第3話:ツヴァイヘンダー

 とある国の城下町。裏通りに面する一角に、その武器屋はある。

 鍛冶場と売り場が一体となっている建物の裏には川が流れており、そこに水車を建て研磨機などの動力源としていた。

 水車の回転する力をベルトで伝え、砥石を回す。 

 所謂、自動研磨機である。

 主の店では、仕上げ前の研磨は全てこの機械で行っていた。

 今日も、朝から主が研磨機で武器を研いでいると、


「御免」


 年の頃は二十後半から三十過ぎ。黒髪短髪、大柄で筋肉質な男が店にやってきた。

 街では見かけない男だ。風貌からして流しの傭兵であろう。

 男は言葉少なに、主に依頼した。


「手入れを頼む」


 差し出されたのは、主の身の丈をも超える大きさの剣、ツヴァイヘンダーだった。


「ほう」


 主は剣を見て感嘆の声を漏らす。

 元の作りが良いのもあるが、無理な使い方をしていないのだろう、刀身の歪みも少ない。錆一つ浮いていないのは、日々のメンテナンスも怠っていない証拠だ。

 そして何より、この大剣をここまで消耗させながら生きている、この男の腕前に感服していた。


「三日逗留する」


 男はそれだけ言うと、店を出て行った。

 交渉の余地もなかった主は、処理待ちの依頼を確認する。

 急ぎの仕事だけ手早く済ませれば、翌日にはこの大剣に取り掛かれるだろう。

 段取りを組んだ主は、取り敢えずコーヒーを飲むことにした。



 夏前ともなると、早朝の外は既に明るい。

 人通りのない店の外に出ると、主は『本日の仕上げは不可』と手書きの札を店先にぶら下げ、店内に戻る。

 ツヴァイヘンダーをメンテナンスする前に、まず剣のバランスを見ておく。これだけ大きく重いものになると、少しのバランスのずれが大きく影響する。

 手早く宙づりにし、中心点を確認するとすぐに降ろす。長く吊り下げていると、それだけで歪みに繋がりかねないので慎重かつ迅速な作業が必要だった。

 次に、歪みの修正である。

 物が大きいだけに、僅かな歪みでも大仕事だ。歪みのある部分を熱し、万力を改造した修正機に乗せて修正していく。

 ここの修正加減は、主の目にかかっている。

 何度か修正を繰り返し、歪みが無くなった頃には、空が赤みを帯び始めていた。

 次は、刃の研ぎ直しに移る。

 この剣は『斬る』と言うより『叩き折る』と言う表現が近い。

 なので、刃自体はそんなに研ぐ必要はなく、刃欠けや編摩耗を均す程度にとどめる。 

 汗と火花を散らせながら、手早く研磨を済ませると、目の細かいやすりで整え、研磨剤を塗って磨き上げる。

 美しい刃と鋼の光沢が蘇ったら、あとはグリップとリカッソの皮の巻き直しである。

 リカッソとは、鍔と刀身の間にある握りの事で、ここを持って振るう事も出来る大剣ならではの部分だ。

 主は、摩耗具合を書き残しておいて、それに合わせた凹凸を作りながら皮を巻いて行く。

 先にグリップ部分を済ませると、リカッソの方は都度剣のバランスを見ながら調整して巻いた。


「ふう……」


 主が満足のいく出来に一息ついた頃には、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。



 翌日、店を開けて少しすると、中年の男が駆け込んで来た。


「おい武器屋の、近々戦争が始まるらしいぜ!」

「何処でだ」


 男が興奮気味に話すのを、主は特に興味も無さそうに聞く。

 大体、この国が戦争に巻き込まれるなら、既にこんな小さな武器屋にも依頼は来ている筈だ。


「話によれば、西のボーナムと南のアマーリアらしい」

「間に合ったか」


 主と中年の男の会話に、新たな来訪者の声が割って入る。二人が入り口を見ると、昨日の客が立っていた。


「出来てるぜ」


 主が剣を渡すと、男は一瞬目を見開き、何度かグリップを握り直していた。


「外で振ってみな」


 感触を確かめている男に主が言うと、男は無言で外に出て行く。


「なんでぇ、あのデカブツは」


 中年の男は、クマでも見るかのような顔で見送る。

 男が外で大剣を振り始めると、竜巻の様に土煙が巻き上がった。

 道行く者は何事かと、遠巻きに見ながら通り過ぎている。

 あれほどの大剣を、自らの一部の様に操るその姿に見惚れる。そして同時に、主は剣のバランスに狂いが無い事を確信した。

 暫くして男は満足したのか、戻ってくるとカウンターに代金の入った小袋を置いた。


「多い」


 主は小袋をひっくり返すと、明らかに代金以上入っている硬貨を見て呟いた。


「俺の評価だ」


 三日前まで使っていた感覚と同じ状態で、刃の欠けも歪みも治っている。グリップに至っては、皮が交換されているのに、吸い付く様に手になじむ。

 男は主の仕事に感嘆していた。もっと手持ちがあれば出しても良いと思った程だ。

 長く旅を続けているが、これほどまでの腕を持った男に出会ったのは初めてだった。 


「じゃあ、有り難く」


 男の目を見た主は、これ以上のやり取りは野暮と感じ、大人しく代金を受け取る。


「どっちが勝てばいい?」


 剣を背中に背負いながら、男が突然言葉を発した。

 主が一瞬意味が分からず首をかしげていると、男は察して言葉を続ける。


「ボーナムとアマーリア」

「ああ、どっちが勝ったらこの国には良いかって事かい?」

 

 横で話を聞いていた中年の男が答えると、男は黙って頷く。

 

「そりゃ、ボーナムとは友好関係にあるから、ボーナムが勝った方が良いよな」

「そうか」


 男は答えると、出口に向かって歩き始める。


「で、西と南、どっちに行くんだ?」


 扉を開いた男の背中に、主が声をかけた。

 男は、振り返ると言葉少なに呟く。


「西だ」


 目を合わせた二人は、互いにニヤリと笑った。

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