高台と亀裂
しばらく行くと高く、辺りを見渡せそうな丘が右手に見えてきた。
「高台だ」
宗一が言う。
「高台だね」
りーなも応じる。
「どうする? 寄り道になるけど。まわりが見渡せるかも知れない」
「好きにすれば」
「……」
宗一は高台を無視して夢の穴の方向へ一直線に歩いて行く。
「行かないの」
「ああ、余計なところには行かない。夢の穴を目指して進む」
「それ、当てつけ?」
りーなは思わず立ち止まる。
「なんでそうなる?」
宗一もつられて立ち止まった。
「私が生徒会室の夢に勝手に入っていったことを非難しているんじゃ無い?」
「そんなことない。つーかそんなこと忘れてたし、関係ない」
「そう……?」
まだいぶかしむりーなに宗一はきっぱりと言う。
「お前は意見を出さなかったから、俺が勝手に決めた。……それだけだよ。それだけ」
そういうと宗一は高台を無視して歩きだした。けれどそれは間違いだった。
少し進むと二人は亀裂が走っているところに出くわした。亀裂は人三人ぐらいの幅があり、夢の穴への行く手を阻むように走り、見た限りではずっと先まで亀裂は続いているように見えた。
「こっちきたのは間違いだったな。ごめん」
「別に、謝らなくていい」
宗一の謝罪にりーなは言った。
「見た限り、亀裂はずっと広がっているな」
「そうだね」
「高台まで戻って通れる道か、亀裂の幅が狭まっているところが無いか探そう」
「無かったら?」
りーなの言葉はどこかとげとげしい。
「ネスの言うとおりこの辺りで過ごすしか無いだろうなぁ」
「……」
「そうならないことを祈っていてくれ」
宗一は振り返り、高台の方へ歩いて行く。りーなもそれにただ従う。そんな当たり前のことが繰り返される、と思ったその時だった。
「あ!」
宗一が叫ぶ。そしてりーなに向き直った。
「どうしたの?」
「お前さっきのこと忘れろと言ったよな。確かに言った間違いない俺の勘違いじゃ無い」
早口で独り言のように呟く宗一。
「それが、どうしたの……」
「だったら、おかしいだろ、さっきのことを忘れた俺が非難されるの!」
「何の話?」
話の内容がつかめずにりーなは宗一に聞く。宗一はいきり立っている。
「生徒会室の夢のことだよ! 俺は忘れてたのに、お前は当てつけだの非難だのしっかり覚えてやがって」
「それ、いま言うこと?」
「今、言うことだ! どーせ、俺はすぐに忘れちまうからな」
「……」
「畜生、忘れなきゃ良かった」
落胆したように宗一は下を向く。そして言葉を続けた。
「お前の気持ち、忘れなきゃ良かった!」
「大丈夫? 泣いてるの?」
心配そうにりーな。今の宗一は変だなと思ったし、それは自分の責任なんだろうなとも思った。
「泣いてない。ただ俺は、俺があのときいたかった名前は……、俺が好きなのは……」
「……」
ゴクリ、りーなは自然とつばを飲んだ。
「りーな、お前なんだ」
そして宗一はりーなへの好意をようやくぽつりと言った。
「その……、どういうところが? 好き、なの?」
おそるおそるりーなが聞く。
「その……、ずっとあこがれてたんだ。一緒の夢に出てくるお前に。でも恥ずかしくって言えなかった。いや言ったことがあるんだ。一度、両親に」
「それで?」
「お前もそういう年頃になったなって笑われた。俺は真剣だったのに笑われた」
「……」
「とても恥ずかしくって、顔から火が出そうだった。引っ越してお前に会った時はびっくりしたよ。でも、夢の中と現実は違うんだって、思った。なんて言えばいいんだ? 『夢に見てた頃からあなたが好きでした』って? そんなのは侮辱だ。現実を生きるお前への侮辱だ。だからあんなこと言ってしまった。お前を拒絶したんだ。ごめん」
「そう……。でも、私は傷ついたよ」
「ごめん……。それと、言っておかなくちゃいけないことがある」
「何?」
