第4話:ハサミ

 とある国の城下町。裏通りに面する一角に、その武器屋はある。

 今日も、黙々と一人で武器のメンテナンスを行っていると、


「お邪魔するよ」


 年の頃は六十程か。長く白い髪を結わえた老女が店にやってきた。


「こいつを研いどくれ」


 そう言うと、老婆はくたびれたハサミを取り出す。

 年季の入ったもので、刃の部分は残り僅かにまですり減っていた。

 持っている手も、ハサミと共に刻んできた年月を感じさせた。


「ハサミだこなんぞ作って、年か?」

 

 主は老婆の手に、今までなかったものを見つけ、思わず聞いていた。

 長らく『裁縫の名人』と言われていた人物だけに、もしかしたら道具の方に問題が出来たのかと思ったからだ。


「ああ、こいつかい? ちょっと長い事寝込んで、ハサミの面倒見れなくってね、久々に無理して使ったら変な力の入れ方しちまった」

「体もハサミも無理は禁物だぜ」

 

 主は老婆の体を心配しながら、ハサミを受け取る。

 確かに、ここ最近は手入れしていなかったのだろう、錆が少し浮き始めていた。

 刃の動きにも滑らかさが失われ、これでは余計な力を使ってしまうだろう。

 確認を終えた主は、ハサミをカウンターに置くと、鍛冶場の方へ歩いていった。


「やっぱりもうダメかねぇ」


 老婆は、主に心配そうに聞く。


「そうだな、手の為には作り直した方が良い」

 

 主はそう言うと、鍛冶場から粘土の塊を持ってきた。


「ハサミを握る要領でこの粘土を握ってくれ」

「なんだい、こりゃ」

 

 老婆は訝しがりながらも、ハサミを握る要領で粘土を握る。


「前のがすり減りすぎて、参考にならねぇから、形の取り直しだ」


 主は、老婆の手でハサミを開いた状態と握った状態の二つ手形を採ると、炉の周囲に粘土を置いて乾燥させた。


「ちょっと手間かかるから、一週間ほどしたら来てくれ」

「その間のハサミは、これ使うしかないかねぇ」


 くたびれたハサミを持って帰ろうとする老婆から、主はハサミを取り上げる。

 

「なにすんだい」 

 

 老婆が寝込んでいたと聞いた主は、病み上がりに具合の悪くなったハサミで無理をして欲しくなかったのだ。


「病み上がりなんだから、この機会にしっかり休んどきな。ハサミに手入れが必要な様に、ばあさんだって油を差さないと動かなくなるぜ」

「……わかったよ。じゃあ宜しく頼んだよ」

 

 老婆は、主の心配そうな視線に素直に従うと、店を出て行った。

 主は鍛冶場に向かうと、刃の部分から作り始める。

 溶かした鉄鉱石をハンマーで叩き、形を創りだしていく。

 握り部分は、粘土の手形に合わせて曲面を作り、気持ち大きめにする。

 次に、ざっくりと刃の部分を研ぎ出すと、二つの刃を合わせ、ハサミの開き具合を決める。

 これも粘土の手形を参考にし、開いた時、閉じた時の位置を調整した。

 そして、いよいよ刃の研ぎ出しである。

 研磨機は使わず、全て手で研いで行く。ハサミで重要な裏透きも慎重に行う。

 裏透きとは刃の裏にある窪みの事で、ここの出来栄えが切れ味の寿命に影響してくるので、主は特に念を入れた。

 仕上げに、二つの刃を結合し、握りの部分に薄く皮を巻き上げる。

 何回か布を切り、切れ味の調整をすると、ようやくハサミは完成した。

 武器より繊細な部分が多いので、小さいながらも手間はこちらの方がかかる。

 とは言え、気が付けば四日も過ぎていたのは、流石に主も時間をかけ過ぎたと反省した。

 しかし、その出来栄えには、主も目を細めて満足している。

 こうして、たまに戦いとは無縁の物を創っていると、昔を思い出す。

 主が、父から鍛冶屋の仕事を継ぎ始めた頃は、武器は作っていなかった。

 武器を作るきっかけは、主が鍛冶屋として今の町に店を出した頃まで遡る。



 ある日、主の町に一人の戦士が来た。

 その国に蔓延っている魔物を討伐に来たらしく、近場に武器屋が無くて仕方なく鍛冶屋の主の店を訪れたとの事だ。

 最初、武器を作った事の無い主は断ったのだが、戦士の熱意に負け、剣をメンテナンスする事になった。

 結果は大失敗。戦士の剣を使い物にならなくしてしまう。

 戦士は「自分が無理を言った事だ」と笑って許してくれたが、主は気が済まなかった。

 そこから、何度も何度も剣の作成を繰り返し、やがて一本の剣を創り上げる。

 戦士は、その剣に満足すると、魔物を倒しに向かった。

 そして、何度か魔物を倒しては帰って来た戦士の武器を主が手入する。

 やがて、武器が消耗したら、新しい武器を創って戦士に提供し続けた。

 何度目かの剣を渡す時、主はふと思ったことを戦士に聞いてみた。


「何故、魔物を倒しているのか?」


 聞かれた戦士は、特に考える風でもなく、


「自分に出来る事を精一杯やってるだけで、それが私はたまたま戦う事だっただけだ」


 さも当たり前の様に、屈託のない笑顔で答える。

 その顔が、主にはとても印象に残った。 

 その笑顔を守れるならと、主は武器を作り続けた。

 そして、願わくばもっと多くの戦士たちの笑顔が守れるならと、今に至るまで武器を作り続けて来た。

 それが、『自分の出来る事の精一杯』だと信じて。




 少し雨季には早いが、その日は朝から雨が振り、肌寒い一日になりそうだった。


「やだねぇ。朝から雨なんて」


 皮製のフードをすっぽり被った老婆が、店の扉をあけながら独りごちていた。

 店の入り口で雫を払っている老婆を見て、主はタオルを取りに店の奥へ入る。


「なんでわざわざ雨の日に来るんだよ」


 主は、フードを脱ぐ老婆にタオルを渡し椅子を勧めると、今度は炉に向かう。


「コーヒー……は飲まねぇな。ホットワインでいいか?」


 そう老婆に問いかけると、主は返事を待たずにワインを温め始めた。


「ああ、何でもいいよ。一週間もハサミを持たないと落ち着かなくてね」


 こぼれ落ちる雫を拭きながら、老婆は主に答える。

 折角の休みも、老婆には苦痛だったようだ。

 

「休みくらい、のんびり過ごせよ」


 主はそう言うと、受け渡し待ちの棚から、ハサミと布切れを持って戻ってきた。


「お待ちかねのもんだ」


 受け取った老婆は、二度、三度、布切れを試し切りすると、満足そうに顔をほころばせる。


「前のより良いじゃないかい。腕を上げたねぇ。あと、エレンが帰って来たんだが、お前さんの武器のお陰で命拾いしたってさ。代わりに礼を言っとくよ」

「そいつぁ何よりだ」

 

 今日も二人の笑顔を守れたと思うと、主は自然と顔がほころんでいた。

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