転校生

 下駄箱を上がり教室に入りそれぞれの席へ。りーなは持っていたスマホをいじる。いつも使うアプリを開くとるーの項目が更新されていた。


『心は決まった?』

るー


 さっき打たれたばかりの文章にりーなは少し考え込む。

 るーのほうを見ると、るーも自分の方を見ていた。さらに新着。


『こっちの方が話しやすいんじゃない?』

るー


 そうだ、そうだろう。そう思い、りーなは決めた。

 そして自分も慣れた手つきで文章を打ち込みはじめる。


『決まったよ。るーにだけ話す』


『うん、話して』

るー


『夢の中に毎晩同じ人が出てくるってどう思う?』


『夢の中身は毎晩違うのにその人だけは必ず出てくるの』


『毎晩? 休みなく?』

るー


『そう、毎晩』


『うーん』

るー


『おかしいよね』


『いや、そうでもない、かも。ちなみにどんな人? 有名人?』

るー


『違う。全然知らない人』


『じゃあどんな人?』

るー


『歳が同じくらいの男の子』


『イケメン?』

るー


 そう打たれてりーなの動きがちょっと止まった。けれど再びキーを打ち出す。


『……イケメン』


『だったらラッキーじゃない!』

るー


『そうかな……?』


『そうだよ、わたしなら絶対うらやましいよ!』

るー


 そこでチャイムが鳴った。りーなとるー、二人と慌ててもスマホをしまう。担任の中年の女性教師がやって来た。そのまま朝の朝礼と言ったところだが、今日は特別だった。


「今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります」


 嬉しいお知らせ? 何だろう。教室が少しざわめく。中年の教師は続けて言った。


「このクラスに新しい仲間が増えます」


 転入生だ! こんな時期に? 教室は一気にざわめきだつ。


「静かに!」


 担任の女教師が言い、クラスは少しおとなしくなった。教師は教室の入り口に向かって声をかける。


「入ってらっしゃい」


 ガラリ。


 そう音を立てて入ってきたのは少年だった。男子生徒のブーイングが聞こえる。だけど。女性生徒からはものすごい歓声が上がった。


 だってすごいイケメンなんだもの。


 それもりーなの夢に出てくる。


 りーなの夢に毎晩出てくる!


 ガタリ。りーなは思わず立ち上がってしまっていた。


 それがイケメンの目を惹く。イケメンもりーなを見て明らかに驚いた表情を見せた。


「片倉さん。いくら転入生が男子だからって立ち上がるのはどうかと思いますよ」


 中年教師の言葉に顔を赤らめて座るりーな。けれどイケメンの表情の変化を見逃さなかった。自分もこのイケメンのことを知ってるし、明らかにこのイケメンは自分のことを知っている! ……と。


 けれど今はそんな場合ではなかった。イケメンは大きく綺麗な字で自分の名前を書いた。矢部宗一。やべそういち。それがこのイケメンの名前だった。


「両親の都合で、山向こうの学校から転校してきました。矢部宗一です。みなさん、よろしくお願いします」


 そういって挨拶する。声もりーなが夢で耳にしたものと同じだった。どうしよう、胸がバクバクする。りーなは思い、今度は小さく縮こまってしまう。


 担任はイケメン――宗一に席を指定し、宗一はうなずいてその席に向かった。りーなはこっそり宗一の様子をのぞき見る。目が合った。しばらく二人見つめ合う。


 けれどそれだけ。何事もなかったかのように宗一は目をそらし、周囲のクラスメイトとなった人たちに挨拶をしていた。


 朝礼が終わり、宗一はクラスの女子にわっと囲まれた。みんなイケメンの宗一に夢中の様子で、様々な質問をぶつけ合う。好きなスポーツ、好きな芸能人、好きな人。好き勝手に女子達はものを言い、りーなはそれの輪に入れずにいた。


「どうしたの? りーな」


 背中から声をかけられる。るーだ。


「るー、あの中に入らないの?」


「うーん、りーなが気になってさ。宗一君だっけ? と会った時、明らかにおかしかったし」


「……ありがとう、るー」


「それでどうして驚いたの? まさか夢に出てくるイケメンだったり?」


「……あたり」


 正直にりーなは言った。るーが身を乗り出してくる。


「すごい! 運命って奴じゃない?」


「そう、かな」


 照れたようにりーな。


「話してみなよ。向こうもりーなのこと知ってるかも」


「たぶん、知ってる……」


 りーなは宗一が自分の顔を見た時のことを思い出して言った。


「すごいすごい! 両思いって奴?」


 喜ぶるーがりーなの肩をぱんぱん叩く。りーなは困ったように声を出した。


「……よく、わからない」


「で、どうするの」


 るーが聞く。りーなは答えた。


「とりあえず話してみる、でも今じゃない。いまは、ほら」


 まだ女子生徒たちは宗一を取り囲んでいる。きっと午前中いっぱいは続くだろう。


「そうだね……今はまずいよね……」


 るーも同意した。と、チャイムが鳴り、午前の授業が始まった。


 りーなの言うとおり午前中、宗一は休み時間になるたびにクラスの女子たちに囲まれっぱなしだった。そして昼休み。食事を一緒に食べようという女生徒はさすがにおらず宗一は一人になった。


「チャンスだよ」


「うん」


 一緒にお昼ご飯を食べていたるーに促され、りーなは食事を中断し宗一に近づく。宗一はりーなに気づき、午前中の授業中に用意していたんだろう、そっとノートの切れ端を周囲に気づかれないようにりーなに渡した。


「あの……」


 りーなは何かしゃべろうとするが上手く言葉が出てこない。


「紙を見て」


 小声でそれだけ言うと宗一は食事を再開してしまう。しかたなくりーなはるーのところへ戻ってきた。


「どうだった?」


 興味津々と言った様子でるーが言う。


「紙わたされた」


「なんて?」


 言われてりーなはおずおずと紙を開く。


『放課後、教室で』


 そこには綺麗な文字でそう書かれていた。るーが歓声を上げる。


「やっぱり向こうも知ってるんだよ! りーなのこと」


「そう、だね」


 抑えた口調とは裏腹にりーなの心は喜びに沸いていた。そうだ、きっとそうだ。でなければこんな紙渡すわけない。紙を見ているだけでりーなの胸にうれしさがこみ上げてくる。


 でも、宗一はこんな紙まで用意して、一体何を言うつもりなんだろう。りーなはそれが一抹の不安として心の隅に残ってもいる。

 

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