エロ本収集家、カラオケに行く
2月14日。
それは、人によってはとてもとても大切なイベントがある日だということは、俺も知っていた。
だが、そんなものは関係なく、俺たち野郎どもはジャンカラにいた。ジャンカラというのは、関西圏で最も店舗数の多いカラオケチェーン店であり、関東でいえば歌広場である。ちなみに、飲食物の持ち込みOKで有名なまねきねこの店舗は関西にはあまりない。ジャンカラは以前は持ち込み禁止だったのだが少し前にOKになった。たぶん、どうせみんなこっそり持ち込んでいるから、禁止しても無駄だと思ったのではないか。
今日は、いつものソータとヨドに加え、隣のクラスの中津(なかつ)がいる。通称ナカやん。1年生の頃は同じクラスだったのだが、数学が得意な彼は、文系から進路変更したいと申し出て、2年生の4月から隣の理系クラスへと移った。学内で話す機会は減ったが、教科書を忘れた時などにお互いに貸し合ったりする。
未だ見ぬ新1年生たちは今ごろ、うちの学校の机で運命の分かれ目と対峙しているようだ。がんばってくれたまえ。俺も3年前に経験して緊張した。高校入試というのは、中学3年生にとって、とてもとても大切なイベントだ。だが先輩がたはカラオケを楽しませていただく。すまない。あと、世のカップルたちも、勝手に楽しんでいてくれ。
ソータはカラオケ好きだ。思えば初めてカラオケに行ったのは、当時はまだ大学生だったソータのお兄さんに連れられてのことだった。
トイレに入ると、久しぶりに見かける顔が用を足していてびっくりした。ナカやんと同じく、2年生から隣のクラスに移った1年生の頃のクラスメイトの塚本(つかもと)だ。ナカやんと仲が良かった繋がりで、俺も絡むことがわりと多かった。
「おう、おまえらも来てたんか」
「ああ、ナカやんと、ソータとヨドと」
学校の近くの遊び場は、イオンとジャンカラくらいしかない。同じ学校の生徒とこんなふうにバッティングするのは、たまにあることだった。
「俺ら、206号室やねんけど」
「え?マジで?隣やん?俺ら、207」
「え?そうなん?なら、ちょうど良かったわ」
「?」
「部屋、交換せんか?」
「え?なんで?」
「実はな」塚本は俺の耳元に口を近づけて小声で言った。「うちのクラスの山田(やまだ)っていう女子が、ナカやんのこと、好きらしいねん。だから、同じ部屋にしたってや」
「そっち、女子もおるん?」ちょっと羨ましくなって、訊いてみた。
「ああ。俺のクラスやからお前知らん奴もおるかもやけど、山田と豊津(とよつ)と北浜(きたはま)と……」
「待って、……そんなにいんの?」
「パーティー部屋やからな」
「わかった。行くわ」
正直なところ、こんな日にオタクくさい野郎3人どもでカラオケにこもっているのも侘びしい、という気持ちが多少はあった。ソータとヨドには悪いが、せっかく誘われたのだから、なるべく華やかな場所に行きたいと思うのは人情だろう、と。
トイレから帰った俺は、おずおずと206号室のドアを開けた。
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