第2話:ダガー

 とある国の城下町。裏通りに面する一角に、その武器屋はある。

 店の主は、頭に白いものが目立ち始めている壮年の男性。

 今日も、黙々と一人で武器のメンテナンスを行っていると、


「ちーっす!」


 年の頃は二十過ぎ。茶髪、華奢で軽薄そうな青年が店にやってきた。


「おやっさん、刃研ぎまた頼むわ!」


 青年はそう言うと、カウンターに二本の短剣ダガーを置く。


「……こっちのは?」


 青年がいつも持ってくるダガーとは別に、一回り小さいが良く使い込まれているダガーを見て、主が尋ねる。


「ああ、それは仲間のやつでさ、そいつのも傷んでたから一緒に持ってきたって訳よ」

「……彼女か」


 獲物の大きさ、グリップの減り具合から、主は持ち主を女性と見た。


「ちちち、ちげーよ!」


 青年は手を振りながら、慌てて否定する。

 しかし、少し間を置くと、思いつめた表情で言葉を続けた。


「でも……、いつかは、一緒になりてーんすよねぇ」


 いつもの様な軽薄そうな表情はそこにはなく、真っ直ぐな目で主に語っていた。


「いつか、いつかって言ってたら、言いそびれるぜ。特にお前らが身を置いてる世界はな」


 珍しく真面目に語る青年の想いに、主は真剣な眼差しで返す。


「でも俺、あいつの前だと中々言えなくて」

「まぁ、言ったところでオッケー貰えるか分からんしな」

「おやっさん、そりゃないぜ」


 真剣な顔は何処へやら、青年はいつもの軽薄そうな顔に戻っていた。


「取り敢えず、こいつは預かっとく。三日ほど経ったら覗いてみな」

「うっす。よろしくっす!」


 青年はいつもの調子に戻ると、片手をあげながら店を出ていった。


 

 青年が来た次の日、客もなく特に急ぎの仕事も無かったので、主は早速二つのダガーに取り掛かった。

 どちらも装飾は無く、刀身と短めの鍔、革巻きの握りグリップと言うシンプルな造りだ。

 握り部分を見ると、良く使い込んでいるのだろう、持ち主の指の形に窪んでいる。

 主は、その部分を暫く見つめていたかと思うと、おもむろに木を削り始めた。

 何度か削ると、握りの窪みと合わせて調整する。

 窪みにピッタリ合う様になると、削った木の周りに鉄の板を巻き、一旦外して熱していく。

 そうして、リング状になった鉄を再び木に差し、形を整えつつ磨き上げる。

 いつの間にか主の前には、サイズの違う二つのリングが出来上がっていた。

 主はリングを手に取り満足そうに目を細めると、小さな革袋にそっと入れ、ダガーのメンテナンスに戻った。


 

「ちぃーっす!」


 穏やかな春の日差しに主が微睡まどろんでいると、軽薄そうな青年の声に意識を呼び戻された。


 一瞬、青年を見て何の用かと思ったが、そう言えばあれから三日である。


「おう、ダガーだな。ちょっと待ってろ」


 主は用件を思い出すと、カウンターに手をついて立ち上がり、受け渡し待ちの棚に向けて歩き出した。

 革製の鞘に収まった二本のダガーを取り上げると、そばに置いてあった小袋も一緒に持ってくる。

 

「ほらよ」

 

 青年の元に戻った主は、先にダガーを手渡した。


「あざっす! ってこれ?」


 青年はダガーを受け取って、握りの革巻きが新しくなっている事に気付いた。

 そして、握ってみてさらに驚きの表情を浮かべる。


「すげー! グリップ新しいのに、今までと同じ感触だよ!」

「材質自体もだいぶ傷んでたからな。次に研磨するまでは持ちそうに無かったから、替えておいた」

「やっぱ、おやっさんのところが一番だぜ! 良いとこ教えて貰ったなぁ」


 青年はニコニコと笑顔を浮かべながら支払いを済ませる。

 そんな青年を見て、主は思い出したかのように問いかけた。

 

「それで、彼女には言ったのか?」

「あ……、いやぁ、きっかけが中々なくて……」


 明日をも知れぬ身で、きっかけなど待っていては何も手にできない。

 主はこの四十七年間で、嫌と言う程思い知らされてきた。

 しかし、青年の躊躇する理由も痛い程分かっている。

 それは、己が通ってきた道なのだから。

 

「これでも持って、行ってこい」


 主は、お釣りと共に小さな革袋を青年に渡す。


「これは?」


 受け取った袋を開くと、青年は目を見開いて固まった。


「前にも言ったが、お前らは明日生きてるかもわからねぇ商売だ。言いたい事があるなら生きてるうちに言っちまえ」


 主が言うと、青年は俯きながら静かに話し出した。


「何度も言おうと思いました。でも、俺弱いから……、もしオッケー貰っても、言った次の日には死んでるかもしれないって、そしたら彼女を悲しませるだけなんじゃないかって……」

「それがたとえ次の日まででも、心を通わせ合いたいとは思わねぇのか?」

「それは……」

「もし明日、彼女が死んだら、お前は仕方なかったって諦めるのか?」

「それは、嫌、です」


 青年は状況を想像して、震える拳を握り締める。

 

「明日ああしたい、今度こうしたい、これが終わったら告白する。そう言って帰ってこなかった奴を、俺は数えきれない程見て来た」 


 青年は俯いたまま頷く。

 それは、この世界に足を踏み込んだ時から、皆が覚悟している事だ。

 

「言わなきゃ何も始まらねぇし、残るのは後悔だけだ」


 主はそう言うと、俯いている青年の顔を覗き込み、耳ではなく心に響くような声で呟いた。

 

「だから、『今』行け」


 主の言葉に、青年は顔を上げる。

 そこには、己の全てを見透かす強い眼差しが、自分を見ていた。

 

「はいっ!」


 青年は勢いよく返事をすると、店を駆け出した。


「まったく……」


 一人きりになった店内で、主は誰に言うでもなくつぶやく。

 明日をも知れぬ冒険者達には、悔いの残らない時を過ごして欲しい。

 主は片づけを済ませると、鍛冶場に向かった。

 そして、彼らがたった一日、一秒でも長く生き抜ける様にと、今日もハンマーを振り続ける。


 

 今日は珍しく朝から武器のメンテナンスが多く入ったので、主は昼休み抜きで仕事をしていた。

 きりの良いところまで済ませると、やっと一服入れる事にする。

 炉にかけていた薬缶から、鉄製のマグカップにコーヒーを注ぐ。

 コーヒーと言っても、豆を炒って砕いたものを煮出した簡素なものだ。

 マグカップから立ち上る芳ばしい香りを楽しんだ後、一口飲もうとした瞬間、店の扉が勢いよく開かれた。


「おやじさん!」


 先日の青年だった。

 軽薄そうな声はいつも通りだが、今日は「おやっさん」ではなく、「おやじさん」である。

 

「あぁ? うるせぇな」


 いつもとは違う呼び方に、うすら寒さを感じながら、主は入り口に向かう。


「オッケー貰いました!」


 青年は主の顔を見ると、嬉しそうに報告し、手をつないでいたもう一人を店内に招き入れた。

 ローブ姿の女性が、恥ずかし気な微笑を浮かべながら入って来ると、主に向かって静かに頭を下げる。

「さすが、おやじさんの創るマジックアイテムは効果抜群だぜ」

 青年が繋いだ手を上げると、二人の指には、鉄製のリングが鈍く輝いていた。

 主はその光景に目を細めると、マグカップを掲げ二人を祝福した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る