別れ


 りーなと宗一は病院に帰って、それぞれ夕食をとる。りーなの父親はとりあえず今日は帰るといって病院を後にしていった。まだしばらくの間はここに留まり、異星人の残した痕跡がなにか無いか、宇宙船はどこへ行ったか調べるんだという。


 代わりにりーなの母親がやって来た。午後に一度こっちに来たのだが、いなかったから何をしていたのか追求された。


「宗一君と同じ夢を見ないために、お父さんと一緒に異星人の基地に行って異星人を追い出してきた」


 本当のことを答えると、母親はやれやれといった様子で首を横に振った。どうも信じられない様子である。りーなは話題を変えることにした。


「ところでお母さん、シチュー作った?」


「ああ、お前が全然目覚めないからね。最初の夜だったか、おばあちゃんが好きな食べ物の臭いを嗅がせれば目覚めるだろうって言うことで作ったんだよ。結局目覚め無かったけどね」


「まだある?」


「冷凍してあるよ」


「退院したら食べる! それと、ありがとう! 夢の中で力になったよ! おばあちゃんにもありがとうって言っておいて」


「はいはい、だったらいいけど」


 りーなの母はやっぱり不思議そうに笑った。


 そして時間はあっという間に過ぎて面会時間は終わり。


「明日には退院できるんだし。心配はしてないんだけど。一緒に寝なくて大丈夫かい?」


「大丈夫。もう原因は取り除いたから、目覚めないってことは無いよ」


「それじゃあね。明日も退院の手続きとかでこっち来るから。お父さんも一緒だけどいいかい?」


「うん、ありがとう。面倒かける」


 それを聞くとりーなの母は帰って行った。


 そして、消灯の時間。りーなは少し緊張していた。


(もう、宗一君と同じ夢を見ることは無いんだね)


 りーなはそれが少し残念だと思っている自分がいることに気づいていた。


(けれど仕方ないよね。それに宗一君とは夢じゃ無くても、会えるんだ)


 りーなはそう考えると気持ちが楽になった。目を閉じる。山を登った疲れもあるのだろう、すっと眠りに入っていけた。



▽▽▽



 気がつくと、だだっ広い所にいた。何もない空に夢の穴、そして黄土色のどこまでも続く大地。ずっと夢で見慣れた景色。


「何? まだ夢世界は終わってないの?」


 りーなは思わず叫ぶ。すると二人の影がスッと現れた。一つは人間、もう一つはもっと小さい影。


「申し訳ありません」


「ちょっと話を聞くんだ、な!」


「ネスさん! それと技術者さん!」


 りーなが叫ぶ。確かに人影はその二人だった。技術者が口を開く。


「この夢が壊れるまで、しばらくあるので、こうしてあなただけに話をしようと思ったのです」


「宗一君は?」


 りーなが不安そうに尋ねる。


「あの人は、我々に対する敵視が強いので、この会話からは外して貰います。それにもうお二方は一緒の夢を見ないので、夢の中の彼を捕まえるのが大変というのもあります。どうかご容赦を」


「そう……。私に危害を加えるつもりはないのね」


「はい、それはもちろん。我々の宇宙船は第一宇宙速度で地球の周りを回り続け、第二宇宙速度――まあ二つともあなた方の言葉ですが――平たく言えばこの地球の重力から逃れる速度を出すために調整中と言ったところです」


 両手を上げる科学者。りーなは聞く。


「本当なの?」


「本当です。そうしないとあなたがた地球人に捕まってしまいますからね。今もいろいろな機関や組織が我々を探しているところですよ」


「そうなんだ……。そういえばこの夢、どうなっちゃうの?」


「それは……見てください」


 科学者は夢世界の一部を指さす。そこには――。


「ジゾログ!」


 りーなの叫んだとおりだった。科学者が指さす方、遙か遠くでモンスター達を背に乗せたジゾログがゆっくりと飛びはね、異星人達が作った夢の世界を穴ぼこだらけにして消している。夢世界はひび割れ、砕け、ゆっくり、溶けるように消えてゆく。


「ジゾログですか、な! それは私たちの世界での呼び方です、な!」


 ネスが言った。


「え? 本当はなんて言うの?」


「あなたがたの言葉で言えば、マグナ・マテル。夢の世界の女王。この地球圏で夢見る者全ての夢の太母――まあ平たく言えば、地球の共同夢ですよ。我々が作ったようなまがい物では無く、本物の」


