迷路
休憩を終え、また夢の穴に向けてしばらく歩くと、急に切り立った崖に出た。
身長が高いおかげでいつものように先に気づけた宗一は、少し先を歩くりーなに注意の声を出す。
「そこ、危ない!」
「……え、きゃ!」
ぼんやり歩いていたりーなは、急に出現した崖に足を取られそうになる。そんなりーなの手を宗一が駆け寄って掴んだ。引き寄せる。
「大丈夫か?」
宗一が言う。
「うん、ごめん」
「いいって、それより、見ろ」
宗一が空いた方の手で促す。りーなも崖の下の光景を見た。
「うわー! 何、これ!」
そしてりーなは思わず歓声を上げる。切り立った崖から下の景色が本当に良く見える。丸く削り取られた平らな盆地。その一面に規則的な紋様のようなものが描かれている。
「うーん、どうやらなにかの建造物みたいだな。それも人工的な。上から見るとほとんど迷路だけど」
と、りーなは盆地の異変に気づき、言った。
「見て、柱の根元が見える!」
言ったとおりだった。今までのような土煙は晴れ、下の部分まで視界はくっきり見えるようになっている。
「ホントだ。なんか、ただ柱が立っていると思ったら岩がある……」
宗一の言うとおりぼんやりと輝く岩が地面がそのまませり上がってるように、そこだけ隆起してるみたいになっていた。
「夢の穴を開けた柱はあの岩に突き刺さったみたいだね」
りーなも言う。
「あの岩、元からあったのかな?」
「わかんない」
「ところで、さ」
りーなが考え込んでいると、改まって宗一が聞いてくる。りーなは宗一の顔を見た。
「何?」
「なあ、あの岩、お前、見たことないか?」
宗一が塔の下の岩の部分を指さす。土煙が晴れて見えるようになった部分だ。少し考えてりーなは思い出す。あんな形のぼんやり輝く縦長の岩をりーなは実際に見たことがある。もちろん柱は刺さってはいなかったけれども。
「……。……ある!」
「現実世界で?」
「うん、現実世界で」
「やっぱりそうか! 南山でだよな!」
「北山でしょ」
宗一の言葉にりーなは口を挟む。
「そっちからは北かも知れないけど……」
「宗一君の住んでたところから見れば南の山か!」
「じゃあ」
「「同じだ!」」
二人の声が唱和する。そう、りーなと宗一は現実世界で同じものを見た、いや触れた記憶があった。
……。
……。
……。
それは初夏、中学になって初めてクラスで山を登った時。
るーとは別の班になり、一人道に迷ったりーなは偶然、あのぼんやり輝く岩を見て、何だろうと思い、おもわず触れてしまったのだ。
そのときは変な岩だと思っただけだけど。
ここにその岩がこうして夢の世界にあると言うことは、きっとそのとき何かあったのだ。
「宗一君は?」
「俺、前に話したと思うけど山登りが趣味で、南山へはよく行くんだ。そのときは学校が夏休みだったんだけど、いつもは頂上登って終わりにしてたのを、ふと思い立って、もう少し南の尾根まで行こうと思った。そしたら、道を外れちゃって、そしてこの岩を見つけて、触れてみた」
「宗一君も、さわっちゃったの?」
りーなの言葉に宗一はうなずく。
「別になんともなかったし、家には帰れたけど、思えばお前を夢に見るようになったのはそれからだと思う」
「私も宗一君の夢を見るようになったのは夏からだから、時期は一致するね」
宗一は力強く頷き、言葉を発した。
「よし、あそこへ行く理由がますますできたじゃないか!」
「うん!」
宗一の言葉にりーなは快活にうなずく。
「さて、それじゃあ、どうやってあの岩まで行こう?」
「とりあえずこの辺りをもう少し調べてみようよ」
宗一の疑問を受けて、りーなが提案する。
「それもそうだな」
宗一もそう言い、切り立った崖に沿ってしばらく歩く。すると下へ続く降り口のようなところがあった。りーなが言う。
「宗一君、ここから降りられるみたいだよ」
「よし、早速行ってみよう」
宗一とりーなは下りの坂をゆっくり降りていく。上から見ると迷路だった行く先も、だんだん坂を下って行くにつれて見えなくなっていき、やがて単純に広く平坦な場所に出た。見えるのは道とそれを囲む手を伸ばしても届きそうに無い壁。それと進む先に大きく見える高い高い柱だけ。
「ここが迷路?」
「ああ、上から見ると迷路みたいだったけど、こうしてみると結構道幅、広いな。それこそあの巨大な玉が通れるぐらいの」
