太陽とその崩壊

 そして感じで光の差す方向へ歩いてどれくらい経っただろうか。りーなが再び疲れを覚えはじめた頃、まず宗一が気がついた。足を止め、言う。


「なあ、あそこだけ妙に明るく見えないか?」


 りーなは宗一が指さした前方の空の一点を見る。かなり低いところだ。しかしよくわからない。


「手で覆いを作ると見やすいぞ」


 宗一がアドバイスするのでそれに従い、りーなは宗一の指す方向を改めて見る。りーなの目に見えたのは空中に浮かぶ丸い小さな光点だった。それが淡い太陽のように輝いている。


「ほんとだ、あそこだけ明るい! 丸い!」


 りーなも確認したので、見間違いでは無いと安心した宗一は安堵のため息をつく。


「ふう、ようやく太陽のお出ましか。しかしここの地面、丸いのかな、平たいのかな」


「どういうこと?」


 りーなが聞くと宗一は答えた。


「丸い地面ならあの太陽のような点は地面からしだいに登ってくる軌跡を描くはず。それがいきなり円を描いていきなり現れたから、どっちかなって思ったんだ」


「光弱いから、いままで気づかなかったのかもよ」


 りーなが言うと宗一はそうかもという風にうなずいた。


「そうかもな、そもそも、あれが太陽って言う確証も無いし」


「そうだね。それにしても、誰の夢なんだろう。私? それとも宗一君?」


「さあな、どっちでもいい」


 りーなの疑問を流す宗一。しかしりーなは食い下がる。


「えーっ、気になるよー」


「俺は気にならないけど。お前は、そういうの気になるタイプか?」


「うん、なる」


「なんでさ」


 宗一が聞く。


「だって私たちが夢で会うのがまずあり得ない話じゃない」


「まあ、確かに」


 宗一は認める。


「それから導かれるのは私が宗一君を夢に引き込んだか、宗一君が私を夢に引き込んだかってことになるじゃない」


「第三者の可能性は?」


 宗一が口を挟む。りーなは反対に質問してみた。


「第三者って? たとえば誰?」


「わかんない、言ってみただけ」


「そんなのあり得ないよ」


「……む」


 りーなのきっぱりとした物言いに宗一がすねたのか、口をつぐんで黙ってしまったので、りーなは言葉を続ける。


「だからどっちかなわけ、わかる?」


「うーん、だいたい夢で互いがつながっていることがあり得ないわけで」


 ようやく宗一がそうかなぁと言ったような顔で反論してくる。


「そこは、もう、奇蹟でいいんじゃない?」


「えー」


 りーなが奇蹟を持ち出すと不満そうに宗一が口をゆがめる。


「なによ、なんかおかしい?」


「まあ、その」


 宗一は言いにくそうに言いよどみ、りーなは自分の意見を否定されてやや腹を立てる。


「なによ」


「それを前提にするには無理があると思う」


「じゃあ、一緒に同じ夢を見ることに他にどんな理由をつければいいのよ」


「さっき俺が言ったみたいに第三者の介入とか」


「夢が無い!」

「夢見すぎ!」


 二人してそう言い合いにらみ合う。こうしていられるのも目標がはっきりして安心して余裕ができたからに他ならない。それに先に気がついた宗一は降参する。


「はいはい、とりあえずあの太陽みたいなのに近づいてみればどっちが正しいのかわかるよ」


「私は気になるけどなー」


「今、ここで確かめる方法もないのにか」


 確かに宗一の言うとおりだった。りーなもそこは認める。


「まあ、確かに。でも考えてみたら方法が見つかるかも知れないじゃない、さっきの影みたいに」


「どうだかね、見えてる目標に向かっていった方が健全だと思うけど」


 りーなは言うが宗一はもうあの淡い光しか目に入っていないようだった。


「それはそうかも……でも」


「でも、何だ?」


 宗一が聞く。


「いや、なんでもない」


 りーなは首を横に振る。すると宗一はようやく気づいたようにりーなに言った。


「ずっと立っているのも何だし、ここで座るか。お前も、ずっと声かけ続けて疲れてるだろ」


「……うん、気をつかってくれて、ありがと」


 二人は座り込んで休むことにした。宗一は光のある方向を向いて座りりーなもそれに習う。しばらく黙って疲れを癒やしていたがやがて、りーなが口を開いた。


「それにしても、変な夢」


「いつもはこんなんじゃないよな……」


 りーなの嘆息に宗一が応じる。


「いつもならね」


 りーなの言葉に宗一は頭を振るって心底困ったように言った。


「やれやれ、なんなんだろうなぁ、この夢」


「宗一君は、目が覚めるようなこと何かやってみた?」


「やって見たさ、いろいろと。……目覚めなかったけど」


 宗一は頭を振って言う。


「私もやったけど駄目だった」


「それであの丸い機械に轢かれれば、と思ったのか、お前度胸あるぜ」


 宗一は軽く笑う。りーなは反論した。


「他に思いつかなかったんだから仕方ないじゃない」


「でも本当、危なかったぞ、あれは」


「二度としないよ……」


 下に目を向けてりーなは言った。思い出すだけで悪寒が走る。あんな魂が冷えるような思いをすることはもうごめんだった。と、宗一がぽつりと言った。


「でもお前がいて、助かった」


「え?」


「さっき歩いてる時、後ろでずっと呼びかけてくれてたじゃ無いか。あれがなかったら迷って同じところをぐるぐる回っていたかも」


「そうかもね……」


 そこで宗一は妙に背筋を正して横目で言う。


「その、ありがとう……」