 ネスの代わりに科学者が答えた。それを聞いてりーなの顔がほころぶ。


「やっぱり、地球って夢見るんだ!」


 りーながそう言うと、ネスと科学者は顔を見合わせて無言で笑った。


「それでなんでジゾログが夢世界を壊すの? 二人はそれでいいの?」


「いやいや、しかたありません、な! 夢は壊れる――覚める物ですから、な!」


「しかもここは我々異星人が作ったまがいものの夢。壊れるのは当然と言えるでしょう。惜しむことはありません。だれかが誤って落ちたら大変ですからね」


 りーなの問いに二人はそれぞれ言った。


「そう、か……。二人は――異星人たちはどうなるの?」


「また別の星を探すんだ、な! お前達の時間で約三十八億年前にこの星を観測した時は、住みやすそうに見えたんだが、な!」


「我々の種族一千万の民が、安んじて過ごせるところを今度こそ根気よく探すつもりですよ。今度は誰も傷つかない、新たな星に降り立てると信じています」


「共存とかは、無理だよね……」


「お優しいんだ、な! お人好しともいうんだ、な!」


 ネスが笑う。


「我々はあなたを二度と目覚めないようにしたのに」


 科学者もばつが悪そうだった。りーなはそれた確かにそうだとは思うが、きまりが悪そうに言う。


「でも、気後れがするというか、やっぱり気まずさが残って……」


「気にしないでください。当然の罰です」


「それに地球人達も、あなどれないんだ、な!」


「さっきも言ったとおり地球上のいろいろな機関が我々のことを探しています。捕まればただではすまないでしょう」


「そうなんだ……」


 りーなの言葉に科学者はうなずく。


「ええ、我々は地球人によってサンプル扱いはされたくはありません。あなた方をサンプルにしておいてこんなことを言うのは大変失礼なんですが」


「……」


 確かにそれは失礼な話だ。りーなは苦笑いをして二人のことを見る。そろそろ別れの時だった。二人は大きく手を振る。


「では、そろそろお別れの時間なんだ、な!」


「では最後にあなたに話せて良かった」


「話す時間をくれたるーに感謝なんだ、な!」


「えっ? るー?」


 唐突な名前がでてきてりーなは驚く。が、夢の世界は終わりを告げるみたいだった。視界がかすむ。ふたりの姿が消える。そして。


「話は終わったみたいね」


 天使羽根を背中につけたるーが静かにりーなの前に現れた。


「るー!」


 りーなは駆け寄る。


「るーは一体何者なの?」


「私は、あの人たちと同じ異星人よ。種族は違うけど」


「そう、……なんだ」


 驚きはさほど無かった。ただもう会えなくなりそうな、いやな予感だけがした。りーなは聞いた。


「るーの種族は何のためにこの地球にいるの?」


「いろいろと、ね。さっきみたいな異星人の不当な侵略からこっそりこの星を守ったり、地球人の進化を影で見守ったり」


 るーは優しく答える。


「何のために?」


「それはね。私たちはあなたがた地球人と本当の友達になりたいからよ」


「友達……」


 りーなは呟く。


「本当はね、あの柱を夢世界に送り込むだけだったんだ」


「柱?」


「ほら、夢の出口」


 るーが指さす。消えかけた夢にさんさんと輝く、夢の穴とそれを貫く柱。


「あれ、るーがやったの?」


「そ」


「すごいねえ」


「すごいでしょ」


 るーは笑う。りーなは聞いてみた。


「他にも色々してくれたんだよね」


「まあ、ね」


 るーは恥ずかしそうに言った。


「天からの声とか。ジゾログを喚んだりとか」


「うん、ちょっとやりすぎちゃった」


「なんで、そこまでしてくれるの?」


「だって、りーなとは親友だから」


「そうか、ごめん」


 りーなは下を向く。そんありーなにるーは優しく声をかける。


「謝らなくていいよ。きっとりーなも同じことしたと思う。たとえ正体がわかっちゃっても、罰せられても」


 その言葉でりーなはハッと顔を上げる。


「もう、るーとは会えないの?」


「また会いましょって書いたでしょ?」


「うん……」


 りーなはるーの置き手紙を思い出す。たしかにそうだ。そうだったのだ。りーなはうつむいていた顔を上げる。るーは笑っていた。


「だからまた会えるわ。きっとね」


「いつ?」


 りーなは聞く。


「いつになるかは、わかんない」


「さみしいね」


 りーなは言った。そっとるーの手を握る。


「そうね、さみしいわ。私も」


 るーも握り返してきた。


「どうしたら会える?」


「……」


 るーはりーなに微笑むだけだった。夢が消える。夢が覚める。


 そしてりーなは目を覚ました。


「あ……」


 いままで掴んでいたるーの感覚が無い。今まで話していたるーのぬくもりが無い。それがとても切ない。


「るー……」


 呟く。今日、自分の大親友は遠くへ行ってしまったのだ。たぶん遠く。ほんとうに遠くへ。すると宗一が慌てたようにりーなの部屋へ駆け込んできた。


「おい、りーな!」


「なに、宗一君?」


「俺たち、昨日は、同じ夢、見なかったよな?」


「うん……」


「どうした、りーな。なんか悲しそうだけど」


「悲しいんだよ」


「何が、そんなに悲しいんだ?」


「……秘密」


 りーなは不思議そうにりーなのことを見守る宗一の前で、それだけ言った。そう、これは、もう、自分だけの夢なのだ。

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