シチュー

 果ての無い黒い標(しるべ)が続く地帯。ネスを胸に抱くりーなはいい加減うんざりしていた。


「まだ続くの、ここ……」


「俺も嫌になってきた」


 りーなの嘆息に宗一が応じる。気分を変えるためだろう、宗一が言った。


「ところで、腹が空かないか?」


「そういえばすいたかも」


「なんか食べられるものがあればいいんだがなぁ」


「でも夢の中だよ。ご飯食べて意味があるのかなぁ」


「そうだよなぁ」


 すると、りーなの鼻にどこからか美味しそうな臭いが漂ってきた。


「ちょっとまって、これは、なんかの美味しそうな食べ物の臭い?」


「マジか。俺は感じられないけど」


 宗一は言うが、りーなにはこの臭いが何の臭いかわかってしまった。


「そうだ、お母さんのクリームシチューだ!」


 りーなは母の作るクリームシチューが大好物なのだ。パンで食べてもよし、白いご飯にも合う。夜は普通に食べて、朝はチーズを盛ってグラタンやお米を皿に敷いてリゾット風なんかにもする。


「きっとお母さんが朝ご飯を作っているんだよ」


 りーなが言う。


「それにしても、朝からシチューは重くないか?」


 目覚めを待つ間、宗一が疑問をなげかける。


「それはそうかもだけど……でも、おかしいな。お母さん朝にはシチュー作らないはずなのに……」


 りーなも不思議そうだ。


「しかし、現実世界の臭いがここまで届いた? まさか」


 そう言って宗一も鼻をひくつかせる。だが宗一にはシチューの臭いはどうしても感じられない。


「俺には何も感じられないぞ」


「それはともかく、なんか元気出てきた」


 りーなは姿勢を正し、夢の穴の方向を見た。


「一気にここを抜けちゃおう!」


 そう言ってりーなは歩を早める。


「おい、慌てるな。それにしても、臭いしないけどなぁ?」


 そんなことを言いながら宗一は後からりーなを追いかける。そうしているうちに墓標のようなが立っている所を二人は抜け出すことができた。


「シチューのおかげだね」


「だったらいいけどな」


 臭いがしなくなっても、りーなはまだなんとなく嬉しそうだった。


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