「俺は今の、現実のお前のことも好きだから。まあ今も夢見ているような物だけどさ。目が覚めたらこんな気持ち消えてしまうかも知れないけどさ。今の気持ちを言っておかなきゃいけないって、思った」
「ありがとう……。私も好きだよ。夢に見ていた時から、ずっと」
「……その後は?」
「……『夢に出てくるな』って言われた時は嫌な奴だって思ったけど、今の宗一君のことは、好きだよ」
「そう……か。なんか照れるな」
宗一の本気が伝わってきて、りーなは嬉くなった。ずっとここでこのままでいたいと思った。このままふたりで夢の世界で暮らせれば良いとさえ思った。けれど――。
「それじゃあ、この夢から、出なくちゃね」
りーなは言った。だからこそ、この夢から覚めないと。この変な夢から覚め、現実を生きなくちゃいけないとりーなは強く思った。
「ああ、いこうぜ、この夢に、本当の幸せは無い」
宗一はそう言い、二人は高台に向かって再び歩きだす。
結構な回り道をして高台まで登る。ここからだと地面を走る亀裂の様子がよく見えた。
「ずっと続いてるな……」
辺りを見回して宗一。
「でも、左手の側の方が幅が狭くなっているよ」
りーなの言葉だったが宗一は不安そうだった。
「このまま途切れてくれればいいけどな……」
「どうだろうね」
二人は意見を言い合う。しばらくあれこれ言った後。
「結局、行って確かめてみるしか無いよね……」
「そうだな……それしかないよな……」
二人の意見が合致し、とりあえず高台を降りて、左手の方へと向うことになった。
亀裂の所まで戻って左手方向へ歩く。確かに亀裂は小さくなっていったけれど、渡れるほどでは無い。と、りーなはある地点で立ち止まった。
「どうした?」
「ここ、飛び越せそうじゃ無い?」
「……」
りーなは指さしたのは亀裂が一段と狭まっているところだ。幅は人が縦になって一・五人分と言ったぐらい。
「そうだな……跳ぶか」
「どっちが先に跳ぶ?」
「お前先でいいよ」
「ん、わかった」
りーなはネスをまず先に向こうに放ると助走をつけてジャンプ。見事に亀裂を渡った。
次は宗一の番だが――。
「りーな、足!」
宗一が警告する。りーなは自分の足を見ると足下の地面が砂のようにさらさらと崩れている。
「跳べ!」
「どっちに?」
「どっちでもいい、早く、崩れる!」
りーなはこの体勢から後方――再び崖を越す方向へ跳ぶことはできず、さらに安全な場所――前方へ向けて飛ぶ。りーなが跳ぶ。ほぼ同時だった、いままでりーなが足場にしていたところがもろくも崩れ去ったのは。
ガラガラと亀裂に足場が飲み込まれていく。それは足場にしていた所だけでは無く、周りの地面も亀裂の下に滑るように落ちていく。土煙が上がり、視界が悪くなる。
そうして崖はとうてい飛び越せない幅まで広がった。宗一とりーなは亀裂のあちら側とこちら側で分断されてしまったのだ。
「宗一君!」
慌てて駆け寄ろうとするりーな。
「りーな! あまり亀裂に近づくな」
それを宗一は慌てて止めた。
「でも……」
「声が聞こえる位置にいればいい」
「うん……」
亀裂に飲み込まれなかったネスを拾い上げぎゅっと抱えるりーな。
「また渡れるところがあるかも知れない。少し亀裂にそって歩いてみよう」
「そうだね……」
二人は宗一が渡れるところが無いか探して亀裂に沿って歩き出す。
しばらく――いや、かなり歩いて。
「越せるところ見当たらないね……」
「うん、なんか言ったか? 少し離れてるから聞き取りづらくて」
りーなの呟きに宗一は反応する。が聞き取りづらい様だ。りーなに大声でしゃべるように頼む。りーなは大声で言った。
「越せそうなところ、見当たらないね!」
「逆にどんどん開いてる気がするな」
宗一は少し考え込み、大声で言葉を続ける。
「りーな、お前だけでも、あの夢の穴に行けないか?」
