第36話 引き継ぎ会議

 金子坂高校の生徒会室は、最上階、四階の隅にある。

 天も、まだ場所くらいは覚えていた。とはいっても、ここに入るのは数か月ぶり。中で何が待っているのか、聞いてもいない。

 ためらいつつも、気力を振り絞って、引き戸を開けた。


 中の視線が、天に集まる。


「来たか、会長」


 斉藤が、低い声で迎えてくれた。


 他にいるのは、会計の清水しみず、同じく会計の志島しじま、それと書記の真波だ。

 会計二人は、すぐに天から視線を外した。斉藤はいつもの冷たい目で、真波は心配そうにこちらを見ている。

 天は、右にあった手近な椅子に座ろうと思い、


「会長、君の席は、僕の隣だ」

「え? ああ、分かった」


 入り口から見て、奥の席に座る。

 学級机はコの字型に組まれていた。天から見て、右側に会計の二人が、左側に書記の真波がいる。斉藤は天の左隣だ。


「では、会議を始めようと思う」

「え?」


 まだ全員が揃っていない。あともう一人いるはずだ。


「三橋なら、生徒会から外した」


 天の疑問に、斉藤が素早く答える。


「先日の件は、申し訳なかった。僕が何の検証もせずに三橋を信じてしまったからな。軽率だった」


 横を見ると、斉藤が苦い顔をしていた。口調こそ知る通りだったが、斉藤がこんな表情を見せるのは珍しいことではないだろうか。


「今の生徒会は、これで全員だ、会長。会議を始めよう」

「……分かった」


 斉藤が素早く書類を回す。天の手元には、十枚近い紙が置かれた。

 書類には、文言が箇条書きされ、タイトルには、“次期生徒会メンバー選挙について”とある。


「例年に比べれば、いささか早いが、秋の選挙に向けての準備を行おうと思う」


 斉藤が、資料を読み上げる。


「メンバー枠は、会長一名、副会長一名、会計二名、書記二名。各自の手元には、引継ぎにあたって必要な書類を一覧した」


 そういえば、と天は思いだす。金子坂高校の生徒会は、一年単位で入れ替わる。選挙は秋、夏休みがあけてから。


「夏休みまでに、必要な書類を揃えたい。会計は、今までの予算案書類について。書記には、議事録についての確認を」


 そして、


「会長と僕は、各イベントについての流れ、方針をまとめる。それと、会計、書記の書類の精査もだ」


 会計二人はすぐさま返事をしたが、書記である真波はがっくりと肩を落としていた。書記は一人になってしまったため、負担が大きいだろう。

 真波は、最近なにかと天を助けてくれた。ならば、今がその恩の返し時ではないだろうか。

 意を決する。


「あ、あの、斉藤君」

「なんだね、会長?」


 強い視線に内心ビクリとはしたが、


「書記の仕事、手伝ってもいいかな? ほら、一人じゃ大変だろうし……」


 ちらりと見ると、真波が神を崇めるように手を組んでいた。嬉しそうだ。


「それは構わないが、君の負担が増えるだけだぞ?」

「うん、でも、俺は今までサボってばかり、だったし」


 後ろめたさが無い訳ではない。それに、昨日の、海智留みちるとのやり取りを思い出した。

 ここで何も言わねば、お飾りの会長にすらならない。

 

「ふむ」


 斉藤は少しばかり悩んだらしいが、すぐに、


「了解した。ただ、会長にはきちんと会長の仕事もやってもらう。それでもいいなら」

「うん、やる。やるよ」

「なら、もう僕が止めることはない。浜田君を助けてやってくれ」

「あ、ありがとう」


 真波が万歳をしている。


「仕事は、いつ取り掛かってくれても構わない。だが、六月半ばまでには仕上げるように」


 斉藤の締めの一声で、生徒会メンバーは動き出した。

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