第5話:レイピア

 とある国の城下町。裏通りに面する一角に、その武器屋はある。

 主は頭に白いものが目立ち始めている壮年の男性。

 助手などはおらず、一人で店を切り盛りしていた。

 今日も、黙々と一人で武器のメンテナンスを行っていると、


「失礼する」


 年の頃は四十後半から五十代。短い銀髪に白いものが混じり始めている。白のストッキングに黒の半ズボン、ベストの上には黒のベルベットのコートを羽織った、貴族風な男が店にやってきた。


「武器を一つ頼みたい」


 男は杖を両手に持ち、自身の前に立てると、落ち着いた声で主に話しかけた。


「どういった物を?」


主は男を見るでもなく、作業を続けながら問い返す。


「こちらに詳細は記してあります」


 と言うと、男は優雅な物腰で一枚の紙を主へ差し出した。

 そこには剣の仕様が描かれていた。種類は細剣、装飾品や刻む紋章も詳細に記されている。


「すまねぇ、使われねぇ武器は作らねぇんだ」


 主は展示用の武器だと気づくと、仕様書から目を離し作業を再開した。


「ふむ。確かに我が家に飾る目的で頼んだのですが、それが使われないと?」

「武器ってのは己を守る為の物だ。眺めて楽しむものじゃねぇ。眺めたかったら絵でも見てな」

 やはり手を止める事無く、主は武器のメンテナンスを続ける。


「私は武器を眺めていると、心の平穏が守られるのですが」

「とんだ屁理屈だな……」

「まぁ、世の中には命を奪わない武器があっても良いんじゃないでしょうか」

「……」


 主は何かを考える様に、しばしの間無言で俯いていた。


「はっきりとやるとは言えねぇが、いいか?」

「もちろん。やる気になるまで何時までもお待ちしておりますよ」

 

 そう言うと男は、優雅に一礼すると店を出て行った。

 主はもう一度、仕様書を眺める。

 今まで打ってきた武器は、全て持ち主を守る事をイメージして創ってきた。

 しかし、創った武器が全て何かの命を奪ってきたのだろうか?

 多分、それは無いだろう。

(命を奪わない武器があっても良いんじゃないでしょうか)

 男の言葉を思い出す。

 心血注いだ武器が使われない。それは創った者にとっても、持ち主にとっても幸いな事ではないだろうか。

 そう思うと、主は意固地になって断っていた自分が、酷く滑稽に思えてきた。

 

 翌日、主は仕様書を眺めながら何を創るかイメージしていた。

 描かれている剣をそのまま創るのであれば、エストックが近い。

 しかし、それではあまりに装飾する部分が少なすぎる。


「となると、アレか」


 主は呟くと、作業を開始した。

 創っては溶かし、溶かしては創り。

 幾度となく繰り返される工程に、気が付けば外は日が暮れていた。

 主は考える。

(紋章の位置は? 宝石はどう装飾すれば見栄えが良いのか)


「違う」


 主は、自らの両頬を叩いた。

(俺は武器屋だ。芸術家じゃねぇ)

 自分が何者だったかを再認識する。

(なら、やる事は一つ)

 主は一筋の道を見つけ、歩み始める……のは明日にして、眠りに就いた。


 翌日、主はさっそく武器の作成に取り掛かる。

 今までと同じように創る。飾る物も、命を刈り取る物も同じ様に。

 まず、持ち主をイメージする。

 身長は? 体格は? 腕の長さはどれぐらいか?

 何を相手にするか? 仮想敵を想像する。

 主の中で、両者が戦いを始める。

 突き、受け流し、殴りつける。

 主はハンマーを手に、イメージを形にしていった。

 問題は柄をどうするか。

 椀鍔カップヒルトにするか、曲線鍔スウェプトヒルトにするか。

 それぞれの柄で戦いを続けていると、主に新たな光景が浮かんできた。


「これを忘れてたな」


 イメージの固まった主は、ただひたすらにハンマーを振り続けた。




 あれから一週間かけて、主は剣を創り上げた。

 結局、飾るにしろ命を奪うにしろ、創る武器の行きつく先は一つだった。

『扱う者が少しでも長生きできるように』

 主はそれだけを願ってハンマーを叩き続けている。

 それをどう扱うかは、持ち主の領分であった。

(そろそろか)

 主は、昼食後のコーヒーを一口啜ると、店の扉を開け放っておく。

 今日あたり、依頼主が来ると踏んでいたのだ。

 初秋の心地よい風が店内に吹き込む中、主はのんびりとコーヒーを啜りながら、ただ時が過ぎるのを待つ。

 三杯目のコーヒーを入れた時に、依頼主が再び店に訪れた。


「お気持ちは、変わりましたかな?」

「ああ、待ってな」

 

 主は返事をすると、杖を立てニコニコと待っている男に、一本の細剣を差し出した。


「これは!」


 男はその細剣を見た瞬間、全身の肌が泡立つような興奮に襲われた。

 細く長い刀身は斬ると言うより刺す為の物、宝石をあしらった少し大きめの柄頭ポンメルに、柄には鷲の姿を模した曲線鍔スウェプトヒルトが雄々しく佇んでいる。

 

「見事なレイピアだ……」


 男は、手を震わせるようにレイピアへ近づけると、


「手にとっても?」


 と、主に確認、と言うより懇願していた。

 主は、黙ったまま頷く。


「お、おおお……」


 暫くの間、男はレイピアを様々な角度で愛でながら、度々唸りをあげていた。


「それから、こいつもだ」


 主は男にもう一本、剣を渡した。

 それは最初の物より刀身が短く、大型の護拳ガードのついた物だった。


「マンゴーシュ!」


 男は狂喜するような表情で受け取ると、右手にレイピア、左手にマンゴーシュを構えた。


「見える! これを付けて戦う戦士の姿が見えますぞ!」


 男は早く家に帰って飾りたいのか、急いで懐から金貨の入った袋を取り出した。


「これが今の手持ち全てです。足りなければ後日持ってまいります」


 興奮気味に男が出した金貨は、剣二本の代金としても十分すぎる額だった。

 鞘を受け取った男は、剣を大事そうに仕舞うと、そそくさと出口へ向かう。


「杖を忘れんなよ」


 くるりと出口から戻って来た男は、両手に剣、小脇に杖を挟むと、足早に去って行った。

 主は、開いていた店の扉を閉じると、カウンターに戻る。

(金に困ったら、貴族相手に商売するか)

 袋の金貨を眺めながら、主は一瞬そう思った。

 しかし、首を振って一笑に付すと、


「ガラじゃねぇな」


 と呟いて、三杯目の冷めたコーヒーを啜った。

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