科学者

 二人は亀裂を超えてまた夢の穴に向けてしばらく歩く。すると宗一は誰かがこちらに近づいてくるのに気づいた。


「あれは誰だ?」


「……人?」


 りーなも気づいたようで前方を見る。


「こんな、何も無いところにか」


 不思議そうに宗一。


「近づいてくる」


 二人がどうしたものかと迷っていると人影は、どんどん近づいてきて、二人の前に立った。


「こんにちわ」


「どうも」


 宗一は頭を軽く下げた。


「こんにちわ」


 りーなも頭を下げる。そして人影に聞いた。


「あなたは何をなさっているのですか」


「私はこの世界を調べています」


「調べるって、夢世界を?」


 りーなが首をかしげた。人影はうなずく。


「はい、はたして人や動物たちがすむのに心地よいところでしょうか。心安らかに生きていけるでしょうか。どうでしょうあなたがたなら、わかるのではないですか」


「おじさんにはわからないの?」


「私には残念ながらわからないのです」


「なんで? おじさんは人間じゃ無いの」


「ははは、私はこの夢世界を作った科学者です」


「じゃあ敵か」


 宗一の目が鋭くなり、りーなをかばうように立つ。


「そうかも知れませんが、今は友好的な敵ですよ」


 科学者と名乗る男は両手を挙げるポーズをした。


「管理しているネスさんとは違うの」


 りーなは抱えているネスを科学者に見せるように動かして言った。


「所長をご存じ……、いや、何をされているのですか! 所長!」


 するとネスが突然にしゃべり出す。


「貴様も、大概、なんだ、な!」


「はい、すみません、すみません。すぐに仕事に戻ります」


「知り合いなの?」


 二人のやりとりを見てりーなが尋ねる。


「上司と部下の関係ですよ」


 科学者が言う。


「管理している方が偉くて作っている人が下なんだ」


 りーなは自分が科学者だという人影に不思議そうに尋ねる。


「世の中そんなものですよ。世知辛いですね」


「ふうん」


「で、どうですか、ここちいいですか? ここは」


「全然。楽しくないし、そもそもどう楽しめばいいのかわからない」


 宗一は警戒を解かずに言った。


「そうですか……。もっと人がいれば変わるかも知れませんね」


「そうとは思えないけど」


 宗一は相変わらず素っ気ない返事をする。


「……あなたはどうですか?」


 人影がりーなに向き直る。りーなはまじめに答えた。


「えっとね、ここはね、殺風景が過ぎると思う。もっといろいろな景色が見られれば少しは違うのか、なぁ?」


「なるほど。貴重な意見、感謝です」


 人影はぺこりと礼をした。宗一が尋ねた。


「なんで俺たちに聞くんだ?」


「この夢世界に生きてる人間はあなた方しかいないからですよ」


 すると、突然ネスが科学者に向けてしゃべりはじめた。


「おい、夢の中で夢を見るとその残骸がしばらく残るバグがあるんだ、な!」


「バグですか。困りましたね」


 科学者は本当に困ったように言った。


「いいや、このバグを利用してもっと退屈しない夢世界にできないのか、な!」


「ええっ、仕様変更ですかぁ。勘弁してください」


 科学者はさっきよりも困ったように言った。そんな科学者をネスが叱咤する。


「うるさい、うるさい、お客さんは退屈させてはいけないんだ、な!」


「はいはい。それでは! それでは! あまり余計なことをしていると仕事が増える!」


 科学者はネスをおいて二人の前から去って行った。二人はしばらく歩いて科学者が去って行った方を見る。


「もう見えなくなっちゃった」


「ただの人じゃ無いな」


「うん……表情とかよくわからなかったし。夢だからかなぁ」


 りーなは科学者だと名乗った男の顔を思い出そうとする。けれどもやがかかったように思いだせない。それは宗一も同じようだった。


「ついでに休憩にするか」


 考えつかれたように宗一が言う。


「そうだね……」


 二人は足を止め、座り込む。


「なんだったんだろうね、あの人。ネスの知り合いみたいだったけど」


「さあな」


 宗一は答える。


「ねえ、ネスさん、さっきの人、誰?」


「……」


 ネスはもう、何も答えなかった。

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