冒険


「もうすぐ、だと思いますよ」


 道を比較的覚えていた宗一の案内で、りーな、りーなの父親、宗一の三人はこの辺りでは『北山』と呼ばれている近所の山を登っている。そこは当然りーなと宗一が不思議な岩に触れたところである。


「疲れないかね。いきなりの山道で」


「荷物、少ないですし、大丈夫です」


「りーなも大丈夫か」


「うん、お父さん。ごめんね。荷物一杯持たせちゃって」


「なに、酸素はたいした重さでは無いよ」


 そう、三人は出発の前に登山ショップで真新しいピッケルと登山用の携帯酸素を手に入れていたのである。

もちろん二つとも登山に使うためでは無く、異星人の岩を攻撃するために購入した物である。


「すみません。でも日が暮れるまでにはつきたいです」


「しかし、酸素なんて何に使うんだね」


「天敵なんですよ。異星人の」


 りーなの父親の疑問に宗一が答える。


「ふむ、植物が酸素を生まない環境で生まれた異星人か。可能性としてはありうるな」


「……」


 りーなが黙っていると、宗一がこそこそっとりーなに耳打ちした。


「りーなの父さん、話が早くて助かる」


「あ、見えてきた」


 と、りーなが前方を指さす。宗一もほぼ同時に視界に捉えた。夢で見たのと同じだがかなりスケール感を縮めた岩である。


「改めて見ても変な岩だよね」


「触ってしまうのも無理ないよな」


 りーなが言い、宗一が応じる。


「これが異星人の基地かね」


 りーなの父が不思議そうに言った。


「たぶん言っていることが本当なら……。おい、出てこい」


 宗一が岩を軽く蹴っ飛ばす。


「大丈夫?」


「平気さ」


 宗一は言う。


「出てこないね」


「夢の通りなら裏側に隙間があるはず。……あったあった」


 宗一は裏側に回り、入り口を確かめる。そこは夢とは違いふさがれていたが、よく見るとハッチのようなものが取り付けられており、盛ってきたピッケルで破壊できそうだった。


 宗一は、ピッケルを片手にりーなの父が運んできた携帯酸素を見せつけるようにした。


「おい、お前ら、なんか言わないと、このハッチをピッケルでこじ開けて酸素をこの岩の中へ送り込むぞ」


 するとしばらくして返信があった。


「ガ、ガ……なんて野蛮なんだ、な!我々は平和裏に侵略をしようとしているのにお前達は野蛮なんだ、な」


「返事、できるじゃ無いか」


「ネスさんね、一応生きてて良かったというべきかしら」


 りーなが言うと、岩からでる言葉が少し丸くなった。


「これはこれは、まあ、機械を操っていただけですから、な。お二方は私の本当の姿も知りません、な」


「でも、無理矢理な侵略行為は人として見逃せないわ」


「地球環境もめちゃくちゃになっちゃうしな」


「ふん、果たして、どうでしょうか、な。今の生態系がお前ら地球人のせいで壊れて、夢を見ていた方がましだったと後悔しても遅いです、な!」


「嫌なこというよ、まったく」


 りーなが言った。


「口だけは減らないようだな」


 宗一も同意する。


「これが異星人か」


 二人してしかめっ面をしているとりーなの父が口を挟んだ。


「そうだよ」


 りーなは父に言った。


「なるほど、確かに痛いところを突く」


「お褒めにあずかり恐悦至極、なんだ、な!」


「だが、痛いところを突くだけなら容易いし、矢部君の言うとおり、現在の地球環境が壊れてしまうのを地球に住む者の一員として座して見過ごすわけにはいかん」


「で、どうするの?」


 りーなが聞いた。


「異星人か……。貴重なサンプル……と言いたいが、何よりもまずお前達は娘を危険にあわせた存在だ。とうてい許すわけにはいかん」


 そうしてりーなの父は宗一からピッケルを借り受けると岩に向けて言った。


「異星人虐殺の汚名は矢部君ではなくこの私が被ろう。さあ、このまま酸素で死ぬか娘たちを夢の世界から解放するか選べ! 異星人!」


「悪の科学者みたいなんだ、な!」


「そう言われてもかまわん!」


 きっぱりとりーなの父。


「だったら、しかたないです、な! ここはおとなしく、二人を解放するんです、な」


「でも夢世界から解放するってどうやって?」


 りーなの問いに、岩から新しい声が加わった。


「それは私から説明しましょう」


「技術者さん!」


「はは、こんにちは。簡潔に言えばすでにあなたがたは夢世界から解き放たれています。あなたたちが通ってきた巨大な迷路があったでしょう。あれが普通ならば孤立している夢を繋げたり、消えてしまう夢をとどめたりする回路――システムになっていたんですよ、ですがジゾログに壊されてしまったので、もうお二方は解放されたというわけです」


「なぁんだ。わざわざ急いで山登る必要も無かったって訳か」


 宗一が言う。


「そういうことですね。ただ直せばまだ使えるので早めにここを訪れたのは正解だと言えるでしょう」


「ふぅむ、夢を繋げたりとどめたりする回路か……そんなのがあれば見てみたいが」


 りーなの父親が考え込む。


「ははは、そこは秘密なんだ、な! 簡単に地球人に技術は渡さないんだ、な!」


「だが、どうする異星人。お前達がここに留まるなら、やがて様々な組織がお前達を調べようとするだろう。強引にお前達のことを調べようとする輩がでないとは、確約できんぞ」


 りーなの父が異星人に言った。


「つまりここからの退去を望むと言うことですね」


「それが一番、円満な解決方法、なんだ、な!」


「そうだな。今のうちに退去するのがお互いにとっても一番いいだろう。できるのか、異星人よ?」


 異星人たちの言葉にりーなの父親は賛同する。


「はは、それは問題ないのです、な! それにしても、地球人にしては話がわかる奴です、な!」


「私はただ、娘のためを思って行動しているだけだよ」


 りーなの父親が言う。


「では、お言葉に甘えて失礼するのです、な!」


 ネスがそう言うと突然、岩の下部が光り始めた。


「みんな、離れろ!」


 りーなの父が言う。りーな達は慌てて岩から距離を取った。光と共に白煙があふれ出し、岩はゆっくりゆっくり上昇していく。そして。


 ゴゴゴゴゴ。


 そんな音を立てながら、岩は垂直に登っていき、白い雲を引きながら、空の彼方へ消えていった。


「ふう」


 りーなの父は安堵のため息をつく。


「いいの、あれで?」


 りーなが父に聞く。


「いいんだ。あれで。……りーな、矢部君、帰るぞ」


 りーなの父は、岩が飛び去った後のくぼんだ穴を見つめて言った。


 そうして、現実での小さな冒険は終わりを告げた。


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