宗一の言葉でりーなは思い出す。この世界の端っこで世界を広げようとしていた巨大な玉のこと。りーなは言った。
「あんまりあの玉のことは思い出したくないけど、あの玉がこの迷路を作ったんじゃ無い?」
「そうかもな。でもほら」
宗一は分厚い壁の辺りにしゃがみ込んで言う。りーなは近づいて聞く。
「何?」
「壁が垂直だ。玉じゃ垂直を作れない。どうしたって丸みを帯びている道になるはず」
「じゃあ、別の機械が?」
りーなは道中であった肩ぐらいしか無い小柄な機械たちを思い出す。
「うん、気をつけていこう」
宗一も同じことを思っていたのだろう、立ち上がって言った。りーなはうなずく。
……。
……。
……。
迷路を道なりに進んでいく。大きく見える岩に向かって進みたいが、なかなか道がそうさせてくれない。なんども行ったり来たりを繰り返しても、岩の姿が大きくなる気配も無い。りーなは聞いた。
「少しは進んでるのかな」
「そう思いたいけど、わからない」
「そうだね」
それっきり無言で迷路を進む。何も道しるべになる様なものはなく、ただ切り立った人を迷わす道があるだけ。
「なんなんだろうね。この迷路」
「迷路のつもりは無いのかも知れない。結果的に迷路になっただけで」
「え? よくわかんない」
「俺も。ネスならなんかわかるかもな」
「……。ネス、聞いてる?」
りーなは抱えているネスに聞いてみる。
「……」
ネスの返事は当然ながら無い。二人はまた黙々と歩みを進める。
……。
……。
……。
「ここ通ったんじゃ無いかな?」
かなり歩いて、突然宗一が言った。
「え?」
「確かに通った」
「どうしてわかるの」
りーなが聞く。宗一は首をかしげて答える。
「なんとなく」
「気のせいだよ」
りーなは明るく言ったが、宗一は気にしているようだ。
「そうかな……」
「疲れてるんだよ。少し休もう」
りーなは提案する。りーな自身も正直歩きづめで疲れていた。
「……そうだな」
宗一はうなずき、二人は足を止めた。二人して分厚い壁と、その先に見える岩と柱を見上げる。入ってきた時とあまり大きさが変わらない。宗一がやれやれといった感じで言う。
「ここに来ればなんか起きるかなって思ってた。でも何も起きないな」
「そりゃそうだよ。宗一君ってわりと適当だよね」
あきれたように、りーな。
「まあ否定はしない、けど」
「そういえばさ、迷路の攻略法って無かったっけ? 壁伝いに歩くだったかなぁ。そんな方法が」
りーなはそう口にするが宗一はそれを否定する。
「それはこの場合無理」
「え? 何で?」
りーなが聞くと宗一は説明した。
「壁伝いに入り口と出口がある迷路なら壁伝いに歩けば踏破できる。でもよく考えろ、この迷路は中心が出口だから。壁を伝うだけだとこの迷路を丸々一周歩き回されたあげく元の場所に戻されるだけ。それか別の進入口に戻される。中心にはいつまでたってもいけない」
「そうなの?」
「そうなの」
宗一は答えた。
「そっかー」
提案を否定され、なんだかりーなはどっと疲れてしまった。寝転がりぼんやりと壁を見つめる。高く分厚い壁。
「壁高いね……」
「そうだな」
宗一が相づちを打つ。
「壁の上広そうだね……」
「……」
もう宗一は答えなかった。
「……」
「……」
するとりーなはあることを思いついた。口に出して宗一に言う。
「この迷路の上って、歩けないかな」
「え?」
戸惑いの声を出す宗一。いや、りーなは自分の言ったことに驚いたのだ。けれどもだんだんそれが正解のような気がしてきた。思わず立ち上がり叫ぶ。
「そうよ。迷路の上を歩けばいいのよ!」
「え、どうやって登るんだ?」
「それは……私が宗一君の肩の上に乗ればいけないかな」
「……」
宗一はのそのそと立ち上がり、壁と身長を比べたり手を伸ばして高さを測ったりした。そして驚いたように言った。
「おお、いけるんじゃないか?」
「それじゃあ、早速やってみようよ!」
▽▽▽
壁のすぐそばで宗一はしゃがみ込み、りーなを肩に載せる。不安定な宗一の肩に乗ったりーなは壁に手をつき合図をした。
「いいよ、立って」
宗一は立ち上がる。りーなの視界がぐっと高くなり、もうすこしで壁の向こうが見渡せそうな感じまで高くなった。手を上に伸ばす。背伸びすること無く壁のはしにしっかり指をかけることが出来た。
「上見ないでよ、危ないから」