 その言葉を聞いてりーなは耳が熱くなるのを感じた。目を細めて言う。


「……うん、でも先に感謝するのは私のほうだよ、あの大きな機械から私を救ってくれたのは宗一君だもの」


 そう言ったが宗一は聞いてなかったようだ。格好を崩して、食い入るように光点のあるところを見つめている。


「ああ、ごめん、聞いてなかった。ちょっと待て、ありゃ何だ?」


「……ええ? ひどい、ええーっ!」


 りーなも宗一が見ている方を見る。そして大声を上げてしまった。いつのまにか白い槍のようなものが淡い光点の上に現れてクルクルとゆっくり回転している。


「なんだろ、あれ」


 りーなが聞く。


「わからない、けどあんまりいい予感はしない」


 宗一が言う。


「あ!」


 りーなは叫んだ。槍が狙いを定めるようにを回転を止めたと思うと、そのまま光点を突き刺したのだ。


「……」


 無音で世界が裂ける。光点は破壊され、いままでかすかだった光があふれる。そしてそのまま槍は真下に突き刺さった。無音で。


「……」


 いや音はしたのだ。白く濁った空気が無音で空に駆け上がっていく。


 それを見て宗一がりーなに叫ぶ。


「耳をふさいでいますぐ伏せろ!」


 そして宗一は自分で言ったように耳をふさいで地面に伏せる。


「え、え、え」


「早く!」


 宗一に言われるまま、りーなは宗一のまねをして耳をふさぎ床に伏せた。それからしばらくして。りーなが『いつまでこうしていればいいの』と聞こうと思った頃。


 ガッシャァァァァァン! ヒュルピシャーン!


 突然の衝撃と音が二人の体を揺さぶった。そして大量に舞う土煙。耳がキーンとして音がうまく聞こえない。しばらく二人は地面に伏せたままでいた。やがて宗一が起き上がる。それを見てりーなも。


「何があったの?」


 まだ耳の様子がおかしいりーなは耳を押さえながらこの現象を知ってそうな宗一に聞く。


「衝撃波。音速を超えたんだ。何かが」


 土煙を払いながら宗一は言った。


「よくわかったね」


「光は音より早いだろ。だから変だと思ったから急いで声をかけた」


 宗一が言うとりーなは素直に感心する。


「すごいね……」


「べつにすごくない。昔のカクジッケンの映像を見て知ってただけ。それより見ろよ」


 宗一が光点があったところを指さす。りーなも見た。


「光があふれてる……」


 そうだった。淡い光点だったところは槍の一撃によって砕け、ひしゃげた穴のようになっていてそこから光が煌々と差している。そして槍は地面に突き刺さっていた。いやここからはそのように見えた。


「槍が柱みたいになってるな」


「ホントだ……」


「それにまわりも明るくなった」


「そうだね」


 宗一の言うとおりだった。いままでの世界とは違い、裂けた所から差す光でまわりはさっきよりもかなり明るくなり影も濃くなった。りーなも同意し、そこでハッとあることを思い出して宗一に言った。


「宗一君、さっきの音だけどさ」


「何だ?」


「私つい最近聞いたことあるの」


「どっちの音?」


 宗一がまじめな顔をして聞く。


「えーと、ガッシャーンって言う方」


 りーなは手振りで説明しようとする。


「……それ、いつ?」


「この世界に送り込まれる前。モンスターと戦っていた時、宗一君も聞いたと思うけど」


 りーなが言うと宗一は考え込む。


「うーん、そういえばそんな気もするなぁ」


「でしょ。あれって世界が裂けた音……じゃないかな?」


 りーなは言い、割れた太陽――いや、太陽があったところを見る。そこは楕円形にひしゃげたように押し壊されていて、太陽の代わりになるくらい強い光があふれている。そして槍、いや柱はまっすぐ地面に突きささって、その根元は地形に邪魔されてはっきり見えないが、柱のように割れた穴までその先端を伸ばしている。


「どうだろ。とにかく行ってみないことにはね」


「え、あそこに行くの?」


 りーなの言葉に、さも当然のように宗一はうなずく。


「もちろん、俺たちはそこを目指してたんじゃ無いの?」


「それはそうだけど……。危険、かも知れないよ?」


 りーなは少し不安だったが、それを打ち消すように宗一が言う。


「でも、他に目的地はないし。近くまででもいいから、あそこで何があったか、確かめてみようぜ」


「……うん」


 りーなは宗一に押される形でうなずいた。


「それじゃあ、行こうぜ。あそこまで距離はだいたい直線距離で二十キロってとこかな」


「ちょっと待って! なんで距離までわかるの」


 立ち上がりかけた宗一にりーなは問いかけた。


「音と光の速さは習っただろ」


 勢いを折られた宗一はやや不服そうにりーなの方を向く。そして返事を待たずに言葉を続けた。


「あれが見えてこっちに衝撃が来るまで。一分ぐらい猶予があった。音速はだいたい三百三十メートル秒だからかけ算して約二十キロってとこ。まあここが地球と同じ速さで音が伝わるかわかんないから、あくまでも目安だけどね」


 そして言った。りーなも理解してうなずく。


「そうなんだ。でも良く数えられたね。あの伏せている間で」


「いや、あくまでだいたい。そんな数を数えている余裕は無かった。あとから思い出して、これくらいかなって思っただけ。さあ、今度こそ行こう!」


 宗一の言葉で今度こそ二人は立ち上がり、新しくなった目的地を目指して歩き出す。

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