「そんな、離ればなれは嫌だよ!」
思わず亀裂のそばまで駆け寄るりーな。宗一が手で制止する。
「でもずっとこうしているわけにも行かない」
「それはそう、かもしれないけど……」
りーなはきゅっと唇を噛む。そして下を向いて呟く。
「夢なら宗一君と一緒なのに……」
夢? りーなは自分の思いつきに声を上げてしまう。
「そうよ、夢よ! 夢を見ればいいんだわ!」
りーなは亀裂の向こうの宗一に向かって大声で叫ぶ。
「え、今、俺たちが見ているのが夢だろ」
「違う違う。夢の中の夢。私たちのけんかの原因になった」
宗一は戸惑っているようだ。
「……よくわからない。説明頼む」
「えーっと、この夢の中で夢を見ると。見た後もしばらく空間が歪んで見てた夢には入れるようになるじゃない」
りーなはなんとかうまく説明できないかと頭を悩ませ、言った。
「たしかに。お前の夢に入っていけたな!」
「それって私のそばだけじゃ無くて宗一君のそばにも歪みが発生していたと思うの。それを利用すれば!」
「こっちから、そっちまでワープ、できる?」
宗一が怪訝そうに言う。
「きっとそうよ!」
「駄目だったら?」
「とにかく試してみましょ。駄目だったらそのときまた考えればいいわ」
りーなが言うと、宗一が実に不思議そうに呟く。
「しかし、なんか、夢みたいな話だな」
「夢だもん、しかたないよ」
二人は早速地面に亀裂を挟んで横たわり、それぞれ眠りに落ちようとする。しかし。
「眠れない」
「眠れないな……」
寝にくいのか二人ともモゾモゾと身を動かすばかりで、なかなか眠りに入っていけない。
やがてどちらともなく目を開け、体を起こして言う。
「ちょっと、無理かも……」
「でもここを渡るためだから寝ないとな……」
「でもよく考えたらさっき寝たばかりだよ」
りーなが言うと宗一も同意する。
「そうだな……」
「目をつぶっても外、明るいし……」
「うん、寝にくいな……」
「どうしようか」
「まあ、眠くなるまで待てばいいんじゃ無いかな」
のんきそうに宗一が言った。
「じゃあ、なんかお話ししてよ」
「俺がか?」
「うん」
「そうだなぁ……じゃあこんな話はどうだ?」
「こんな話って?」
「さっきの話。俺がりーなのことを好きな話」
「それって……」
「本気だから。消えてしまうかも知れないけれど、今の俺の本気だから」
「うん、ありがとう」
りーなは顔を赤らめる。
「この夢が無事に覚めたらさ、夢が覚めてもお互いの気持ち忘れないでいたらさ、俺たちつきあおうぜ」
「いいよ」
「そうか。ありがとう。りーなが住んでる辺りは何が有名なんだ、そこ行こうぜ」
「デートで?」
「もちろん。デートで」
宗一はうなずく。りーなは考えてみた。この辺りにデートスポットって何があるだろう? 特に思いつかなかったので宗一に言う。
「そうだなぁ、私いままでそんなこと調べもしなかったから、起きたら調べてみる」
「それと、りーなは山とか好きか?」
「うーんあんまり」
「そうか、俺は山登るのが結構好きなんだ」
「海は?」
「海もいいな、でもこの季節じゃ泳げないぜ」
「海行ってみたい」
「それじゃあ初デートは海に決まりだな」
「うん」
りーなは嬉しそうにうなずいた。海を宗一と見てみたいと思った。すると宗一は根亜子とを付け加える。
「それと温水プールも外せないな。この辺りにあるか?」
「あると思うけど……」
「お前の水着姿、夢で見損ねたからな。しっかりと見ておきたい」
「もー恥ずかしいよ」
「夢ではあんなに上機嫌だったのに」
「夢だからだよ……」
「それもそうか……。少ししゃべり疲れた」
「……それじゃあ眠りましょ」
二人は眠り、また同じ夢を見る。繋がる夢。架け橋となる夢を。
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