宗一が、無言で首を上に動かすのを足で感じ、りーなは言う。宗一の動きが止まった。
「わかった。それより、どうだ? いけそうか」
「うん、手を伸ばせば上れそう」
宗一の問いにりーなは答える。
「じゃあ立ってるからやってくれ」
りーなは力を入れて壁のへりをつかむ。そしてえいやと懸垂の要領で壁を登った。足をかけ体を壁の上に持ち上げる。そうしてりーなは転がるように壁の上に横たわった。ゆっくりと立ち上がる。すごく見える景色が高くなった感じ。今まで歩いていた下の道が暗く、ちっぽけなものに見えた。
と、ネスが壁の上に放り投げられる。下を見ると宗一がりーなのことを見上げていた。
「おーい、俺はどうする?」
「私が手を伸ばすからそれを掴んで」
「引っ張り上げるのか?」
宗一が聞く。
「それは無理かも。でもそれを支えにして壁のはしにつかまれないかな」
「……やってみよう」
宗一はりーなの言葉に従い、助走のために壁から下がった。りーなは支えのために壁の下に手を伸ばす。
「大丈夫か?」
宗一が確認する。
「うん、たぶん」
「わかった。行くぞ」
宗一はそういうと走り出し、壁際でジャンプするとりーなが伸ばした手を握り、同時にもう一度壁を蹴って上へジャンプ。そのまま壁のへりに手をかけてあとはスルスルと登ってしまった。
「ふぅ」
「すごい! 手に重さをほとんど感じなかったよ。びっくり」
「まあ、運動は得意だし」
はにかんだように宗一。りーなはそんな宗一を少し尊敬の目で見た。そんなふうに宗一のことを見ていると、視線に気づいた宗一がりーなを促す。
「それより行こうぜ。これなら楽勝っぽいし」
そう言って宗一は歩き出す。りーなもネスを抱えると宗一の後をついて行った。
広い迷路の上の道を歩く。道幅は広く、視界も開けている。
壁で閉ざされた下の道とは大違いだ。りーなは思わず言った。
「なんかずるしてるみたい!」
「はは、通っていた道が見える。なんかいい気分だ!」
宗一も壁のはしで下をのぞきこんで言う。
「ちょっと! 落ちないでよ?」
「へへ、落ちない、落ちない」
宗一は楽しそうにふらふらと迷路の上の道を歩いている。
やがて道は途絶え、下の道が上の道を横切っているところに出た。立ち止まり、宗一がりーなに聞く。
「どうする?」
「一度降りてまた登りましょ」
「面倒だけど、そうするしかないか」
二人は一旦道から降りて下の迷路に入ると、道を渡り、また協力して再び迷路の上に登った。そのまま先へ進み、上の道の果てで下の道に降り、また迷路の上の道に登ることを何度か繰り返す。
それを繰り返していると岩がどんどん大きくなり視界そのものが岩に埋まるくらいになった。それだけ一直線に伸びている上の道は下の迷路に比べて速いのだ。宗一が言った。
「登ったり降りたりはちょっと疲れるな」
「でもこの方法が一番だよ。それにほら、もう迷路の先、見えたよ」
りーなの言うとおりだった。もう迷路の先は見え、開けた先と岩の根元はもうすぐだ。二人の歩みは自然足早になる。と、唐突に前を歩く宗一が立ち止まり、言った。
「ストーップ! ストップストップ!」
「なによ宗一君」
「広場になんかいる!」
「え」
宗一の言葉にりーなは立ち止まった。そしてゆっくりと宗一の横まで並んで迷路の先を見た。
そこには右手に槍、左手に盾を持った足は人馬が一体化したような完全武装の鎧の騎士が何人もたむろしている。
「話が通じるような相手じゃ無いな」
宗一がまじめな顔をして言う。
「わからないよ」
「じゃあ、やってみるか?」
「それは、ちょっと嫌かも」
りーなは下を向く。と、宗一が低い声で言った。
「気づかれた」
りーなも今更ながら気づく。いままであさっての方角を向いていた鎧の騎士たちが一斉にこっちに赤い目を向けている。そして一人の鎧の騎士は威嚇のつもりだろうか前の足を高く上げ、同時に槍の先に光を集めはじめた。光が集まり球体をなしたところで、騎士はその切っ先を宗一達の方に向ける。
「何か来る!」
「降りろ!」
二人は叫び、慌てて道を飛び降りた。下の迷路に足と手をつけそのままごろごろと転がる。そして二人は見た。
二人が今いたところを騎士が放った太い光線がなぎ払っていくのを。
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