武器屋。
萩原あるく
第1話:ショートソード
とある国の城下町。裏通りに面する一角に、その武器屋はある。
鍛冶場と店舗が一体になっている店で、中では店の主と思わしき人物が、年季の入ったハンマーを振り下ろしていた。
年の頃は五十手前、黒髪の頭には白いものが混じり始めている。
背はさほど高くないが、体格はがっちりしており、炉の熱で焼けたのであろう、赤みがかった肌に汗を滴らせながら振るうその姿は、いかにも鍛冶屋然とした雰囲気を醸し出していた。
真っ赤な鉄の塊を黙々と叩き続けると、再び炉に差し入れ熱を入れる。
そして真っ赤になると、再び引き出して叩き始める。
主のハンマー捌きは、見る者を引き付ける不思議な雰囲気とリズムを奏でていた。
やがて、主の手によって剣の形へと姿を変えた鉄の塊は、刃入れする前に一度その身を休ませる。
その間、主は依頼されていた武器のメンテナンスに入っていく。
助手や販売員などはおらず、彼一人で武器の製造から販売まで全て切り盛りしていた。
「すいませーん」
主が黙々と武器のメンテナンスをしていると、若い少年の声が店内に響いた。
青年と少年の境、歳で言えば十五、六歳ほどで髪は金髪、細身だが筋肉質の体は、生命力に溢れている。
「今日から冒険者になるので、武器を買いに来ました」
少年は目を輝かせながら言うと、待ちきれないのだろう、早速展示してある武器を見始めた。
「手に取るのは構わんが、刃には触れるなよ」
主は無愛想に少年へ語り掛けると、メンテナンスを続ける。
これから武器を買って、ギルドに登録に行くのだろう。
少年は、はやる気持ちを抑えながら、これからのパートナー選びを入念に行っていた。
次々と武器を手に取り構えると、顔を綻ばせている。自分が敵を倒しているところを想像しているのだろう。
しばらくそんな事を繰り返すうち、やがて少年は一本のロングソードを手に、主のところへ戻ってきた。
「これをください」
「そいつはやめとけ」
武器屋の主は、少年の持つ武器を一瞥すると、不愛想に言い放った。
「え?」
主の突然の言葉に、少年は戸惑う。
何か問題がある品物なのだろうか、無言で考えていると、主が更に口を開く。
「ギルドで依頼は何を受ける気だ」
「あ、えっと、最初はゴブリン退治を……」
「なら、巣穴に潜ったり、森の中での戦闘が多くなる。そこでそんな長物は振り回せねぇし、突くにも力の消耗が激しすぎる。ショートソードにしておけ」
「でも、こっちの方が格好いいし」
瞬間、少年は主の目つきが変わったのを見た。
「明日恰好よく死にてぇなら、そいつを売ってやる」
「う……」
威圧するような気迫とその言葉に、少年は狼狽える。
そして、しばし考えると、ロングソードを戻しショートソードを持ってきた。
「振ってみろ」
「え?」
「目の前に敵がいると思って、本気で振ってみろ」
「あ、はい」
少年は、目の前にゴブリンをイメージして、ショートソードを振った。
「はぁっ!」
まだ戦いに出ていないとはいえ、腰の入った良い振りだった。
冒険者を夢見て、一心に修練に励んできたのだろう。
しかし、若干剣に振られているところを主は見逃さなかった。
「先が重いか。ちょっとかせ」
主はショートソードを少年から受け取ると、手際よく解体を始める。
そして、
「もう一度振ってみろ」
少年は言われたように、ショートソードを振る。
「さっきより、全然振り易いです!」
別物かと思える程、手にしっくりくる剣に、少年は目を見開き何度も振っていた。
「コボルド、ゴブリン、オーク。こいつらは群れでいる事の方が多い。だから武器は一撃の重さより、手数の多さがものを言う」
剣の鞘を用意しつつ、主は話を続ける。
「それと、ショートソードは必ず盾とセットで持て。敵のこん棒は剣で受けるな」
「何故です?」
「こん棒が刃に食い込んで振れなくなる。その間に横から切られたら終わりだ」
「なるほど……でも、予算が」
主は少年から剣を受け取ると、鞘に納め、おもむろに盾を取り出してきた。
小型の
「こいつは、廃棄品を打ち直したもんだが、ゴブリン相手には十分だ」
そして、剣と一緒に少年の方へ押し出す。
「冒険者記念に、おまけしてやる」
「いいんですか? 有難うございます!」
少年は何度もお辞儀すると、支払いを済ませ、大事そうに剣と盾を受け取った。
「いいか、恰好よく死ぬ奴より、無様に生き続ける奴の方が何倍も強い奴だ。忘れるな」
「はいっ!」
主の言葉を胸に刻んだ少年は、武器屋を後にした。
「おやっさん、頼んでたの出来てるかい?」
入れ替わるように、一人の青年が入ってくる。
「ああ、研ぎ直しだったな。ちょっと待ってな」
主は青年の顔を一瞥すると、カウンターの奥に入っていく。
「さっきのは
青年は出て行った少年を目で追うと、カウンターの奥に向けて話しかけた。
「ん? ああ。うちの武器持った奴に、簡単に死なれちゃ、評判悪くなるからな」
ショートソードを手に、主が戻ってくる。
「ほらよ、こいつの刃も、もうこれで最後だな」
主が鞘から抜いて見せると、綺麗な刃が現れるが、刀身自体がかなり痩せていた。
「おやっさんに勧められてから、ずっと使ってるからねぇ。次は新しいの買うよ」
「次は何にするんだ?」
「そりゃ勿論……」
青年は主に顔を向けると、
「ショートソードだよ」
と言いながら、ニヤリと笑った。
それから一週間程過ぎたある日、再び店に少年が現れた。
見た目に変わりないが、前回来た時の様な浮ついた感じは抜けている。
「刃こぼれが酷くなったので、研磨をお願いします」
少年が言うように、差し出されたショートソードは、あちこち刃が欠けていた。
「どんな使い方しやがった」
ショートソードとは言え、やわな物を創った事は無いと自負する主は、変わり果てた姿の剣を見て、思わず語気を荒げていた。
「それが……」
少年は主の気迫に押され、俯きながらも話を続ける。
「一緒のパーティーにいた一人がロングソード使いで、そいつが酷くて酷くて、フォローしてたら、剣に無理させてしまいました」
盾にも無数の切り傷や凹みが見受けられる。
「でも……」
少年は顔を上げると、主の目を見て言葉を続ける。
「もし、僕があのままロングソードを買ってたら、同じ事になってたと思います。いや、多分ここにはいなかったです」
少年は主に向かって、深々と頭を下げた。
「有難うございました」
「そうか。……剣を貸しな」
主は言葉少なに剣を受け取ると、タグを付けて順番待ちの箱へ持って行く。
「それで」
「?」
主は思い出したかのように、少年に尋ねる。
「死人は出なかったのか?」
「あ、はい。お陰様で」
「そいつぁ結構なこった」
主は、振り返る事無く、穏やかに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます