ふたたび 日常の話
「……」
ぐったりした様子のりーなは枕元の時計を見る。時間はいつもよりも早い。二度寝する気になれず、かといって起き上がる気にもなれず。りーなはぼんやり考える。
また宗一と同じ夢を見てしまった。
それも恥ずかしい夢を。
かなり恥ずかしい夢を。
宗一は自分の姿を見ただろうか。
水着姿を見ただろうか。
もしそうしたらとても恥ずかしいことで。
りーなの気は重くなった。
「はぁ……」
ため息一つ。起き上がり、りーなは学校へ行く支度をする。
「……ああ、宿題!」
そして宿題を忘れていることに気づき、朝の時間で急いで片付ける。
「これもみんなあのやな奴のせいだ!」
そんなことを思いながらりーなは手早く宿題を終える。おかげで今日の朝ご飯の味は良くわからなかった。ポテトサラダが美味しかったことぐらいしか。
そして登校し、自分の席でうなだれるりーな。しばらくすると大親友のるーが登校してきた。
「おはよ、今日は早いね!」
「るー!」
りーなは立ち上がりるーのそばまで来る。
「聞いてよ、るー!」
そしてそう言うと、そのままるーの体に抱きついてもたれかかった。
「どしたの、りーな」
突然のことにるーは驚いたが、でもしっかりとりーなの体を受け止める。背中を軽く叩き、りーなに聞く。
「また夢見た……イケメンの夢……」
「矢部君の? どんな?」
りーなは簡潔に昨日見た夢の内容を説明した。
「向こうも絶対同じ夢見てるよーっ! ……はぁ、気が重い……」
説明を終えると天を仰いでりーなは言う。けれどるーはどこか楽しそうな顔だった。
「矢部君と同じ夢かー。私はうらやましいけどなー」
「ぜーんーぜーん」
るーの言葉にりーなは口をとがらす。そして言葉を続けた。
「うらやましくなんてありませんー」
宗一に怒られるし、と、りーなは心の中で付け加えたが、るーは別のことに気づいたようだ。りーなの肩をポンポンと叩く。
「りーな、例の彼が登場だよ」
「え?」
言われてりーなは振り返る。すると、教室の入り口に宗一の姿が見えた。るーの方をくるりと向いてりーなは言う。
「ひょっとして私、怒られる?」
「怒りゃしないでしょ。夜に寝るのは当たり前なんだから」
「もし怒ったら?」
「私が、怒ってあげる」
るーは力こぶを作るとそう確約し、りーなと一緒に横目でそっと宗一の様子をうかがう。確かに宗一に怒るような様子は無かった。りーなを見ると確かにため息をついたが、後は何事も無かったかのようにおとなしく自分の席に座る。
「やっぱり向こうも同じような夢を見てるみたいだね」
なんとなく向こうの様子も察したるーが言うと、りーなはうなだれた。
「うん……。……? あれ、るー、どこ行くの?」
気がつけば、宗一にるーが近づこうとしている。りーなは驚いて声をかける。
「ん? 何だ?」
けれど、るーはもう宗一の席のそばだった。るーの存在に気がついた宗一が顔を上げる。そしてるーは宗一に提案した。
「ねえ、矢部君だっけ、あなた、りーなと同じ夢見るの嫌なら、私たちと協力しない?」
「協力?」
宗一がるーの言葉に首をかしげる。
「そう、協力」
「ちょっと、るー!」
『私を置いて話を進めないでよ!』と、りーなは言おうとしたが、るーに止められた。
「ほら、りーなも同じ夢は見たくないと言っているし……ねえ?」
「まあ、それは、そう、だけど」
どこか歯切れ悪く、りーなは言った。
「……そういうことなら、まあ、協力してもいい」
それを見て宗一はうなずきながら言った。
「じゃあ、きーまりー」
手を叩くような仕草をしたるーが明るく言ったところでホームルームのチャイムが鳴る。
「それじゃあ、詳しくは放課後にね」
るーは宗一に言い残して、自分の席へ戻っていった。
「……」
りーなは二人のやりとりをぼんやり見ていたが、やがて立っているのが、クラスの中で自分だけだと気がつき、あわてて自分の席に戻った。
そして放課後。三人はるーの誘いで校庭の隅に集まった。宗一は相変わらず女子の注目の的だったが、顔の広いるーが事前に周りの女子を取りなしたので、こうして人目を気にせずに集まることができた。
「貴重な時間だよ」
るーは笑って言う。そして話を切り出した。
「あれから考えてたんだけどね、まず確認しておきたいことがあるの。りーなにも矢部君にも」
「何を」
「何さ」
りーなと宗一は同時に言う。それをみてどこかおかしそうにるーは笑った。
「本当に二人が同じ夢を見ているかってこと」
「それってどういう意味?」
りーなが尋ねるとるーはうなずいて言った。
「夢の中にお互いが出てくることまでは聞いて知っているの。でも二人が見る夢がまったく同じかはわからないじゃない?」
「確かに、そうかも……」
りーなは言う。るーは『でしょう?』とでも言うようにうなずいて見せた。
「だから、りーなの方の夢の内容は私、もう聞いたから、今度は矢部君に聞きたいの。矢部君、昨日どんな夢を見たの?」
るーが宗一に聞くが宗一は困ったように下を向いてしまう。そして下を向いたまま言った。
「……ちょっと待て。そんな恥ずかしいこと、言えない……」
「えー」
りーなが不満の声を上げるがるーは少し考えて質問を変える。
「うーん、じゃあ私が質問するからイエスかノーで答えてくれればいいよ。それならできる?」
「まあ……それなら……」
宗一はまだ恥ずかしそうだったが、承諾する。
「決まりね。りーなもそれでいい?」
「うん……」
るーはりーなの了解を取ってから宗一に質問を開始した。
「じゃあ質問、昨日の夢で二人はプールに行った」
「……イエス」
「質問、二人は服の下に水着を着ていた」
「えーと、たしかイエス」
「質問、二人は恋人同士だった、もちろん夢の中だけの関係で、よ」
「……」
宗一が固まってしまった。けれどるーは容赦ない。さらに宗一に返答を迫る。
「答えて」
「……イ、イエス」
宗一は顔を少し赤らめて言う。りーなもなんとなく顔がむずがゆくなった。
「質問、矢部君はりーなの水着姿を見た」
「ノー!」
「ちょっと!」
りーなは質問を止めようとしたが、るーは意にも介さずさらに追求する。
「質問。本当?」
「イエス! 本当だって!」
宗一は天を見上げて叫ぶ。それを見てるーは笑った。りーなの方を向く。
「よかったね、りーな」
「それは、まあ、良かった、けど」
りーなは口をぱくぱくさせて、るーの言葉に応じた。と、るーがまじめな顔をする。
「それと、確実にわかったこと。二人はやっぱり同じ夢……見てるね」
「だから嫌なんだ」
吐き捨てるように宗一は言った。
「まあまあ」
るーが宗一をなだめる。
「それじゃあ、二人は同じ夢を見ているってわかったし、次は何で同じ夢を見るようになったかだよね。矢部君、何か心当たりある?」
「そんなこと急に言われてもなぁ」
困ったように頭をかく宗一。
「以前こっちに来たとか無いの?」
「俺はこの街来るのは初めてだよ。知り合いとかもいない」
「そう。りーなは?」
るーはりーなにも聞く。
「山向こうの街まで行ったことはないよ。もちろん向こうの街で知っている人なんていないし」
「うーん、じゃあ、何でだろうね」
「それがわかれば、いいんだろうけど……」
三人頭を悩ましてしまった。やがてるーが口を開く。
「じゃあ質問を変えるわ、今度は夢をいつごろから見始めたか。矢部君、わかる?」
「俺は良く覚えてない。そういうのって覚えているものか?」
るーの質問に宗一は答える。るーはりーなにも聞いた。
「りーなは?」
「私も、でもたぶん、夏頃からかな。ところで、るー。塾の時間大丈夫?」
るーが忙しいことを知っているりーなが言った。るーは慌てて時計を見る。
「ああ、もう、こんな時間! りーな、ごめん、私、塾行かなきゃ!」
「ああ、うん」
「矢部君もごめん。私、先に帰るね、それじゃ!」
そう言ってるーはそそくさと帰って行った。残されたりーなはぼんやりと宗一の顔を見つめる。
「……」
イケメンだ。こうしてみるとますます。こんなイケメンがどうして自分の夢に出てくるのだろう。そして相手も自分の夢を見るのだろう。そんなことを思っていると、宗一がりーなに向かって口を開く。
「なぁ」
「うん」
今度は何を言われるだろうか。りーなは身構える。
「これで解散、ってことでいいかな」
「うん……」
「……それじゃあな」
そう言うと宗一は背を向ける。りーなはそれを黙って見送るしかできなかった。
しかたなくりーなは一人とぼとぼと家に帰る。家に帰って荷物を下ろす。そして。
「宿題、やるか」
りーなはぽつりと呟くと椅子に座り、宿題に手をつけはじめる。
いつも通り三人の食事を終え、お風呂に入り、そして自由時間。
結局、宗一との会話ではほとんど収穫無しかー。
そう考えてりーなが自室の椅子に座ってぼんやりしていると、唐突にスマホが鳴った。見てみると父からだ。りーなはスワイプして電話に出る。
「何? お父さん」
それが不機嫌そうに聞こえてしまたのだろう。父は弁解するように話し始めた。
「いや、母さんに電話してお前はどうしているかと尋ねたら、『自分で電話したら?』と言われてしまってな。……迷惑だったか?」
「ううん、別に」
律儀に頭を横に振るりーな。
「……どうだ、何か変わったことはあったか?」
「特に」
りーなの言葉は反射的に出ていた。そしてそれを取り消す気すら起きない。
「そうか、ならいい。何か東京のお菓子でもそっちに届けさせようか。りーなは何か、欲しいものはあるか?」
「……別にない」
これも反射的な言葉。頭で考えてでは無く、心で跳ね返している感じ。
「……わかった。娘の声が聴けて嬉しかったよ」
「そう、それじゃ」
「お前にも迷惑かけるな」
「そんなことないよ、それじゃ」
そう言ってりーなは電話を切った。その後ため息。本当は色々あったのだ。不思議な夢のこと、転校生の宗一のこと。ほかにもいっぱいいっぱいあるはずなのだ。
けれども話すことができない。いや話すことなどできるだろうか。父親に何を話せばいいのだろうか。わからない。わからないから困っている。
あの程度の会話で声を聴けて嬉しかったといてくれる父。なんだか気を遣わせているみたいだった。
「ダメだなぁ、私」
ぽつりと、りーなの口から独り言が漏れた。なんか精神的に疲れた。もう眠ってしまおうと思う。
りーなは軽く伸びをすると、明かりを消し、布団に潜る。そしてそのまま眠ってしまった。なるべくなら、あの宗一のことを夢に見ないようにと思いながら――。
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