんかアイツと張り合っちゃってますけど、無理やりとか、押し付けたりとかしてないかなーって」


 真波にしては、気弱な口調だった。


「そんなことないよ。驚いたりはしたけど、迷惑とは思ってないし」

「そうっすか?」

「むしろ、俺の方が迷惑かけてないかな? 真波ちゃんは、部活とかで忙しいでしょ? なのに、俺に付き合ってくれたりとか」

「そ、そんなことありませんよ!」


 天は、真波に好意を寄せられている理由が分からない。海智留みちるの件で麻痺しかけていたが、自分には人を惹きつける魅力など無いと思っている。

 だが、


「アタシは、天センパイじゃなきゃ嫌だっていうか、天センパイだからいいっていうか……」


 真波は、声を小さくしながらもフォローしてくれる。

 それを素直にありがたいと思い、言葉を作る。


「ありがとうね、真波ちゃん」


 振り向き、礼を言うと、真波は夕焼けよりも顔を赤くしてうつむいた。

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