中心へ向けて

 りーなと宗一はしばらく何もないところを黙って歩く。歩いても歩いても風景は変わらない。


「ねえ、宗一君」


 沈黙に耐えきれなくなったのはりーなだった、宗一に尋ねる。


「何だよ」


「本当にこの方向であってるの?」


「正直言うと、わからない」


 宗一の言葉に、りーなは口を尖らせる。


「わからないってどういうこと」


「わからないはわかんないってことだよ。ここには道しるべになるような物が何もない。だから本当に中心に向かっているかどうか、確信が持てないってこと」


「ちょっと! それって!」


『計画無しにもほどがあるんじゃ無い?』と言おうとしてりーなは止めた。それでも言葉のとげは伝わったのだろう、宗一はやや不機嫌そうな面持ちでりーなに言う。


「文句があるならついてくるなよ。それか代案を出せよ」


「そりゃあ、そんなの、ないけど……待って、少し考える!」


「……じゃあ、ひとまず休憩にするか」


 宗一はそう言うと立ち止まった。りーなも足を止める。後ろを振り向くともうさっきの機械の姿は見えなくなっていた。


「もうあの機械、見えなくなってる……」


「ああ、そうみたいだな」


 振り返った宗一が言う。りーなは今度は前を見た。


「それで前方や横は真っ平らで目印になるような物は何にも無しっと」


「上は光が差し込んでいるのはわかるけど、太陽らしきはっきりしたものは見えない」


 りーなの言葉に宗一が応じる。りーなはおそるおそる提案してみた。


「……夜まで待ってみようか」


「日が暮れるかな、ここ」


 宗一が言う。


「どうだろ、暮れないような気がする」


「俺もそう思う。歩いてみても何も光の強さが全く変わらなかったし」


「……うん」


 思い出す。たしかに宗一の言うとおりだった。ここは時間の流れがわかるような何かは一切無い。りーなは空を見る。相変わらず煙がかった薄い青空が一面に広がってるだけだった。りーなは太陽のような物を探すがぼんやりともやのかかったような空で何も目印になるような物は見つからない。


「はぁ……」


「ふぅ……」


 結局考えても答えは出ず二人してため息。りーなは地面に目をやる。と、そこでりーなは気がついた。


「ここ、弱いけど影が出てる」


「え? それがどうかしたか?」


 気づかない宗一にりーなは大声で返す。


「影だよ影! 影が差すと言うことは反対側に光を発する物があるってことじゃない!」


 りーなが言うと宗一はようやく理解した。


「あ、なるほど。でも光の元らしきものは何も見えないぞ」


「それは光源から遠いからじゃないかな。えっと、影はちょうど私たちの進行方向とは反対に出てるのね」


「つまり光がある方が中心?」


 宗一の問いにりーなは強くうなずく。


「そう! そうよ! 間違いないわ」


 りーなは嬉しくなって言う。


「じゃあ影に背を向けて歩けばいいってことか。……でもどうやって道を外れないようにするんだ? 影が背中だとちょっと歩きにくいぞ」


 宗一の問いにりーなは少し考え、答える。


「宗一君は先を歩いて。で、後ろから私が宗一君の影を見て、方向が外れてたら私が言うって言うのはどう?」


「うーん、……よし、そうしよう」


 宗一はしばらく考えていたがりーなの提案に同意した。


「決まりだね!」


「……」


 そこでなにやら困った様子の宗一にりーなは気がついたので聞いてみる。


「どうしたの?」


「あの、さ、お前、いや、りーな、さん、だっけ……」


 口ごもる宗一。りーなは首をかしげる。


「……何?」


「……あり、がとう。その、影のこと、教えてくれて」


 頬を染めた宗一が口ごもりながらそれだけ言う。なんだ、そんなことか。りーなは笑って手を振った。


「いいって、いいって。それじゃ、行きましょ。あ、宗一君は先、歩いてね」


 そういうりーなはなんだか嬉しくなっていた。きっと宗一の意外な一面を見られたからだろう。二人は宗一を先頭に、影と反対方向へ歩きはじめる。


「これで合ってるか?」


 首だけ振り返って宗一がりーなに尋ねる。


「うん、そのまま、そのまま、あ、ちょっと右にずれた。修正して」


「わかった」


 宗一は左に体を向けて、進行方向を修正する。そしてまた首だけ振り返ろうとするが、りーなはそれを止めた。


「宗一君は振り返らないで。振り返ると方向がずれる」


「……そうか?」


「うん、そう。ほら、またずれた。右に」


「……わかった。もう振り返らない」


「うん、私を信じて。よーしそのまま、そのまま……、うん、いい感じ!」


「……」


「そのままだよ、そのまま……、あ、またずれた」


 りーなはやかましくも宗一に呼びかけながら、どこか嬉しそうに宗一の後ろを歩いて行く。

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