覚めない夢


 りーなが意識を取り戻すと、そこは単に何もないだだっ広い場所だった。黄土色に染まる広い大地と長方形の壁。その上に見える煙がかった青い空。大気はわずかに埃っぽく、それ以外、何もない世界。殺風景な、あまりにも殺風景な世界。


 りーなの格好は寝てた時と同じパジャマに戻っていて、これはこれまでの様々な衣装を身にまとっていた夢のルールから外れたものだった。


 そしてこれが夢の世界だと理解していることも、今までなかったことで、りーなは戸惑ってしまう。


 こんな夢、今まで見たことない!


 というか、ここどこ?


 周囲を見ながらりーなは呆然と立ち尽くす。ここは地球外の世界と言われても信じてしまうほどに奇妙な世界。何もない世界に自分はいる。


 なんで? もしかして、宗一が夢に出てくるなって言ったから?


 それとも、あの夢の中であの裂け目に飲み込まれたから?


 それにしてもこんな何もないゴミ箱のようなところに投げ入れられるなんてひどい!


 りーながそう思っていると、ゴゴゴゴゴと轟音を立てて回転する何かが迫ってくる。近づいてきてわかる。それは丸い巨大な機械。あちこち赤く光りながら壁を削り、もうもうと煙を立ててこっちへやってくる。


「なにあれ……」


 りーなは頭を抱える。幸い、機械はりーなのことに関心など無く、この何もない空間の壁をがりがりと削っていくだけで通り過ぎていった。


「世界を広げてるんだ……」


 なんとなくりーなはそう直感した。


 でも何のために? りーなが考えても答えなど出るわけもなく。巨大な丸い機械は何度も何度も通り過ぎ、そのたびに壁が削れて、煙が立ちこめる。


「……なんか怖い」


 りーなは呟き、とにかく、こんな悪夢みたいな世界から、覚めようと思った。


「……」


 りーなは目を覚まそうとするが覚めることができない。


「……えっ?」

 

 いろいろ試したがこの夢から逃れられない!

 頭を叩いたり心に呼びかけたりしたがどうしても覚めない。ただ頭に痛みを感じただけだ。


「うー」


 これも今までの夢ではなかった。いままでいろいろな夢を見て生きたが痛みを感じたことは一度も無かった。それがいま痛みを感じている。


『やっぱり普通の夢じゃ、ないの?』


 そうしている間にも回転する機械は行ったり来たりしながら壁を削っていく。


 ……とりあえずあの機械に近づいてみよう。なんなら巻き込まれたっていい。そうしたらこの悪夢から逃げられるかも知れない。


 りーなはそう決め、壁の方、いや丸い機械の方に向かって歩き出した。


「……」


 どれくらい歩いただろう、りーなは丸い機械にようやく近づく。近づいてみるとそれは本当に巨大で、りーなは思わず足を止め見上げてしまう。動きも高速で、自動車よりも速い。それが煙を立てながらりーなの目の前をごうごうと何度も通り過ぎていく。


 ……怖い。


 りーなは思い、迷ったが、他にできることも無い。意を決して機械の進路に足を進める。そこは機械が削ったばかりの場所で、まだ土煙が少し舞い上がっていた。


 すぐに遠くから機械が近づいてくる。これに轢かれれば、この夢とはさよなら。……本当に? 根拠は? そんな迷いもあったが全部押し殺して機械が自分をひき殺してくれるのを待つ。……けれど。


「……やば」


 巨大な機械が近づいてきて理解する。これ、死ぬやつ。……確実に死ぬやつ。迫る機械の前でりーなは初めて味わう感覚におののいた。そして思う、逃げなきゃ! 


「……っ!」


 けれども体はもう動けず。このまま轢かれるしか無い。りーなは心の中で叫ぶ。


『助けて!』


 そんなとき横から声がした。


「危ない!」


 そして走り込んでくる影。その影はりーなを抱きかかえるようにして連れ戻し、安全なところで倒れ込む。


 え?

 

 と思った瞬間、轟音を立ててりーなと人影のすぐそばを巨大な機械が通り過ぎていく。間一髪だった。振動と風でりーなの髪がたなびき、土煙が舞う。それを吸ってりーなは思わず咳き込んでしまった。


「ケホッ、誰?」


「……」

 

 その言葉には応えず人影は無言で立ち上がる。土煙が止み、人影はりーなの前に本当の姿を現した。


「……」


 宗一だった。もうすでに鎧姿では無く、寝る時の格好なのだろう、Tシャツにジャージのズボンを着ている。


「宗一、くん?」


 りーなの呼びかけに無言でうなずく宗一。そしてぶっきらぼうに言った。


「……立てるか?」


「え、う、うん」


 立ち上がり埃を払うりーな。そういえばこっちはパジャマのままだった。なんだか恥ずかしい。りーなは声をかけようとするが、押し殺した宗一の声に遮られる。


「あ、あの……」


「……何、考えてんだ」


「何って、……あれに轢かれれば夢から覚めるんじゃ無いかって」


 りーなは自分のしたことを宗一に説明する。


「確証も無しにか」


 宗一が言った。


「それは、そうだけど……」


 りーなの言葉に宗一はため息をつく。そして言った。


「これは、いつもの夢じゃ無い」


「やっぱりここ、まだ、夢の世界だよね……それと、ごめん」


「……何で謝るのさ?」


「また宗一君の夢の世界に私、出てきちゃったなぁって思って」


 それを聞くと宗一はまたため息一つ。今度はりーなが呼びかける。


「あの!」


「いや、いい、気にするなよ」


 宗一は言ったがりーなは引かなかった。


「気にするよ……今まで、ずっと気にしてたんだから」


「何を?」


「宗一君のことを夢に見ないように、ずっと気にしてた。昨日の放課後のとき言われてからずっと。眠る時も今日は会わなければ良いな、っていつも思いながら寝てた。でもごめん、また今日もこうして宗一君と会っちゃった……、本当にごめん」


 りーなが言うと宗一はため息をつく。


「謝ってもしょうがないだろ、さっきまで同じ夢見てたし、俺はもう諦めてるよ。それに気になると言えば、別のことが気になる」


「何?」


「お前の下の名前呼び」


 そこでりーなはハッと気づく。今まで転校生、矢部宗一の下の名前をなれなれしくもずっと呼び続けていたことに。


「あ、ごめん……」


「まあ、いいけどね……俺もお前呼びだし……。……片倉、りーな、だっけお前の名前」


「そうだけど……」


 りーながおずおずと言うと、宗一はうなずいてみせた。口を開く。


「そっか、合ってるか。……でもいいやお前はお前だ」


「なにそれ!」


「細かいこと、気にすんなよ」


『だったら、言うな!』


 りーなはその言葉を胸にしまい込み宗一に聞いた。


「他に気になるところは無いの。私の言葉づかい以外で」


「そうだな……この夢世界に関して言えば、ここは何もない世界の端っこみたいだ。だから、この機械と反対の方角に行けば何かあるんじゃ無いかな」


「反対に向かう……そっか、考えもしなかった」


「俺はいくけどお前、どうする」


 宗一の言葉にりーなは即答した。


「一緒に行くよ!」


 すると宗一はやや驚いた様子で何度もうなずき、言う。


「そっか、そうだよな」


「あれ、駄目だった?」


「いや、駄目じゃ無いけど」


「じゃあ、何よ」


「……なんでもない。じゃあ行こうか」


 りーなはどこか宗一の物言いに引っかかるところを感じたが、結局二人は連れ立って巨大な機械の削り取った跡から離れた。

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